私の秘密
エルーテは懐かしい夢を見た。まだ自らが七つのときのことだ。兄が初めて剣術大会で優勝をし、屋敷へ戻ってきた日。エルーテは兄からの優勝報告に、我がことのように喜んだのだ。
「イザール兄様、おめでとう!」
イザールは両膝を床につけると、まだ幼いエルーテを抱きしめた。
「エルーテ。これからは俺がお前を守る。俺はフレリンド王国で最強の男になったからな」
「……?」
「もしも将来誰かと結婚したかったら、俺より強い男とでなければ、認めない。わかったな?」
「……うん、わかった……」
イザールは悲しい顔をして、真新しいエルーテの顔の痣を、そっと撫でてくれたのだ。
そんな懐かしい夢を見た朝――
メルフィノン城へと、エルーテの姉であるニーナがやって来た。
ニーナは最後に見たときよりも少し痩せていたが、清らかな美しさはそのままだった。黄緑色のドレス姿であり、彼女を初めて見た者は、あまりの美貌に見惚れている。
「ニーナ姉様、どうしてここに……」
エントランスホールで出迎えたエルーテは、駆け寄ってきたニーナに抱きしめられた。
「あぁ、エルーテ! 無事ね? 良かった! イザール兄さんを怒って問い詰めたら、あなたがここにいると聞いて、心臓が止まるかと思ったわ。すぐにこっちへ来たのよ」
エルーテはどうやって姉がイザールから聞き出したのか、容易に想像ができてしまった。おそらく、エルーテが王都にはいないと勘付き、どこにいるのか問い詰めたのだろう。だが兄も簡単に口を割る人物ではない。黙っていたが、姉は食事を一切しない強硬手段に訴えたのだろう。
(ニーナ姉様は昔から、そういうことを普通にする人だし……)
ニーナはエルーテの頬へキスをした。
「さ、帰りましょう。ここにいてはいけないわ。私、あなたを連れ帰りに来たのよ」
ニーナはエルーテの手を引いて、城から出て行こうとした。だがエルーテは踏ん張る。
「ニーナ姉様、待って! 帰るって急に言われても……」
「あなたがどうしてここへ来たのか、理由は言われなくてもわかってる。姉妹だもの」
そこで、足音がした。やってきたのは、ラルケスと従者のシャルだ。
「せっかく遠路はるばる私の城へ来てくれたのですから、ゆっくりしていってはどうですか?」
そう声をかけた相手に、ニーナは笑みを浮かべた。
「初めまして、ウィストリアム公爵様。本日は突然の来訪にもかかわらず、お招きくださり、ありがとうございます。このたびは私の妹が無礼な真似をし、申し訳ありませんでした」
「あなたとは一度、ゆっくりと話がしたいと思っていました。まずは、二人きりで話をしませんか?」
エルーテは思わずラルケスへしがみついて、首を振った。
「ダメ!」
「……どうしてダメなんですか?」
「だ、だって、二人きりだなんて……」
初めて城へ訪れた日、彼に臀部を揉まれるという卑猥なことをされたのだ。
(ラルケス様と姉様を二人きりになんてしたら、ラルケス様が何をするか……)
彼は呆れたような、それでいて残念なものを見るような目で、エルーテを見下ろした。
「……あなたの私に対する信用が、随分低いということはわかりました。さ、どきなさい。邪魔です」
エルーテの体は、シャルがいる方へ押しやられた。シャルはすかさずエルーテの両腕を背後から掴み、動けないようにする。その間に、ラルケスはニーナとともに城の奥へと消えていく。
「シャル、離してくださいっ」
「申し訳ありませんが、それはできません。……あぁ、そうだ。お二人の話が終わるまで、私と一緒にお茶をしてください。最近、とてもおいしい茶葉が手に入ったんですよ」
ずるずると引きずられ、エルーテは連れて行かれた。
ラルケスはニーナを連れて、客室へ入った。テーブルの上には、先ほど家令が運んできた焼き菓子とお茶が置かれている。
(四女とは初対面ですが、エルーテと全然似ていないですね)
美人だが儚げなニーナと、地味だが明るくて元気なエルーテ。髪の色と目の色も異なっているので、益々姉妹とは思えない。
「単刀直入に言います。私には将来を誓い合った男性がいるので、あなたと結婚できません」
ニーナがはっきりと言った。だがそれは、ラルケスにとって予想の範囲内の話だ。
「そうですか」
淡々と答えた。
「あと、妹は連れて帰ります。あなたのことは、姉たちとともにこちらで調べましたが、随分と恐ろしい噂をお持ちのようですね」
ラルケスは足を組んだまま、穏やかに微笑んだ。
「興味深いですね? どういう噂でしょうか」
「裏で国王を意のままに操っており、実質この国を支配をしているのは、あなただとか」
「それが事実なら、凄い話ですね。でも残念ながら、私はただの領主です。陛下を操るだなんて、とんでもない」
普通に考えるならば、到底あり得ない話だ。酒の席で笑い話とされるような、陳腐な噂。しかしながら、それが真実であると知っているのは、ごく少数。
(そういえば、エルーテの姉たちの中に、王家と懇意にしている家へ嫁いだ者がいましたね)
どうやらニーナとその姉たちは、その噂が事実であると確信しているようだった。
「とにかく、妹をあなたのような恐ろしい男性の元に、いさせたくないんです」
「本人が帰るというのなら、連れ帰っても結構ですよ。私が引き留めているわけではないので」
そう言えば、ニーナはほっとしたような面持ちになった。
「良かった。エルーテは、あぁ見えてとてもモテるんです。男性だけではなく、女性からも。男装したり、貴族の令嬢らしからぬお転婆なので、そんな風には全然見えないでしょうが。だから、心配をしていたんです。ラルケス様も、妹に本気になってしまうんじゃないか、って」
男性だけではなく、女性をも虜にするという話を、ラルケスは驚きはしなかった。なぜなら、エルーテに手を出そうとする者は、例外なく遠ざけるように、自らが指示してきたからだ。
「私が本気だったら、どうするんですか?」
ニーナは可憐に微笑んだ。
「残念ですが、諦めてください。妹の夫となる男性は、兄と同等か、兄より強い人がいいので」
その噂は知っていた。妹を過保護に思うばかりに、兄が言っていることだと考えていたのだ。しかしながら、妹のニーナまで同じように言うのは、不自然だった。
「……? それはどういう意味で」
意味を問おうとしたとき、客室の扉がノックされた。
「ラルケス様。お話中のところ、申し訳ありません」
声から察するに、シャルのようだった。余程の急ぎの用事でなければ、彼はここへは来ない。
「どうしましたか?」
「それが、フィルラングの領主様がお見えになっています」
これにニーナが真っ青になって、ソファーから立ち上がった。すぐに客室の扉を開け、シャルを見上げる。
「お父様がここに? っあ……! エルーテは今どこに」
「エルーテ様は、フィルラングの領主様の元へ行かれましたが……」
そう聞いたニーナは両手で口元を覆い、更に顔色が悪くなった。
「どうしてエルーテを止めてくれなかったの! あの子をお父様に会わせては、いけないのに!」
ラルケスはソファーから立ち上がると、すぐに部屋を出た。
エントランスホールで、エルーテは自らの父と再会した。同じ屋敷で暮らしていたものの、長い間顔を合わせていなかった人物だ。濃い灰色の髪は顎より下の長さであり、口元には髭がある。目元は鋭く、青い瞳はまるで水底のよう。彼は片足を戦争で悪くしてから、移動する際は必ず杖を用いる。肩にはフィルラング領の紋章が入った外套(マント)をつけており、胴衣と脚衣は赤葡萄の色をしている。
バーク・フィルラング。
それが、父である彼の名だ。
「お父様、お久しぶりです」
バークはエルーテを睨みつけると、舌打ちをした。
「ニーナがどこかへ行くようだったから、後をつけてきてみれば。やはりお前の仕業か」
「仕業って……」
「私に口答えをするな!」
エルーテは問答無用で、バークに頬を殴られた。平手ではなく、拳でだ。床へ倒れこんだところを、バークは馬乗りになり、エルーテの胸倉を掴む。
「……う、やめ、お父さ……」
「貴様にお父様と呼ばれるなど、虫唾が走る! この、疫病神めが!」
更に頬を殴られた。警備に当たっていた衛兵も、これには絶句する。
(いつもなら兄様が止めてくれるけど、ここには兄様がいない)
絶望感で目の前が真っ暗になった。
「貴様のせいで、ニーナとウィストリアム公爵様の縁談がなくなったら、どうするつもりだ!」
そうして何度か殴られ、首を絞められた。苦しくて抵抗しようとするが、殴られたせいで意識が朦朧とする。そのまま気を失いそうになったとき。
「私のものに、触れないでいただけますか。このケダモノ風情が」
唐突に、体が軽くなった。すぐにラルケスに抱き起こされ、エルーテは目を開けようとする。しかしながら、殴られたせいで目元も腫れているのか、少ししか開けられない。
「……ラルケス様……」
「すぐに手当てをさせます」
少し離れた場所に、バークが倒れていた。
(――え?)
そこで、エルーテは驚いた。というのも、彼の前に立ちはだかっているのは、見慣れない男たち数名だったからだ。身のこなしが静かであり、彼らの動作には音というものがない。一体どこから現れたのか、不思議に思う。そんな彼らは、全員エルーテを守るように身を構えていた。どうやらバークを遠ざけたのは、彼らのようだ。
(この人たち、顔に覆面をつけて、誰かわからないようにしている)
バークは起き上がると、ラルケスを見る。
「……、ウィストリアム公爵様、何をするんですか。私は、悪魔を追い払おうとしていただけです」
「悪魔?」
「えぇ。それは、人間のふりをした、悪魔なのです。そいつのせいで、今までどれだけの不幸に見舞われてきたことか……。もうご存知でしょうが、その者は変わっていて、出来損ないで、我が家の恥なのです。粗忽者で女性の嗜みもなく、頭も悪くて品性の欠片もない」
エルーテは震えた。
「そのようには思えませんが」
「相当うまく、欺かれていたのでしょう。この度は本当に申し訳ありませんでした。それは私が責任を持って、連れ帰ります。どうせそれがここにいたのも、姉のニーナに代わって、公爵様へ取り入って結婚をするつもりだったのでしょう」
「それは、どういう目的でですか?」
「おそらく、ウィストリアム公爵様と結婚後に得られる、寡婦産権が目的かと」
寡婦産権とは、持参金を持って嫁いだ女性への見返りに、夫となる男性が自身の土地の一部を妻へ与えることだ。これは夫が死亡した場合にも適用され、夫が持っていた土地の一部を妻が相続する。つまり、財産が目的で近づいた、とバークは言ったのだ。
(そんなつもりじゃ……!)
声を出したかったが、何も言えなかった。というのも、最初の目的は彼に姉との結婚を諦めさせることと、家への援助が目的だったからだ。援助をしてもらえれば、姉が愛する男性と結婚できるかもしれない。そんな下心があって近づいているので、彼の財力や財産が目的で近づいたと言われても、否定できなかった。
「ちが……、私、今は……」
恐怖と痛みで、喉が引き攣ってうまく喋れなかった。しかもラルケスがエルーテの言葉を遮るように話す。
「なるほど。私が彼女から聞いていた目的とは、随分と異なっていますね」
「そうでしょう、そうでしょう! おそらく、自分のほうがウィストリアム公爵様にふさわしいなどと虚言を弄して、あなた様を騙したのでしょう。代わりと言ってはなんですが、ニーナをこちらへ置いてください。ニーナは気立てがよく、繊細な心遣いができ、どこへ出しても自慢できる完璧な娘です。従順ですし、ウィストリアム公爵様にも必ずや、気に入っていただけるでしょう」
ラルケスはエルーテの体を両腕に抱き上げた。そして、底知れない冷酷な眼差しを向ける。
「娘のニーナを連れて、とっととお帰りください。ここまで不愉快な気分にさせられたのは、初めてです。これ以上私を怒らせるのであれば、領地へ侵略してきた敵として排除しますよ」
バークはむっとしたが、杖をついてそのまま城を出て行った。そうして遅れて、ニーナが息を切らせてやってくる。
「エルーテ!」
彼女は両手で自らの頬を覆い、涙を流した。蒼白になっており、震えている。
「あ、ニーナ姉様……。ラルケス様に、苛められなかった? 大丈夫?」
「わ、私のことより、今はあなたの手当てを……っ。ごめんなさい、ごめんなさい。お父様が私の後を追ってくるなんて、思わなかったから……」
「大丈夫。私、こういうの、慣れてるから」
ラルケスはエルーテとニーナの会話を遮るように、歩き出した。
「今は、あなたの手当てが先です。あなたの姉には、お帰りいただきます」
「え? そんな……。私、姉様と話が」
「私は今、とても不愉快なんですよ。私のモノに無断で手を出されたので」
そうして連れて行かれたのは、ラルケスの部屋だった。シャルが医者を呼びに行ってくれたのか、すぐにエルーテは手当てがされる。顔の左側が腫れあがり、唇は切れ、鼻血が出ていた。顔に薬を塗られた後、頭を覆うようにして包帯が巻かれる。
「包帯でグルグルにするなんて、大袈裟ですよ」
場を和ませようとそう告げたのだが、彼は盛大に溜息をついた。
「大袈裟ではないから、包帯が巻かれているんですよ」
手当ての後は、ラルケスの寝台へと寝かされた。彼はずっとそばにおり、震えているエルーテの手を握っている。
「ラルケス様……、さっき私を守ってくれた男の人たちは……」
「……今日はアルディに所用があってあなたの監視役ができないので、アルディの代役でつけていた監視役たちです」
「それにしては、随分大勢いたような……」
表に出てきた者たち以外に、陰で息を潜めている者たちがいたのではないか。気配は感じられなかったが、そう思ったのだ。
「あなたの気のせいですよ」
果たして本当に、気のせいなのだろうか。
(……そういえばさっきの人たち、雰囲気とか立ち振る舞いが、シャルによく似ていた)
ぼんやり考えていると、エルーテはラルケスに肩を撫でられた。そこで、肩が強張っていたことに気づく。無意識の内に、先ほどの一件のせいで興奮していたのだろう。エルーテはゆっくり肩の力を抜き、ラルケスの手を握り返す。
(ラルケス様、質問をしてこない……。さっきのこと、明らかに異常だったのに)
エルーテ自身から話を切り出すのを、待っているのだとわかった。
「……私の秘密、知られちゃいましたね」
できる限り明るい口調で言えば、ラルケスは小さく頷いた。
「誰とでも仲良くなれるあなたが、まさか実父と不仲だとは思いませんでした」
「……私は仲良くしたいんですが、できないんです。兄のイザールが言うには、父は心の病らしいです」
「……どうして、病気になったんですか?」
エルーテはぎゅっと、ラルケスの手を強く握った。呼吸を整えてから、ゆっくりと吐き出すように話す。
「私が、母を殺したからです。母は私を産むのと引き換えに、亡くなったんです。父と母は許嫁同士だったらしく、幼少の頃からとても愛しあっていたそうです。だから母の命を奪って生まれてきた私を、悪魔だと思っているんです」
彼がどんな表情で聞いているのか、怖くて見ることができなかった。
「以前言ったように、私は親から愛された記憶がありません。……まさかあなたも似たような境遇だったとは、予想外でした」
「私もラルケス様と同じで、父から誕生を祝われたことはありませんし、物心ついたときから悪魔だと罵られてきました。何か不幸なことがあると、父は必ず私のせいにするんです。父が戦争で足を負傷したときも、私が不幸を招いたのだと、はっきりそう言われました」
「とんでもない父親ですね」
「……、小さい頃はよく一人で、部屋に閉じこもっていたんです。でも九つ上の兄が、今日から自分が守る、と言って、面倒を見てくれたんです。私を一人にすると、父が暴力を振るう可能性があったから、兄はどこへ行くにも私を連れ歩いて……」
「……イザールが過保護な理由が、そこにあったなんて……」
エルーテは頷いた。
「姉たちも、母親代わりとなって、私の面倒を見てくれました。殺風景で物が何もなかった私の部屋に、それぞれ一番大事にしている家具や宝石箱などを、贈ってくれたんです。母親を殺したと、疎まれても仕方がなかったのに、とても大事にしてくれているんです」
ラルケスはエルーテの手を持ち上げると、その指先と手の甲にキスをした。
「姉と兄に大切にされたから、あなたはひねくれずに、真っ直ぐに育ったんですね」
「ひねくれたら、今度こそ見捨てられていたでしょうから……。私は、一人になりたくなかっただけなんです。一人は、とても寂しいから……」
人の顔色を窺うのが癖になり、どうすれば嫌われずに済むか、そんな振る舞い方を無意識の内にするようになった。
(イザール兄様は私に「感情を隠すのが癖になっている」と言って見抜いた。ラルケス様は私を、人形と喋っているようだと言った)
いつの間にか、本当の自分をさらけ出すことが苦手になっていたのだ。
そもそも、エルーテが異国の言葉や領主の仕事を覚えたのは、目的があったからだった。
人に役立ち続けて周囲から認められれば、いつかは父も許してくれるのではないか、と。
――そう。
エルーテが身につけた知識や技術は全て、父に娘として受け入れて貰いたいがために、得たものなのだ。
(でも私がなにをしたとしても、お父様は許してくれない)
エルーテはこれまでずっと、生まれたことが罪と言われ、存在を悪魔として疎まれてきた。幼少の頃は家族の輪に入れてもらえなかったのだが、それを一度も不思議に思わなかった。なぜなら、赤ん坊の頃からずっと一人だったからだ。
『妻の代わりに、お前が死ねばよかったのだ』
父からの罵声で、エルーテもそのとおりだと思っていた。なぜ母の代わりに自分が死ななかったのか、と。だが、今さら死んだところで、どうしようもない。それにもしも自分がいなくなれば、兄や姉たちがとても悲しむことを知っている。ゆえに、きちんと生きて償うしか、道はないのだ。
「あなたは、私と違って性根が真っ直ぐですね。……少し眠りなさい。怪我が痛むでしょうし」
いつになく、優しい声音だった。
「……ラルケス様。私、明日ここを出ていきます」
「なぜ?」
「……だって、私は父から疎まれていますし、これ以上ご迷惑をかけられないですから」
「出て行って実家へ戻れば、また父親から殴られるのではないですか?」
「暫くは、兄がいる王都で暮らします……。父は、兄の前では暴力を振るわないので」
「イザールの前では?」
「はい。……兄が剣術大会で優勝をする前までは、私の父が剣術大会で一位だったんです。でも兄は私を守るために強くなり、父に勝ちました。家でも兄は私を守るために、父と取っ組み合いの喧嘩をしたことがあるんですが、兄が勝ちました。以来父は、兄の前では私を殴らなくなったんです」
なるほど、とラルケスは納得した。
「イザールの話を聞いたことがあります。末妹の結婚相手は、自分より強い男としか認めないと。ただの冗談や酔狂で言っていたわけでは、なかったんですね」
「そう、みたいです……」
エルーテは、息をするのも辛かった。焼けるように顔が熱く、ズクンズクンと痛む。
「先ほどあなたはここを出ていく、と言いましたね。私の記憶によれば、あなたは私を世界で一番愛すると言っていましたが、あれは軽い気持ちで仰ったんですか?」
「いいえ! 決して軽い気持ちではありません! でも、私がここにいたら、ラルケス様に悪い噂が流布するかもしれませんし……」
「気にしません。……そういえば、あなたはここへ来た日に、言っていましたね。『こう見えて、根性と諦めの悪さだけは自慢なんです』と。私の妻になりたいというのは、この程度で諦められるものだったんですか?」
「まさか。本気でラルケス様の妻になりたいと思っています」
「では、頑張ることですね」
彼に頭を撫でられ、目を丸くした。
「……それは、ちょっとは期待してもいいということですか?」
「さぁ、どうでしょうか。あなた次第でしょうね」
エルーテは笑った。
「そういえば以前、ラルケス様は言っていましたよね。従順で美人でおしとやかで、教養があり、控え目な女性が好き、って。私、少しでもラルケス様の理想に近づけるように、努力します」
「諦めたほうがいいでしょう。あなたには、無理です」
即答され、むっとした。
「やってみないと、わからないじゃないですか!」
「やる前から結果は見えていますよ」
笑顔で言い返され、エルーテは拗ねた。むっとし、顔を背ける。
「そういう意地悪を言うラルケス様は、嫌いです」
「あなたに嫌われてもどうということはないですが、一応確認しておきましょう。どうすれば機嫌が直りますか?」
「……、添い寝をしてくれたら、直ります」
ラルケスは多忙な身だ。エルーテと添い寝をする時間などあろう筈もない。ゆえに、エルーテは彼が部屋から出ていくよう、わざと仕向けたのだ。彼は聡いので、すぐに意図を理解するだろう。
「可愛らしい要望ですね。その程度で機嫌が直るのなら、してあげましょうか」
「え?」
ラルケスは本当に、寝台へ上がってエルーテの横に寝転んだ。
「どうしたんです? あなたが望んだことですよ」
そのまま、彼に抱き寄せられた。エルーテは視線を逸らし、気まずくなる。
「……あまり、顔は見ないでくださいね。腫れているし、痛々しいので」
「私は気にしません。それに頻繁に泥だらけのあなたを見ているので、今更でしょう」
エルーテは照れた。ラルケスはそんなエルーテの頭を優しく撫で、額へ口づける。それがなぜかとてもほっとし、エルーテの目からぽろぽろと涙が溢れだす。
「う……ぅっ」
嗚咽を堪えきれず、幼子のように泣きじゃくった。涙を止めようとするが、できない。
「あなたは、何も悪くありませんよ。痛かったですね。今日はずっと、そばにいます」
エルーテは彼に慰められながら、頷いた。
(意地悪で、すごくひねくれてるのに、とても優しい)
ただ泣くことしかできないのだが、その間も彼はずっと、頭を撫でてくれる。
「私、ラルケス様が、大好きです……。すごく、大好きです」
異性として初めて、彼のことが好きだと思った。ラルケスは一瞬息をのんだ気配を見せたが、すぐにエルーテの額へ、キスをする。
「私も、あなたのことを好ましく思っていますよ」
「……っ! では、私と結婚ですね! 結婚しましょう」
もうほぼ恒例になった、お決まりの文句を涙声で言った。いつもならばラルケスは笑顔で流すか、無視をするかのどちらかだ。
しかしながら今回は――
「そうですね。式の日取りなど、そろそろ決めないといけませんしね」
何を言われたのかわからず、エルーテは面食らった。また彼に熱があるのだろうか、と心配になったほどだ。
「変なものでも食べましたか? 地面に落ちているものとか……」
「あなたじゃあるまいし、そんな卑しい真似はしませんよ」
「私もしませんけど……。では、私の聞き間違いですね。式の日取りがどうの……」
「いえ、それは言いましたよ。式の日取りを決めておかないと、今後の予定が立てられないので」
「え! じゃあ、本当に私と結婚を……?」
「あなたと結婚するとは、一言も言っていませんがね」
エルーテは唇を尖らせ、彼に背を向けて寝転んだ。
(意地悪、意地悪、意地悪、陰険!)
背を向けていると、ラルケスが後ろから抱きしめてきた。エルーテは硬直する。
「くっつかないでください。私、拗ねてるんですから」
「拗ねてるあなたを見るのは面白いので、気に入っていますよ」
「ラルケス様の、バーカ、バーカ!」
これにラルケスが笑った。いつもの作り笑いではなく、本当に笑っている。
「ふふ、なんです、その小さな子供みたいな怒り方は。笑ってしまうのでやめてください」
「もう! 抱きつかないでください!」
「お断りします。今はあなたを抱きしめたい気分なので」
エルーテは、より一層むっとした。
「ラルケス様に期待した私が、愚か者でした」
姉の姿を見て、余計に惚れてしまったのだろうか、と急激に不安になった。対するエルーテは、自らの父親に嫌われており、殴られていたのだ。
「エルーテ」
珍しく名前を呼ばれた。エルーテが知る限り、彼が名前を呼ぶことは殆どない。大抵は、あなた、と呼ぶことが多いからだ。
「名前を呼んでご機嫌をとっても、無駄です。今日はもう、ラルケス様と喋りません」
「いいですよ、別に。私が勝手に話をするので。……式は、早くて一年後ですね」
「?」
「陛下へ報告をしに行くのは勿論のこと、あなたの親族にも挨拶をしに行かなければなりません。挙式をどのようにするのか考えることも含め、やるべきことはとても多いでしょうね。まぁ、あなたと一緒に相談をしながらになるので、退屈はしないでしょうが」
「……ラルケス様、それって」
「……あなたの花嫁姿は、さぞや美しいでしょうね。世界で一番綺麗なドレスを仕立ててあげましょう。それと、今度宝石商を城へ招いて、あなたの髪飾りや装飾品を、一緒に選びましょうか」
背中越しに話を聞いて、ズルイと思わずにはいられなかった。というのも、今の話ではエルーテと結婚をする、と言っているようなものだからだ。
「……顔に傷跡が残らなかったら、いいんですけど……」
声が沈むのを、隠せなかった。
「そのときは、名医を呼んで、必ず治療させます。万が一治らなかったとしても、あなたの清らかさや可愛らしさが損なわれるわけではないので、大丈夫ですよ」
エルーテは、またもや泣いてしまった。ラルケスは無言で寄り添い、エルーテが眠りにつくまでずっと慰め続けたのだ。
エルーテが眠った後、ラルケスは彼女の寝顔を見ていた。痛ましいほどに顔が腫れており、痣が消えるまで暫くかかるだろうと考える。彼が思い出すのは、彼女が殴られて首を絞められていた姿だ。死んでしまうかもしれないと思った瞬間、凄まじい焦燥感と怒りがこみ上げた。
(それにしても、私の理想に近づけるように、ですか……)
彼女は努力をすると言ったが、もう既に従順で教養があり、控え目な性格をしている。着飾れば見違えるほどの美人であり、部屋で一日中愛でていたいほどだ。
「おしとやかさだけは、少々欠けていますがね……」
エルーテは余程疲れたのか、熟睡していた。
(はじめの頃は、彼女の本当の素顔がわからなかった。誰に対しても愛想がよく、まるで人形のようで……。でも最近は、怒ったり泣いたり、私には素直な気持ちを見せてくれている)
思い出すのは、先ほどのことだ。
『私、ラルケス様が、大好きです……。すごく、大好きです』
ただの親愛の情で言ったわけではなく、はっきりと恋愛感情があるという意味で、告白をされた。これまでラルケスは、彼女にそういう気持ちがないことを知っていたので、本気で手出しはしなかったのだ。
(愛情というものを知らずに育ったのでわかりませんが、もしもエルーテへの感情を表現するとすれば、これが愛情と言うんでしょうね)
これまで恋愛経験は、他者よりは豊富なほうだった。その経験から、ラルケスは女性を魅了して惚れさせる方法を、覚えたのだ。しかしながらエルーテには、そのような手段は一度も使っていない。理由は、彼女にはありのままの自分を見て欲しかったからだ。彼女は慈愛の塊のようなところがあるので、嫌われることはないだろうと確信していた。異性として見られるかは、疑問だったが。
「あなたも、たちの悪い男に引っかかったものですね。私が言うのもなんですが、男を見る目がなさすぎですよ」
他者よりも恋愛経験は多いが、エルーテに対する気持ちと同じ感情を抱けた女性は皆無だった。ゆえに、やはり彼女は特別な存在なのだと、再認識をする。
ラルケスはエルーテの頭を優しく撫でると、そっと寝台から立った。そのまま部屋の外へ出ると、廊下で控えていたシャルへ話しかける。現在は人払いをしており、一部を除いて部屋には近づかないように命じていた。
「フィルラング領主とニーナは?」
「監視役の報告によれば、二人は帰途へ着いたようです」
「私の領地を出るまでは、賊などに襲われないように、陰から護衛を続けてください。父親はともかく、姉のニーナはエルーテにとって大事な存在なので」
シャルは頷いた。彼は普段、無表情でいることが常なのだが、珍しく暗い面持ちだ。
「……エルーテ様は、大丈夫ですか?」
「怪我は癒えるでしょうが、心の傷はわかりませんね。随分と気落ちしているようでしたし。今日のことを目撃した者には、全員口止めしておいてください」
「既に、そのように指示をしています。幸いにも、目撃したのは口が堅い者たちばかりなので、おそらく大丈夫かと」
ラルケスの城に仕えている者は、全員忠義心が厚い者たちだ。もしも口を滑らせようものなら、すぐさま調査が行われ、処罰の対象となる。
「今日と明日の予定は、全て白紙にしてください。彼女の傍についていたいので。部屋でできる仕事に関しては、こちらへ回してください。あと、エルーテを出産したときに立ち会った、医者を探し出してくれますか」
「承知しました。ただちに」
ラルケスは部屋の中へ戻ると、再び寝台へ向かった。エルーテはよく眠っており、目覚める気配はない。
(……首に痣ができている。フィルラング伯爵に首を絞められた痕……)
指の形が、はっきりと浮き出ていた。余程強く絞められたのだろう。ラルケスは信心深いほうではないが、エルーテが無事だったことに、心から神に感謝した。
十日後。エルーテの顔の怪我が大分よくなり、痣もかなり薄くなった。
(いつもなら治るまで二週間以上かかるのに。ラルケス様がくれた傷薬が、よく効いてるんだなぁ)
ラルケスが怪我をしたときに用いる、軟膏を貰ったのだ。その薬のお蔭で、顔の痛みはかなり良くなった。
「階段で転んで落ちたなんて、ドジだよなぁ。気をつけろよ、一応女なんだからさー」
アルディが馬に飼葉をあげながら、そう言った。エルーテは厩舎の掃除の手伝いをしている最中。本来はアルディの仕事なのだが、無理を言って手伝わせてもらっているのだ。今では馬たちもエルーテによく慣れ、近寄ると嬉しそうにしてくれる。
「ごめん、ごめん、今度から気をつけるね」
エルーテの怪我は、階段から落ちたことになっていた。おそらく、ラルケスがそういう扱いにしておいてくれたのだろう。
(怪我をした翌日も、ラルケス様は私のそばにいてくれたなぁ。ずっと仕事をしてたけど……)
エルーテは五日ほど、彼の部屋で過ごしたのだ。その間は一緒の寝台で眠ったが、彼は何もしてこなかった。六日目に自分の部屋へ戻ってもいい許可を貰ったが、安静にしていなさいと、部屋から出ることを許されなかったのだ。しかも監視役にシャルがつけられたので、城の中を散歩することもできなかった。
「ねえ、アルディ。ラルケス様って、何が好きなのかなぁ。お礼がしたいんだけれど、何も思いつかなくて……」
「俺が知るわけないだろ。そういうの、シャル様に聞けば?」
エルーテはふと、遠巻きにしてこちらを伺っている男性たちがいることに気づいた。どうして近寄ってこないのかわからないが、ひとまず笑顔を浮かべて挨拶をしておく。すると、男性たちも笑顔で挨拶を返してくれた。
「どうしたんだろう。私のこと、ずっと見ているけど」
アルディは溜息をついた。
「あいつらのことは、放っておけばいいよ。近づいたらラルケス様にきつーいお仕置きをされるから、あぁやって遠くから見守ってるんだ」
「きついお仕置き?」
「そうそう。ま、エルーテには関係ないから、気にしなくていいと思うよ」
厩舎の掃除を終えた後、エルーテは使用人の女性たちから休憩に誘われた。使用人が集う談話室へ招かれたのだが、そこは普段、使用人が食事をする部屋でもある。地下にあるのだが、普段足を踏み入れることがない場所だ。使用人の女性たちは切り分けられた果物を食べながら、雑談をする。
「そういえば、今度シュバール国の使者が城へ来るそうよ」
シュバール国は、ラルケスの母が生まれ育った国だ。
(確かラルケス様、シュバール国に復讐したいって……)
ラルケスという人物は、とても根に持つタイプのようだ。それも、やられたら倍々返しにするほどの、徹底ぶり。
(そういう方法は敵を作るし、できれば復讐だなんて、考えてほしくないんだけど……)
エルーテは悶々としたまま、考え込んでいた。説得したいが、その方法がわからない。
(私だって……、お父様と仲が良くないし、恨みがないわけじゃない)
兄と一緒に過ごすようになる七歳までは、いつも一人だった。家族と食事をしたことがなく、父から無視をされ、罵られ、暴力を受け、自分は誰にも必要とされない存在だと、徹底的に思い知らされた。その考えは今も払拭できておらず、未だに自分は無価値な存在だと考えている。
(誰かに必要とされたくて……、自分はここにいてもいいのだと肯定をしてもらいたくて、私はいつも他人の顔色を窺っている。そんな浅ましい考えの私が、ラルケス様に復讐をしないでほしいと言っても、説得力がない)
そこで、中年の使用人女性がエルーテの頭を撫でた。エルーテははっとする。
「ご、ごめんなさい、話を聞いてなかった」
「いいんだよ。それよりも、顔の痣が大分消えてきて、良かったね」
「うん」
「大丈夫だよ。もうあんなことは、起こさせやしないから」
その言葉がなにを指しているのか、すぐに理解した。
(やっぱり、階段から落ちたっていうのは無理があるよね。顔中が腫れて、痣がいっぱいだし。あの状況を見ていた人もいるし)
思い出すだけで体が震えたので、エルーテは謝罪をしてから席を後にした。
夕食の時間。エルーテは久方ぶりに部屋の外へ出てどうだったか、ラルケスへ語った。
「今日、アルディが凄く可愛かったんです。背が伸びてちょっと逞しくなった気がしたので、騎士になるために頑張って訓練をしている成果だね、って褒めたら、アルディの顔が赤くなって」
スープを飲もうとしていたラルケスは、手を止めた。そしてエルーテの顔をじっと見つめる。
「純朴すぎるのも、考え物ですね。そんな風に誰彼構わずニコニコするから、あなたに惚れる男性が後を絶たないんですよ。最近は面倒になってきたので、監禁したいほどです」
監禁などという、物騒な単語が飛び出てきた。エルーテはどうして彼が怒っているのだろう、と不思議そうにする。
「惚れる……? ラルケス様。私は、これまで一度もモテたことはないですし、男性に告白をされたこともないですよ」
「えぇ、そうでしょうね。故郷では、あなたの兄や姉たちが邪魔をしていたでしょうし」
「……何か、大きな勘違いをされていませんか? 私はここでも、モテたことはないですよ?」
「えぇ、そうでしょうね。ここでは私が……、いえ、なんでもありません」
彼は不自然な咳払いをした。なぜかとても苛々しているようだ。エルーテはもしや、と微笑む。
「わかりました。嫉妬ですね?」
「は?」
「ラルケス様もアルディと仲良くしたくて、怒ってるんでしょう?」
彼の視線が、より冷ややかなものに転じた。エルーテはすぐに、己が間違えたことを知る。
(アルディではないとすると、私? でもラルケス様が、私に嫉妬をするとは思えないし……。そんなことを言ったら、鼻で笑われそう……。じゃあ、どうして不機嫌なんだろう?)
そういえば、とふと思い出した。
「ラルケス様。この前私を看護してくれたお礼に、ラルケス様になにかしたいです。欲しいもの、又は私にしてほしいことはありませんか?」
その問いに対し、彼はややあって頷いた。
「ありますよ。今夜、私と一緒に寝てください」
エルーテは口にしたパンで、喉を詰まらせそうになった。食事部屋にはシャルもいるので、いかがわしい話題ではないと、すぐに認識を改める。
「えっと、添い寝ですか? わかりました。私、子守唄も上手なんですよ! ラルケス様が熟睡できるように、頑張ります」
「寝ぼけたことを言わないでください。私があなたを寝所に呼ぶ理由なんて、一つしかないでしょう。私が所有している物の、手入れと確認です」
「……、そうですか」
シャルはただ静かに、まるで置物のように立っていた。彼は主がどんな発言をしても、余程のことがない限り、動じないのだろう。有能すぎる従者だ。
「逃げないでくださいね。まぁ、私から逃げ出すなんて、不可能だと思いますが」
しれっと恐ろしい発言をされた。
寝る支度が済むと、エルーテはラルケスの部屋へ訪れた。珍しく異国の香が焚かれており、仄かにスパイシーな甘い香りがする。ほんの数日前まで彼の寝台でずっと寝ていたが、そのときとは雰囲気が違う。しかも今日は、彼がお茶を用意してくれていた。エルーテはソファーに座っていただくのだが、独特な香辛料と甘さがある。
「それはシュバール国で、昔から伝統的に飲まれているものなんですよ」
ラルケスは書類の整理を終え、窓際に立っていた。
「へー。ちょっと変わった味ですね。こんなお茶を、ラルケス様は普段から飲まれているんですか?」
そう問えば、彼は笑顔を浮かべた。
「まさか。それは花嫁が初夜の日に飲む媚薬ですので、私は飲んだことはありません」
エルーテは飲み干してしまったカップを、テーブルへそっと置いた。なんてものを飲ませるのかと怒ればいいのか、それとも人に簡単に薬を盛ってはいけないと、注意をするべきなのか。エルーテは言いかけて、諦めた。ここで怒っても、彼を喜ばせるだけだからだ。
「……話は変わりますが、シュバール国へ復讐をしたいっていう気持ちは、まだあるんですよね?」
「えぇ。当然です」
「復讐なんて、やめてください。被害を蒙るのは弱い立場の民ですし、復讐をすれば、必ずこっちへ返ってきます」
彼は何も答えなかった。おそらく、彼もわかっているのだろう。同時に、無言でエルーテに口を挟むなという、牽制している。
「……あなたは、許せるんですか? あんな仕打ちをされておいて」
「許せないですが、それよりも幸せになって、見返すほうがいいです。私は親に愛されることはもう諦めましたが、幸せになることまでは放棄していないので」
彼の目を見据えながら、語気を強めて言った。ラルケスは感心したような表情をしている。
「……あなたのことですから、おそらく父親と仲良くしようと努力したんでしょうね。でもその結果は、実らなかった」
彼が見抜いたとおりだった。エルーテは父と普通の親子になりたくて、何度も話し合おうとした。だがいずれも、無視をされたか、暴言を吐かれたか、若しくは暴力を振るわれたかだった。父にとって自らは必要のない、むしろ生まれてはならない存在だったのだと理解してからは、エルーテは諦めた。否、心が折れたのだ。
「……とにかく、ラルケス様のことは私が幸せにしますから、妙な考えはやめてください。ラルケス様が寂しくなったら私が抱きしめますし、話を聞いてほしいときは、ちゃんと聞きますから」
エルーテは笑顔を浮かべた。
「不思議ですね。あなたが言うと、復讐をすることが馬鹿らしくなってきます」
彼はいつになく、どこか穏やかな表情をしていた。エルーテは、このまま本当に彼が復讐をやめてくれれば、と願う。
「……以前にも聞きましたが、なぜラルケス様は、ニーナ姉様と結婚がしたいと思ったんですか? 私の家へ援助をする、とまで言って」
ラルケスは両腕を抱え、黙り込んだ。てっきり前回と同じように回答を拒否するかと思ったのだが。
「……援助の話はしました。でも私は、あなたの姉であるニーナと結婚がしたいだなんて、一言も述べていません。どうしてそんな話になっているのか、私もずっと疑問だったんですよ」
「え! じゃあ、ラルケス様は私の姉と結婚をする気は」
「最初からありませんよ。あなたの父に勧められはしましたが、初めて会った際にお断りしています」
エルーテは大きく目を見開いて、動揺した。両手を口に当てて、青ざめる。
「じゃ、じゃあ……、父が勝手に?」
あの父ならば、有り得る。
(え? つまり私は、結婚の意思がないラルケス様に、自分と結婚をしてほしいと言い続けていたということ? しかも強引に城へ居座って?)
とても失礼極まりない真似をしていたのだと知って、ぞっとした。エルーテはすぐに謝罪する。
「ごめんなさい、ラルケス様。そうとは知らず、私……」
「構いませんよ」
ラルケスが屋敷へ初めて訪れた日。兄が屋敷へ戻ってくる予定があった。
「もしやラルケス様は、父ではなく、兄に会いに来たんですか?」
「えぇ。あなたの兄とは会えませんでしたが」
ならば益々、ラルケスが結婚の話をしに屋敷へ来たとは思えなかった。おそらく、政治的な話をするために、訪れたのだ。だが、父のせいで情報が歪められてしまったのだろう。
「どうして、そんな大事な話をしてくれなかったんですか!」
「本当の話をすれば、あなたは帰ってしまうでしょう」
エルーテはきょとん、とした。結婚の話が偽りだったとするならば、帰るのは当然だ。
「おそらく、そうしていたと思いますが……」
「毎日鬱屈してつまらないと感じていた日々の中に、突然あなたみたいな珍妙な生き物が飛び込んできたんです。あなたのようなおかしな人間がそばにいれば、この退屈な人生も少しは鮮やかになるかもしれない。そう考え、あなたに真実を話さなかったんです」
全く褒められている気がしなかったが、そこは敢えて問い質さなかった。
つまり、ラルケスの暇潰しの相手として、城へ置かれていたということだ。エルーテは故郷の領地の仕事を放ってここへ来ていたので、不満を述べたかった。だが抑える。なぜなら、彼はエルーテが怒るとわかっていて、正直に話しているからだ。それにエルーテは、彼が孤独な人だと知っている。
(私は、ほんの少しでも、ラルケス様の人生を鮮やかにできたのかな?)
そうであればいいと、願った。
「私に期待しすぎです……」
「そんなことはありませんよ。実際あなたが城に滞在するようになって、城の雰囲気がよくなりました。私も、よく笑うようになりましたしね」
エルーテは、彼が笑っていた姿を思い浮かべた。
(皮肉な笑みや、作り笑いしか思い出せない)
自らの観察不足を嘆くべきなのか、それとも彼の本心を見抜かせない能力を称賛すべきか。
「ラルケス様が私のことを、そんなに気に入っているとは知りませんでした……」
冗談を言ってみた。だが彼は、否定をしない。
「まぁ、最初はあなたのこと、好ましく思っていませんでした。生意気ですし、口答えをするし、反抗的ですし、本気で調教しようと思ったぐらいです」
「う……」
「私があなたを愛することはないと言ったときも、あなたは泣いて逃げ出すどころか、私を愛することは許してほしいと懇願してきました」
エルーテは自分の言葉を思い出し、頷いた。
『ラルケス様が愛さなくとも、構いません。ですが、私がラルケス様を愛することは、お許しください。ラルケス様が私を愛せないというのなら、ラルケス様の分まで私が愛します』
彼への、嘘偽りない本心だ。
「あのとき、ラルケス様のことをきちんと愛そうと思いました」
「そうですか。実は私もあのとき、あなたを本気で欲しいと、考えるようになりました」
欲しいとは、どういう意味なのだろうか。話を額面通り受け取ってはいけないと、自制する。
(……いやいや、ラルケス様のことだから、きっとコレクション的な意味で、異性としてでは)
否定しようとしたが、ほんの少し頬が熱くなるのがわかった。ラルケスはエルーテのそばへ行くと、手を引いてソファーから立ち上がらせる。
「さて、そろそろ寝台へ行きましょうか」
「あ、あのっ、私はラルケス様のことが大好きですけど、無理に私と一緒にいなくてもいいんですよ? 結婚の話も、間違いだったんですし……」
「嫌なら一緒にいませんよ。さ、来なさい」
ずるずると手を引かれ、寝台の上へ座らされた。そして彼は、自らの服を脱ぎ始める。
「何をっ、ラルケス様! どうして服を」
「あなたを抱くのに、服が邪魔だからですよ」
思考が追いつかなかった。彼が言う抱くとは、そのままの意味ではないだろう。
「わ、わかっているんですか? 私と既成事実を作ったら、結婚をしてもらいますよ! いいんですか? 私と、結婚ですよ!」
ラルケスは上半身の服を脱ぎ、脚衣だけの姿になった。引き締まった体は筋肉質であり、滑らかな赤褐色の肌が蝋燭の明かりに照らされて陰影を作る。
「あなたこそ、わかっているんですか? 私に抱かれたら、私以外の男性とは結婚できなくなるんですよ」
「私はきちんとわかっています! どうかしているのは、ラルケス様のほうです! 絶対に正気じゃありません! さっきの変な薬湯、ラルケス様も飲んだのではないですか?」
「失礼な方ですね。飲んでいないと、さっきも言ったでしょう」
「だって、そうでもなければ、説明がつきません!」
少し黙りなさい、とエルーテはラルケスに、寝台へ押し倒された。
「私はこう見えて嫉妬深いので、浮気は絶対に認めません。あと独占欲も強いので、あまり自由にもしてあげません。そして残念なお知らせですが、私はもう、あなたを手放してあげられそうにない」
とても甘い甘い口調で、そう告げられた。エルーテは驚きすぎて、混乱する。
(え? え? あの、ラルケス様が?)
到底信じられない出来事だった。
「それは……、私に特別な意味の愛情があるということですか?」
「えぇ。そういうことです。ようやくご理解いただけましたか?」
エルーテは完全に、静止した。これは夢だろうか、と喜びよりも驚きのほうが大きい。エルーテは次第に冷静になる。
「私は父に良く思われていませんし、結婚をするとなっても祝福されません」
「私にも、祝福をしてくれる両親がいないので、同じですよ」
「えっと、えっと……、ラルケス様は、私のどこが好きなんですか?」
「私に苛められてもめげないところや、存外に逞しいところですね。あと、笑顔が一番気に入っています。あなたの笑顔は気持ちを明るくしてくれますし、何より可愛らしいですから」
恥ずかしすぎて、死にそうになった。エルーテはラルケスから慣れない賛辞を受け、寝台から逃げ出そうとする。
「きょ、今日は無理です。部屋に帰ります。ごめんなさい」
「バカなことを言わないでください」
逃げようとしたが、あっさり寝台へ戻された。エルーテは両手で顔を覆って隠し、首を振る。
「顔、見ないでください。今、変な顔になっていると思うので」
見られたくないというのに、彼は強引にエルーテの手を顔から引き剥がした。おそらく、顔が真っ赤になり、目も潤んでいるだろう。
「知りませんでした。あなたは褒められたり愛を述べられたりすると、そんな反応をするんですね。実に楽しい発見です」
唇へと口づけをされた。あまりにも優しく、柔らかな口づけ。
「キ、キスをするなんて、ズルいです……。ラルケス様の意地悪っ」
「おや、私が意地悪なことは、とうにご存知の上でしょう?」
「知ってますけど……っ」
「大人しく、私のものになりなさい。私に気に入られた時点で、あなたはもう、逃げられないんですから」
今度は深く口づけをされた。まるで蕩けるような甘い口づけに、脳内が痺れる。初めは優しいものだったが、次第に互いの舌が濃厚に絡み合わされた。これまでエルーテは、彼と幾度も口づけをしてきた。そのため、ある程度慣れたと思っていたのだ。しかしながらそれは、大きな間違いだったと知る。なぜなら、彼との口づけは今までで最も甘美で、それでいて心地のよいものだからだ。
(ラルケス様とのキス、ぞくぞくする)
合わさった唇から、吐息が漏れた。だがそれすらも、心地いいと感じる。
「あなたの唇は、とても滑らかで、柔らかいですね」
まるでエルーテの唇の感触を楽しむかのように、唇を啄まれた。とてもくすぐったいのでやめて欲しいのだが、嫌がる前に彼が再び深く唇を重ねてくる。
「んっ、ふあ……」
口づけだけで、全身がとても熱くなった。合わさった唇から、彼の分厚い舌が入ってきて、エルーテの咥内を弄る。それが何とも言えない感覚であり、下腹部がきゅっとなった。顔の向きを変えて再び口づけが繰り返され、エルーテの口の端からツゥと二人分の唾液が線を引いて落ちる。
「あなたの舌は、いつも熱くて、それでいて気持ちいいですね。触れていて、興奮します」
ラルケスはエルーテの鼻先や目元、頬へと順にキスをした。エルーテの心臓は速さを増し、先ほどよりも恥ずかしくなる。
「返答に、困ります……」
彼はくすりと笑うと、エルーテが着ている寝衣を脱がせ始めた。寝台の上に寝転んでいるというのに、彼は器用に脱がせるのだ。その慣れた仕草に、嫉妬が隠せない。
「どうしましたか?」
「私はラルケス様が初めてですけど、ラルケス様は違うでしょうから、ちょっと嫌な気分になっただけです」
「あぁ、嫉妬ですか。するだけ無駄ですよ。付き合った女性とは全員別れていますし、彼女たちには愛情を持てなかったので。お互いの育った環境が違いすぎますし、話も合いませんし、共感もできませんでしたからね」
「私とも、会話が弾んでいたようには思えませんが……」
いつもエルーテが一方的に話すことが多く、彼は聞き役だ。
「あなたは話し上手なので、不愉快な話題はしません。貴族特有の自慢話や、領民を見下す物言いもしない。私に何かを買ってほしいと、おねだりもしてきません。……私に近づく女性は、その殆どが、私の権力や爵位、お金目当てなので。でもあなたは、違う。頭がよく、領民想いで、耳障りな会話もしない」
またもや褒められ、エルーテは逃げ出したくなった。だがラルケスによって首筋を舐められ、体を竦ませる。
「ふ……っんぅ」
何度も首筋を往復して舐められた。鎖骨の窪みも舐められ、喉元にも舌が這わされる。それがなんだか、捕食される前の小動物のような気分にさせられた。
「……あぁ、感じているんですね? あなたの匂いがします」
胸元に鼻を近づけ、ラルケスが匂いを嗅いだ。
「や、やだ……」
押しのけようとしたが、逆に肌着を脱がされてしまった。たぷんと大きな胸が揺れ、彼の眼下に晒される。ラルケスはその胸を手で包むように触れ、まずは肌触りを確認した。撫でて形を楽しみ、乳輪をなぞる。
「いつもよりも色が赤いですね。さっきの薬湯が効いているんでしょうか。どうですか? 普段と比べて、体調に変化はありますか?」
「な、ないです……」
「本当に?」
ぴんとなっている胸の頂を、彼が舌先でチロチロと舐めた。
「ひゃ……っ」
ビリビリした刺激が、全身を駆け抜けた。この反応に、彼は満足そうに目を細める。
「強くはないようですが、催淫の効果は出ているようですね」
小さく膨れている赤い頂部分を、彼は指先で摘み、コリコリと転がし始めた。両方の胸を刺激され、エルーテは両足をばたつかせる。
「や、ん……、触ら、ないでっ」
下腹部が疼き、両脚の間も熱を増すのがわかった。だが彼はやめず、ひたすら胸の頂を指で挟んで弄ぶ。ただそれだけだというのに、強い快楽が生じた。あっという間に脚の間が濡れるのがわかり、エルーテは唇を震わせる。
「もしや、これだけでは物足りませんか? 仕方がないですね。揉んであげましょう」
「ちが……」
彼は胸を揉み始めた。エルーテの大きな胸に彼の指が沈み、形を変えて踊り始める。ラルケスは嬉々としており、エルーテの胸を揉んで喜んでいた。
「あぁ、あなたの胸はやはり、極上品ですね。……そうだ。私と結婚をした際には、毎日私が胸の手入れをしてあげましょうか。化粧水を塗りこんでから、香油を塗ってあげます」
「け、結構ですっ」
「あなたに許諾は求めていません。この胸は、私のものですしね」
ラルケスはエルーテの胸の頂を唇で食むと、甘噛みをした。
「ぁあっ……!」
「軽く痛みを与えられても、感じるんですね。そういうはしたないあなたも、気に入っていますよ」
大胆に大きく胸を揉まれ、脚の間の疼きが強くなった。しっとりと濡れているのが、自分でもはっきりとわかる。
「ラルケス様っ、胸ばっかり、いや……っ」
「胸だけではなく、他の部位もしてほしいということですか? 構いませんよ。では、今日はこちらを可愛がってあげましょうか」
体の向きを、仰向けからうつ伏せにされた。何をするのか問う前に、下着を脱がされてしまう。これにエルーテは、まさか、と察する。
「お、お尻に触るつもりじゃ」
「よくわかりましたね。偉いですよ。今日はこちらを愛でてあげましょう。私はあなたのお尻も気に入っていますからね」
つるりとした滑らかな臀部に、ラルケスは両手を当てた。そして円を描くように揉み始める。彼の方からは、脚の間の状況や恥ずかしい部分が丸見えになっているだろう。エルーテは這って逃げようとした。だが抵抗を罰するように、ラルケスが臀部を抓る。痛くはないが、自尊心が微妙に傷つく。というのも、まるで幼子を叱るときのような扱いだったからだ。
「や……っ」
「お仕置きですよ。今度逃げようとしたら、お尻の穴から媚薬を入れます」
嘘とも冗談ともわからぬ声音だった。エルーテはぐっと我慢して、大人しくする。しかしながら臀部を揉まれるほどに、秘部がひくつくのがわかった。
「んぅ、あ……」
「いっぱい、あなたの液が溢れていますよ」
エルーテは両手で、臀部を隠そうとした。だがそれよりも先に、秘部へ彼の手が差し込まれる。
「やめっ」
羞恥のあまり、反射的に体を起こそうとしてしまった。だが割れ目をなぞられ、硬直する。
「忠告したのに、逃げようとしましたね。やはり、媚薬を使いましょうか。さっきあなたが飲んだものよりも、効果が強いものを」
「ち、ちが、逃げようとしたわけじゃ……」
「お仕置きが必要ですね。お尻から媚薬を入れられるのと、膣内に入れられるのと、どちらがいいですか? 両方でも結構ですよ」
どちらも嫌だった。だがそんなことを言えば、両方の孔から入れられてしまいそうだ。
「お尻は、嫌です……」
自然と、声が力なく沈んだ。ラルケスは嬉々として、笑顔を浮かべている。
「わかりました」
寝台の横にあるサイドボードに、硝子の小瓶があった。その中から彼は薄い琥珀色をした液体を取り出し、自身の指へ塗りつける。そしてそのまま、エルーテの秘部へ塗りつける。少し冷たいが、さらりとしていた。
「そ、それも、シュバール国で使われている薬、なんですか?」
「えぇ。夫婦の営みで使われている、ごく一般的な薬です。私が用意したのは、あちらの王宮で使われているものですが」
「な、なんで、そんなものが必要なんですか?」
「利用目的は様々ですよ。ただ単に快楽を楽しみたいから、という単純なものや、意中の相手を落としたいため。又は、相手へ快楽による拷問を与えるため」
拷問と聞いて、怖くなった。だがラルケスは容赦なく、エルーテの秘部へ液体を塗る。
(……あれ? なんだか、脚の間がすごくぞわぞわする……)
じりじりと、奇妙な感覚がした。それは次第に強い疼きとなってくる。
「これってもしかして、即効性があるんですか?」
「えぇ。持続性があまりない代わりに、効果が出るのは早いそうです。……もしや、もう効果が出てきたんですか?」
彼がエルーテの蜜口へ指を入れようとしているのがわかった。エルーテは首を振る。
「そ、そこはダメ!」
「いえ、ここにも塗ります。でないと、お仕置きになりませんから」
拒絶も空しく、彼の指が体の中へ入ってくるのがわかった。溢れんばかりの蜜が潤滑油代わりとなり、彼の指をさしたる抵抗もなく飲み込んでいく。体の中へ入ってきたのは一本の指だけだが、はっきりと異物があるのが感じ取れた。
「や……、やめ……」
指をゆっくりと引き抜いては、そこへ新たに薬を塗りつけ、また中へ差し込まれた。それが数回繰り返される。
「あなたのここ、媚薬でたっぷりですよ」
「……っう、ラルケス様、ひどい……」
中がとても熱く、気持ち悪いほどにうねっていた。彼の指をぎゅっと締めつけ、疼きを取ってほしいとばかりに蠢動する。
「先ほどとは比較にならないほど、ここがどんどん濡れてきています。せっかくなので、たっぷり可愛がってあげましょう」
中へ指が二本に増やされた。そして掻き混ぜるように、中を刺激し始めた。それとともにエルーテは、一気に快感が引き上げられ、達してしまう。
「ぁああっ!」
ほんの少し指で中を刺激されただけだというのに、絶頂を迎えてしまった。体が震え、彼の指が入っている蜜壁はビクビクと痙攣している。
(今の、何……)
恐ろしいほどの快感に、怖くなった。だが体の疼きは収まらず、密にまみれた奥はもっと欲しいとねだっている。
「大丈夫ですよ。もっとしてあげますから。たっぷりとね」
指が再び中で動いた。尾てい骨がある側の壁を指の腹で、軽く叩かれる。それだけで子宮がぎゅっとなった。
「や、いやあっ」
強すぎる快楽に、頭(かぶり)を振った。白い背中をしならせ、ぎゅっとシーツを握りしめる。だがそうしていても、少しも快楽が和らぐことはない。
「純潔の乙女だというのに、私の指をここに入れられて、快楽を知るなんて」
指で蜜壁を叩く振動が、強まった。エルーテは息が上がり、くらくらする。とても気持ちいいが、同時に苦しみも味わう。何度も小さな絶頂を迎えるが、際限がないかのように疼きが止まらない。
(媚薬を使われたせいだ……。もう十分って思うのに、体が満足してくれない……)
ぐちゅぐちゅと粘着質な、とても淫猥な水音が部屋にずっと響いていた。エルーテは涙を流しながら、首を振る。
「や……っ、あぁん、らるけす、さま、もう、許してっ。もう、むり……っ」
しかしながら、やめてくれる気配がなかった。エルーテは一瞬意識が飛んでしまう。
「辛そうですね? でも、今夜は寝かせるつもりはないので、しっかり意識を保っていてくださいね」
彼はエルーテの膣内(なか)へ指を挿れて愛撫を繰り返しながら、上半身を倒した。そしてエルーテの肩や肩甲骨へ唇を落とす。それが余計に、感度を高めた。
「んぅうっ、やぁ……ん、は……ぁあ……ふ」
頭ではやめて欲しいと思うのに、下半身は凄まじい快楽に喜んでいた。あまりの気持ちよさに、意識が朦朧とする。
(中、ぐちゅぐちゅにされてる……っ)
もっとしてほしいと、無意識のうちに腰が揺れてしまった。エルーテははっとなり、あまりのはしたなさに悲しくなる。
「私の指がそんなにもいいんですか? 困った方ですね」
より一層中を強く刺激され、エルーテは何度目かの絶頂を迎えた。
「ぁ……! んぅうっ」
呼吸を荒くしながら、快楽の波が落ち着くのを待った。ラルケスはやっと指を動かすのをやめ、エルーテの中から指を引き抜く。その感覚にぶるりと震えたが、解放されたことにほっとする。
(……疼きが、ちょっと治まった気がする……)
媚薬は、即効性がある代わりに、持続性はないと言っていた。その言葉どおり、疼きが少しだけ穏やかになっていた。
(それにしても、わかっていたけれど、ラルケス様ってやっぱり、ひねくれてる)
動けないでいると、臀部に何かが当たった。なんだろうと視線を向ければ、ラルケスがエルーテの臀部へとキスをしていた。
「やはりあなたのここは、素晴らしいですね。まるで絹のような手触りをしていますし、ほどよい弾力もある。とても私好みですよ」
臀部を舐められて、ほんの僅かに唖然とする。
(そ、そうだった。すっかり忘れてた……。ラルケス様が、尻公爵様だということを)
臀部を両手でがっしりと掴み、揉み始めた。先ほどの行為よりは快楽の度合いが低いが、それでも鎮まりかけていた疼きが再燃するには十分な刺激となる。
「や……、だめっ……、……あぁんっ、うぅ……んく」
「あなたの体は、まるで私専用に誂えたかのようですね」
臀部を激しく揉まれ、全身が熱くなった。またしても秘部がヒクついて快感を欲し、だらしなく液が零れ落ちるのがわかる。
「先ほど、あれだけ尽くしてあげたというのに、お尻を揉まれただけで、そんなにも物欲しげな顔をするとは」
「ち、が……、これは、ラルケス様のせいで……」
「私のせいにしないでください」
あまりにも理不尽だった。そうして気が済んだのか、彼は臀部から手を放す。エルーテはほっとするも、今度は体を仰向けにされた。
「……ラルケス様?」
彼はエルーテの手を取ると、指先へ口づけをした。そのまま、いつになく真摯な表情をする。
「大切なことなので、きちんと言っておきます。これからあなたには、私の妻になっていただきます」
エルーテは目を見開いて、返答に少し詰まった。
「……! は、はい……」
「あと、今から私のものだという証を刻ませてもらいます。いいですね?」
「……断りはしませんが、断ったらどうなるんですか?」
彼はにこりと微笑んだ。
「そのときは、私の妻になりたいと考えるように、教育をします」
「教育?」
「えぇ。あなたを私の虜にさせて、離れられないようにしてあげます。でも、できればそうはしたくないですね。どうやら私は、生意気で反抗的なあなたも、気に入っているので」
エルーテは不満そうにした。少し頬を膨らませ、むっとする。
「生意気とか反抗的とか言われても、嬉しくないです。もっとちゃんと褒めてください。あと、妻にするっていうなら、これからはたくさん甘やかしてほしいです」
「わかりました」
唇へキスをされ、エルーテは非常にドキドキした。
「……や、約束ですからね? ちゃんと大事にしてくださいね?」
「えぇ。お約束します」
そうして、エルーテは脚を開かされた。何をするのかは、姉たちから少し聞いているのでわかっている。
(最初はすごく痛いって、言ってた……)
姉の一人が、そう言っていたのだ。
「あの、ラルケス様」
「はい? なんでしょう」
彼は脚衣を脱ぐところだった。
「できれば、早く終わってくださいね?」
彼は怪訝そうに、は? と聞き返してきた。エルーテは申し訳なさそうにする。
「なぜですか?」
「姉が、悲鳴をあげるほど凄く痛いって、言っていたので……。私、痛いのは苦手で……」
ラルケスはにこりと微笑んだ。なんだか嫌な予感のする笑みだ。
「まぁ、あなたの協力次第でしょうね。私が早く終わるかどうかは」
「うぅ……」
「大人しく私のを受け入れれば、それほど痛くはないはずです」
そこでエルーテは、彼の下半身にある太くそそり立ったものを見た。彼の肌と同じ色をしているが、とても太くてひくついている。他の男性のものは見たことがないが、彼のものがとても立派だというのはわかった。
「……っ」
驚きすぎて、声が出せなかった。
「すみません。興奮が抑えられなくて」
「い、いえ、気にしないでください」
完全に頭の中が真っ白だった。どう考えても入らない大きさであり、指とは比較にならない。彼はエルーテの脚を抱え、蜜口に自身の先端を宛がる。そして、エルーテの体から溢れた愛液をこすりつけた。
「では今から挿れます。体から力を抜いてください」
そう言われたが、難しかった。彼は先端を蜜口から、ゆっくりと押し込んでくる。
(やっぱり、大きい……っ!)
めりめりと、壁を圧迫しながら、重量感のあるものが侵入(はい)ってきた。エルーテは痛みを感じないよう、必死にシーツを握りしめる。
「ふ……っ」
今のところ、痛みは感じなかった。だがどこで痛みを感じるのかがわからないため、そのときを待つ。
「指を挿れたときからわかっていましたが、あなたの中はとても狭いですね」
太くて硬いものが、どんどんと奥へ進んできた。ラルケスはエルーテの呼吸に合わせ、無理には入れようとはしない。
「い、痛いですか?」
「いいえ、大丈夫ですよ。あなたはどうなんですか?」
「苦しいですが、耐えられます……」
異物を押し込まれているのだ。苦しくないほうがおかしい。しかも彼のはとても太くて、エルーテの拳より大きい。そうして緊張しながら耐えていると、奥へ到達するのを感じた。彼の熱が中からじんわりと伝わり、無性に恥ずかしくなる。
「痛くはありませんか?」
「まだ平気です……」
「それは良かった。貫通するときが一番痛いと聞くので」
姉のときはあまりの痛さで、一度目は途中でやめたと言っていた。それを思えば、ラルケスは上手なのだろう。
(なんだか、またもやもやする。ラルケス様が他の女性にもしていた、って思うと……)
暫し悩み、エルーテは覚悟を決めた。
「あの、ラルケス様」
「なんですか?」
「この行為って、男性は気持ちいいんですか?」
「えぇ」
「じゃ、じゃあ、好きにしてください。私、頑張るので。多少痛くされても、耐えます」
「わかりました。では、少しずつ動きます」
動くと聞いて、なぜと思った。だがおそらくそうするものなのだろう、と勝手に納得する。彼は一度奥まで挿れた自身のモノを、ゆっくりと引き抜いた。
「ぁっ」
壁が擦れて、びりびりと痺れるような、それでいて官能的な痛みがあった。奥から蜜が大量に溢れるのを感じ、体も自然と熱くなる。
「あなたは、濡れやすい体質ですね。そういう素直な体は、好きですよ」
入口近くまで引き抜いたかと思うと、再び奥へ入ってきた。今度は奥までしっかりと、どすんと当てられる。それとともに、なんとも言えない疼痛が齎される。
「や、ん……っ」
体の中心を突き立てられている上に、膝裏に手を差し込まれて固定された。その体勢で、彼は抽挿をゆっくりと繰り返す。かなりの剛直が入っているにもかかわらず、動きはかなりスムーズだ。それもこれも、エルーテの体から溢れた蜜が、潤滑油になっているためだ。
(大き、すぎ……っ、ラルケス様の)
太いものが何度も体に突き刺さる度に、中がゆっくりほぐれていくのがわかった。それとともに、甘美な感覚が広がっていく。
「んぁ……っ、は……んぅ……ふ」
これまで味わったことのない感覚に、エルーテは戸惑った。狭隘な肉壁を押し広げるように何度も奥へ差し込まれ、次第に快感へと転じていくからだ。淫靡な痺れはとても魅惑的であり、膣内がうねるのがわかった。
「……指を挿れて感じていたのでもしや、とは思っていましたが……。あなたはとても、感覚が鋭いんですね。通常、初めて行為をする場合、すぐには性的快感を得られないそうですよ」
先ほどより、少し動きが速くなった。といってもやはりエルーテに気を遣っているのか、慎重に行っているようだが。
「そ、そんな、ことを、言われても……っ。ラルケスさまが、上手だからじゃ、ないんですか?」
「おや……、褒められては、もっとあなたを気持ちよくできるように励まなければいけませんね」
体を揺すられているので、声が途切れ途切れになった。彼はくすりと笑うと、蜜壁の上部を擦りつけるようにして、抽挿を行う。すると、目の前に火花が散るほどの快感が、全身へ駆け抜けた。
「あぁっ、や、そこ、んぅうっ、だ、め……っ、いやっ」
首を振って嫌だと抵抗したが、彼はやめなかった。それどころか、幾度も続ける。
「すみません。ここは私が、とても心地いい場所なんです。……まさか、やめてほしいだなんて、言いませんよね?」
彼がいいという部分は、エルーテが弱い部分だった。逃れたくなるほどの快楽が、生じる場所。けれども、秘部はもっと欲しいと言わんばかりに、ヒクヒクした。ラルケスは目を輝かせながら、穿ち続ける。
「ぁんっ、や、あぁん……ふ……、んうぅ」
摩擦によって、中がとても熱を持っていた。先ほどまでぎちぎちだった蜜洞はほんの少しだけ余裕ができ、彼の猛ったソレを咥えて喜んでいる。
(こんなの、姉様たちから教わってない……っ)
視界が明滅するほどの激しい快楽だった。
「随分と気持ちよさそうですね?」
彼には余裕があり、楽しそうだった。エルーテはそれがなんだか、釈然としない。だが声を出そうにも、口から洩れるのは喘ぎ声のみ。
「は……っ、んぅう……あ、ん……っ!」
少しばかり、奥へ当たる力が強まった。それによってエルーテの豊満な白い乳房が揺れ、羞恥心が煽られる。
(中、溶かされていくみたい……)
結合している部分から一つになっていくような、錯覚がした。全身が汗ばみ、脳髄を灼(や)き尽くすかのような快楽の海に溺れる。
「……あぁ、とても綺麗ですよ。私に抱かれ、恍惚としているあなたは。同時に、少し腹立たしくもあります。本当に、私の欲情を煽るのが上手だ」
ラルケスが上半身を倒し、覆いかぶさってきた。エルーテは焦る。
「も、もう、無理ですっ。私……っ」
「えぇ、そのようですね。でも私のために、堪えていただけますか?」
お願いをされては、これ以上嫌だとは言えなかった。彼はそのまま、エルーテの体を大きく穿ち始める。
「んんぅうっ!」
より強い快感がこみ上げてきて、数度突き上げられただけで達してしまった。その気配は恐らく、彼は察しているだろう。しかしながら休ませてもらえることもなく、彼は行為を続ける。敏感になっている場所を幾度も摩擦され、逃れたいほどの淫靡な苦痛が襲う。それとともに、エルーテは泣いてしまった。狂おしいほどの悦楽に、耐え切れなくなったためだ。
「泣くなんて、卑怯ですよ。もっとあなたが欲しくなります」
繰り返し奥を貫かれ、エルーテは再び強い快楽の波が高まってくるのを感じた。先ほどより大きく、下腹部に熱を孕む。
「や、やあぁっ、んぁあっ」
ぐちゅんぐちゅんと、淫猥な水音が部屋に響いている。それと呼応するかのように、エルーテの下腹部の熱はより一層増し、膨れ上がる。
「――いきなさい」
ラルケスはエルーテの限界を知っていたらしく、大きく奥を打った。それとともに、エルーテの熱が霧散した。
「ぁああっ!」
ラルケスはそれを見届けて満足したのか、彼も数度抽挿を行った後、エルーテの中へ熱い飛沫を放出する。これにエルーテはびっくりし、体を揺らした。ラルケスはエルーテの涙を指で拭うと、唇へ軽くキスをする。
「とても、良かったですよ」
疲れてとてもクタクタになったが、それを聞いてほっとした。
「……安心しました」
ラルケスはエルーテの額へキスをしてから、自身のモノをエルーテの中から引き抜いた。それとともに、こぽりと彼が出したものが溢れ出す。それを、ラルケスはサイドボードに置かれていた布を手にし、エルーテの脚の間を丁寧に拭う。
(……うぅ。なんだか、視界がぼやけてきた……)
呼吸はまだ落ち着かず、体が茹るように熱かった。けれどもそれ以上に、疲労のせいで眠い。
「後はしておきますので、眠ってもいいですよ」
いつになく優しい声音で言われ、エルーテは意識を手放した。