第四話
一夜明けて、朝になった。リアはとても広々とした、天蓋つきのダブルベッドの上で目を覚ました。天蓋から垂れている青いレースのカーテンをめくってベッドから立ち上がると、ぼんやりする。
(夢だったらよかったのに……)
昨晩、ノエに連れられてきたのが、今いる部屋だった。内装はとても豪奢で、金細工が施されたランプやタンスが置かれている。寝室の隣の部屋はソファーや大型のテレビ、本棚などがあり、更にその隣の部屋はウォークインクローゼットになっている。一人で使うにはかなり広い部屋であり、落ち着かない。大きな矩形の窓を開けば小さなバルコニーになっており、そこから山を一望できる。
「今日、学校はお休みだっけ……」
監禁すると言っていたので、今後学校に通えるようになるかはわからない。リアは溜息をつくとともに、室内のソファーへ腰かけた。そして自分の服を見る。まるで貴族の令嬢が着用するような、白いフリルがついたワンピース状のパジャマだ。昨晩ノエが持ってきた衣服であり、リアは破かれたボーダーのシャツから着替えたのだ。屋敷の中であれば、北館以外どこへ行ってもいいと言われている。北館とは、リアが最初に連れて行かれた建物だ。最初は知らなかったが、シリルの家は屋敷が二つ建っているのだ。北館には来客用の応接室や客室があるらしい。リアがいるのは、中庭を隔てた向かい側にある、南館だ。南館は居住スペースになっているらしく、シリルやラウル、そしてノエの部屋もあるらしい。らしい、というのは、話にきいただけで、実際に彼らの部屋がどこにあるのかはわかっていないからだ。
(お腹すいた……)
昨晩、夕食を断って寝たのだ。ペットにすると平気な顔で言った彼らと、とてもではないが一緒に夕食をする気にはなれなかった。正直、そこまで神経は図太くない。
「私、どうなるのかな……」
どんよりした気分でいると、扉がノックされた。
「おはようございます、リア先輩。起きていますか?」
返事をしなかった。無視をしていれば、諦めて立ち去るだろうと思ったのだ。
「リア先輩。まだ寝てるんですか?」
再び扉をノックする音がしたが、やはり無視した。彼と何を話せばいいのかわからないし、裏切られた気持ちがあるのは事実だからだ。
「リア先輩、勝手に入りますね」
がちゃりと扉が開き、ノエが入ってきた。リアは仰天し、びくりと体を揺らす。
「ど、どうして断りもなく、入ってきちゃうの? 一応、女の子の部屋だよ!」
ノエは眩しいほどの爽やかな笑顔を浮かべた。
「おはようございます、リア先輩。お返事がなかったので、もしや具合を悪くして倒れているのかと、確認のために入らせてもらいました。体のお加減はどうですか?」
ノエは私服姿だった。これまで制服姿しか見たことがなかったため、新鮮な気持ちになる。コーラルピンク色の半袖のパーカーに、白いハーフパンツを履いている。一瞬まじまじと見てかっこいい、と思ってしまったことが悔しく、ぷいっ、と顔をそらす。ノエはリアの傍まで寄ると、顔を覗き込む。
「リア先輩。顔を洗いに行きましょう。包帯も交換しないといけませんし。あと、朝食の準備もできていますから、一緒に食べましょう」
返事はしなかったが、顔を洗いに行くことにした。それが終わった後、ノエが用意した服に着替える。オフホワイトの生地に水色の花が描かれ、更にライトグレーのレースがついたワンピースだ。
(ノエ君って、ワンピースが好きなのかな……)
レースがとても可憐であり、見るからに高そうな服だった。デザインは非常に好みであり、とても可愛らしい。
「わあぁ、可愛い、なにこの服……。こんなのうっとりしちゃうよ」
思わず心の声が漏れてしまった。すると、部屋の外で着替えるのを待ってくれているノエが、くすくすと笑うのが聞こえてくる。
(恥ずかしい! 穴があったら入りたい!)
着替えが済むと、包帯の交換をしてもらった。ノエはその際、おや、と首を傾げる。
「傷の治りが早いですね?」
昨晩、薬を飲んでいないせいだと思った。しかも困ったことに、薬は家に置きっぱなしだ。
「そ、そう? 早く治るといいな」
包帯を交換した後、朝食をとるために食堂へ向かった。部屋に入ると、シリルとラウルがいた。シリルはグレーのカッターシャツに赤いネクタイをつけており、スラックスもダークグレーだった。学院では常に王子様の爽やかなイメージがあったので、大人っぽい姿にやや驚く。ラウルは紺色の半袖のシャツに、黒のパンツ姿だ。リアが部屋に入って最初に挨拶をしたのは、シリルだった。
「おはよう、葉上リア。今日からペットとしての新生活が始まったわけだけれど、気分はどうかな?」
リアはむっとした。
「ペットじゃないです……。せめて、使用人扱いとかにしてください……」
「お前は、我が神狼家にて働けるほどの品格と素養、使用人としての知識があるの?」
リアはうぐ、っと怯んだ。
「ないです……」
シリルはきらきらとした笑顔を浮かべた。
「お前なんてペットの扱いでも勿体ないって、自覚したらどう?」
シリルのような綺麗な顔立ちの男性に罵られ、リアは心から落ち込んだ。もしも這いつくばってご飯を食べろと言われたらどうしよう、とびくつく。
「リア先輩、こちらのお席へどうぞ」
ノエが椅子を引いて呼んでくれた。ラウルの隣の席だ。リアがそこへ座ると、更に反対側にノエが座った。リアはラウルとノエに挟まれる形。ちらりとラウルを見れば、彼と目が合った。そのまま、彼の視線から目が逸らせない。
「お前は敵対種族か、そうでないのか、どっちだ? そもそも、なんの種族だ?」
リアは質問の意味がよくわからなかった。
「人間だと思うけれど……」
「自分は人間ではないかもしれない、っていう自覚も全くないのか?」
リアはすぐに答えられなかった。だがそれでは、心当たりがあります、と言っているようなものだった。
「黙秘する……」
「なんだよ、それ。きちんと答えろ」
「言いたくない」
「……まぁ、今ので大体わかった。お前は何らかの心当たりがあるが、自分のことは人間だと思ってる、ってことが」
ノエは残念そうに苦笑していた。
「ラウルさん。リア先輩が嘘のつけない方だとわかってて苛めるのは、やめてあげてください。可哀想です」
「別に苛めてないだろ」
リアは心からしょんぼりした。ノエの無垢なフォローの言葉も、結構痛い、と。
「……ノエ君」
「はい、なんでしょう。リア先輩」
「これから、私はどうなるの? 今は殺されなくても、これから殺されないという保証はどこにもない。そもそも、あなた達が何者なのかも知らない」
「僕たちがどういう存在なのかは、教えられません。知らなくていいことですしね。あと、リア先輩のことは絶対に殺させないと約束をします」
「……じゃあ、これから私のことはどうするの? 一生本気でここに監禁するの?」
「どうするかは、今後ゆっくりと考えます。できる限り要望には応えるので、屋敷内でやりたいことや欲しいものがあったら、言ってくださいね」
リアは頭が痛くなった。
「欲しいもの……? たとえば私が百万のバッグが欲しいって言ったら、買ってくれるの?」
「いいですよ、いくらでも買ってあげます。他にも何かほしいものがあれば言ってください」
「嘘だから本気にしないで……」
ノエはきょとん、とした。
「遠慮しなくていいんですよ?」
リアは助けを求めるように、ラウルへ視線を投げかけた。
「どうせおねだりするなら、もっと高いバッグにしたほうがいいぞ」
見当違いな発言をされた。そんな会話をしている間に、焼き立てのパンや温かいスープ、サラダやベーコンエッグが運ばれてくる。それとともに、各自食べ始めた。リアも食事をする。お腹がすいていたこともあり、何を食べても非常においしく感じる。
「ノエ君」
「はい、なんでしょうか」
「ここで生活をしなければいけない、というのはわかった。だから、一度家に戻って、必要な物を持ってきてもいい? どうしても欲しいものがあるの」
真剣にお願いをした。
「わかりました。その代わり、監視役として僕が同行します」
リアはひとまずほっとした。ダメだと言われなくて良かった、と。
朝食後、リアは早速ノエと一緒に家へ戻った。
「えっと、必要なものは……」
衣服は絶対に持っていこうと思った。リアはタンスの中から服を引っ張り出すのだが、ベッドに腰掛けていたノエが不思議そうにする。
「リア先輩。服なら屋敷へ届くように手配済みなので、持っていかなくていいですよ」
「え! まさか、買っちゃったの?」
「はい」
なぜ断りもなくそんなことを勝手にするのかと、眩暈がした。
「どうして?」
「リア先輩を屋敷に閉じ込めるのはこちらの勝手な都合なので、それぐらいは当然のことですから。あと……」
「ん?」
「リア先輩の服のセンスが絶望的にダサイので、見ると燃やしたくなるんです。せっかく素材はいいのに、ヨレヨレのシャツとか着るの、やめてほしいです」
「私はノエ君たちみたいにお金持ちじゃなくて、庶民なの。比較されても困るよ」
「衣服を持って行ってもいいですけど、僕、燃やしますよ」
笑顔で恐ろしいことを言われた。リアはむぅ、と唇を尖らせる。
「ノエ君、なんか、だんだん意地悪になってない?」
「だって、リア先輩が我儘だから……。僕はたくさん甘やかしてあげたいのに」
「もう十分、甘やかされてるよ。これ以上甘やかされたら、溶けちゃうよ」
「溶けちゃうぐらい、甘やかしたいんです。いっそ、僕の助けがなければ、生きられなければいいのに」
不可思議だった。出会ってまだ数日だというのに、なぜこうも懐かれてしまったのか。
「ノエ君が悪女に引っかからないか、心配になるよ。意中の相手にさんざん貢がされて、ボロ雑巾のように捨てられそう」
ノエは足を組むと、笑った。
「僕、悪意のある人には敏感なので、そういうのには引っかからないと思います。あと、好きな子にはなんでも買ってあげたいタイプなので、貢ぐのは苦じゃないんですよね」
妖艶な眼差しで見つめられた。リアはどきりとし、頬が赤くなる。彼は年下で、普段は天使のような笑顔が多い。だが大人びた仕草もできるのだと知る。
「そ、そうなんだ? ノエ君に愛される人、幸せだろうね」
ボストンバッグに、いつも飲んでいる薬を入れた。ノエのほうを見ることができないまま、机の上に置いてあるガラスの小瓶に入っているリップクリームを取ろうとする。だが手を滑らせてしまい、落としてしまった。転がった先は、ノエの足元。彼はそれを拾い上げる。
「……あれ? 珍しいですね。リア先輩がこういうブランドもののコスメを持っているなんて。てっきり、こういうのは興味がないと思っていました」
リップクリームは、世界的に有名なブランドだ。指で塗るタイプなのだが、香りがいいので気に入っている。
「あぁ、それね。知り合いから誕生日プレゼントで貰ったの」
「知り合い? それって、男性ですか?」
プレゼントをくれたのはエーレンフリートなのだが、彼の名前は出せなかった。
「うん」
ノエはリップクリームの蓋を開くと、指で掬い取った。それをリアの唇へ塗る。指の腹で撫でるように塗られるのだが、なんとも艶めかしい。
「僕からは受け取るのを拒否するのに、他の男からのプレゼントは受け取るんですね」
「え! そ、それは……」
次の瞬間、ノエにキスをされていた。唇と唇が、しっかりと押し付けられている。何が起きたのかわからず、リアは硬直した。だがノエはすぐに離れる。
「腹が立ちましたけど、今のキスで許してあげます」
リアは正気に戻った。
「ノ、ノエ君! 軽々しくキスなんてしちゃダメ! キスは、女の子にとって大切なものなんだから。外国じゃ挨拶みたいなものかもだけれど、日本では違うんだから!」
ノエはにこりと、天使の笑みを浮かべた。
「リア先輩、もしかして僕にまたキスをされたくて、怒ってるんですか? 塞いじゃいますよ」
その言葉に、リアは黙り込んだ。ノエはリップクリームを没収し、ボストンバッグには入れさせてくれなかった。
(なんだか、だんだんノエ君のペースに乗せられているような……)
自室を出てから、リアはリビングルームに置きっぱなしになっている段ボールを、思い出した。エーレンフリートから送られてきた、海外のお土産だ。リアはその箱を開けると、中身を確認した。すると、海外の高級茶やお菓子、そしてブランドもののバッグが入っていた。それを横から見ていたノエは、首を傾げる。
「あれ? リア先輩。そのブランドって、さっきリア先輩のお部屋にあったリップクリームと同じメーカーのものですよね?」
「う、うん、そうみたい……」
エーレンフリートがイメージモデルをしているブランドだとは、言えなかった。
「そのバッグ、確か秋の新作ですよ。雑誌に紹介されていたので、覚えています」
「そ、そうなんだ……」
リアはちらりとノエを見た。彼は笑顔だが、その笑顔が非常に怖い。
「リア先輩に、五百万円のバッグをプレゼントするお友達がいるなんて、知りませんでした」
「え?」
リアは目の前が真っ暗になった。
「これ、高価で有名なバッグですよ。お値段は最低でも三百万円からするやつです」
それを聞いて、本当に立ちくらみが起きた。リアは床に座り込み、右手で顔を覆う。
(金銭感覚が違うのはわかっているんだけれど……)
エーレンフリートは世界的に有名なモデルであり、かなりの額を稼いでいる。彼からすれば数百万円はたいしたことのない金額であっても、リアからすれば違う。
(こんなバッグを貰っても使えないし、持っていく場所もない。エーレンフリートには悪いけれど、返却しなくちゃ)
リアは溜息をついた。
「そのバッグは、送り主に返す。さすがに、貰えない……」
「返品するんですか? じゃあ、お手伝いしますね」
ノエはなぜか嬉々として手伝ってくれた。
自宅からシリルの屋敷へ戻ってきたリアは、ぐったりとしていた。あれからバッグは、手紙とともにきちんと返送した。結局自宅から持ってきた物といえば、薬と勉強道具、そして貴重品などだ。
(ノエ君に、キスされた)
思い出す度に、恥ずかしくてたまらなかった。幼い頃に、エーレンフリートやミシェルとキスをしたことはある。だが今回のキスは、リアが知っているものとは違う。
「年下っていっても一つだけだし、男の子にキスをされて、平気でいられるわけがないよ」
顔の火照りを鎮めようと、両手で押さえた。
(……お茶でも貰いに行こう。お茶を飲めば、落ち着くかもしれないし)
リアは部屋を出ると、自由に使っていいとされている一階の休憩室へ入った。休憩室にはミニキッチンがあり、冷蔵庫や小さな食器棚、そして茶葉の缶が幾つも置かれているガラスキャビネットがある。
屋敷内で働いている使用人にお願いをすればお茶でもお菓子でもなんでも用意してもらえるのだが、リアは気が引けてお願いができなかった。だから、自由に自分でお茶を淹れられるのは、とても助かっている。
「お茶を淹れるのも楽しいから、気分転換になるしね」
リアがティーポットでお茶を淹れていると、ラウルが通りかかった。
「何してるんだ? 台所で」
「えっと、お茶を淹れてるの。ラウル君も飲む?」
「あぁ」
「お部屋まで持っていこうか?」
「いや、いい。俺の部屋があるのは二階だし、お前が転んで怪我したら困る。そこの席で飲む」
ラウルは、二人用のテーブルの席へ座った。窓の近くにあるので、庭園が眺められる。リアはお茶をカップに注ぐと、ラウルの前に置いた。リアも彼の前に座る。
「ピーチティーだけれど、飲める?」
「お茶にこだわりはないから、何でも飲める」
ラウルはシュガーポットから、スプーンで砂糖を五杯入れた。
(ラウル君って、甘いのが好きなんだな)
リアも、砂糖を二杯入れた。
「リア。さっき、ノエと一緒に家に行っていたんだろ。欲しかったものは、持ってこれたのか?」
「う、うん……、大体は……」
ノエに、服など燃やしたくなる、と言われたのだ。悲しくなるのだが、そこでノエにキスされたことを思い出した。途端、急激に頬が熱くなる。
「ノエに何かされたのか?」
「え!」
がちゃん、とティーカップを倒しそうになった。ラウルは平然とした態度で、お茶を飲んでいる。
「何をされた?」
「な、何も……」
キスをされたとは、絶対に言えなかった。ノエの唇の柔らかさや生々しさが蘇り、余計に顔が熱くなる。おそらく、耳まで赤くなっているだろう。
「さっき、上機嫌なノエとすれ違った」
「え?」
「特徴的なニオイがしたから何の香りか尋ねたら、リップクリームだと言われた」
「う、うん……」
「そのリップクリームのニオイが、どういうわけかお前からもしてる」
リアは緊張のあまり、動けなくなった。
「そうなんだ……?」
返事はしたものの、彼の顔を見ることができなかった。だから、今彼がどんな表情をしているのかわからない。
「ノエが自分でリップクリームを塗るとは、思えない。だったら、どうやって香りが移ったかなんて、ちょっと考えたらわかるよな」
明らかに、確信を抱いているかのような言い方だった。リアは勢いよく立ちあがる。
「わ、私、ちょっと用事を思い出したから、お部屋に戻るね!」
ティーカップを片付けると、逃げるようにして台所を後にした。
部屋に戻った後、ソファーに寝ころびながらずっと落ち込んでいた。ノエとどんな顔をして会えばいいかわからないし、ラウルとも会いづらいからだ。
「あのキスに、変な意味はないよね? ただの挨拶だよね?」
そうだとわかっていても、やはり年の近い男の子にキスをされた身としては、戸惑ってしまうのだ。リアがずっと悶々としていると、部屋の扉がノックされた。
「お休みのところ失礼いたします、葉上様。ナタナエルです。ご入浴の準備が整いましたので、どうぞお入りください。着替えやタオル類などは既に脱衣所にご用意をしておりますので、そのままでお越しください」
「ありがとうございます、ナタナエルさん。すぐに行きます」
リアが部屋を出ると、ナタナエルがいた。
「まだこの屋敷内は不慣れでしょうから、僭越ながら私が浴室までご案内をさせていただきます」
「お心遣い、感謝します」
浴室は一階の西側の通路にあった。ナタナエルは案内をし終えると、何かあれば気軽に相談をしてくださいと言い、去って行ったのだ。
(ペット、って言われたから心配してたけど、凄い厚遇……)
脱衣所に入る前に、リアは入浴中の札をぶら下げた。誰かが間違って入ってこないようにするためだ。脱衣所には大きな鏡があり、パウダールームも完備されていた。事前に説明されていた通り、台の上に置かれた籠の中には、着替えとタオルが入っていた。リアは服を脱ぐと、小さなタオルを持って浴室へ入る。
「……わぁ」
大きな檜風呂と大理石の風呂の二種類があった。シャワーも三つ並んでおり、とても広々としている。リアはまず、髪と体を先に洗うことにした。シャンプーやソープ類がたくさん並べられており、よく見てみる。すると、男性向けのものと、女性向けのものがあった。女性用は新品であり、恐らくリアのために用意されたのだとわかる。リアは先に髪を洗った。それが終わった後は、顔と体を洗う。
(いい匂い……)
全身を洗い終わると、リアは浴槽へ入ることにした。だがそこで、浴室の引き戸が開く音が響く。
「……え?」
下半身にタオルを巻いたラウルがいた。タオル以外は一糸まとわぬ姿だ。
「なんだ、お前が入っていたのか」
慌てて大理石の浴槽へ入ろうとした。だが湯が少し熱く、ゆっくりと入る。
「ど、どうしてラウル君がいるの!」
「うるさい、浴室で大声を出すな。てっきりノエかシリルが入ってるって思ったんだよ」
浴室から出ていくどころか、ラウルはシャワーの前にある椅子に座って、髪を洗い始めた。
(え? これって、私が出ていくべき?)
タオルは髪を巻くのに使っているので、体を隠せない。今なら彼は背中を向けて洗っている最中なので、脱衣所へ行けるだろう。
(そうだ。今のうちに出よう)
そう決めたが、ラウルは体も洗い終わって大理石の浴槽へ身を沈めた。しかも、リアのすぐ近くに。
「ラウル君」
「なんだ?」
「私、一応女の子なんだけれど」
「それがどうした?」
「ち、痴漢行為だよ」
そう告げると、彼はおかしそうに肩を揺らして笑った。
「なんだ、それは。俺に触れって誘ってるのか?」
「ちが、誘ってないよ」
彼と距離をとろうと、浴槽の端に身を寄せた。だがなぜかラウルも動き、リアの正面へ移動する。
「リア。俺の方を見ろ」
瞬間。ふわりと、不思議な香りが漂ってきた。シダ―ウッドに似た、落ち着きのある香りだ。
(……なんだろう、この香り)
どこか官能的で、頭がくらくらとした。ぼうっとし、目がとろんとする。
「ラウル君……?」
彼に頭の後ろを手で支えられたかと思えば、キスをされていた。ノエのときのような触れるだけのキスではなく、唇に間に彼の熱い舌が割り込んでくる。だが不思議と、抵抗はなかった。絡まされた舌が心地よく、上顎をゆっくりとなぞられただけで、全身に快感が走る。
(どうして、私、ラウル君とキスしてるの……?)
唇を優しくしゃぶられ、互いの唾液が混じり合う。あまりにも気持ちのよさに、彼とのキスを繰り返す。
「……お前、凄くいやらしい顔をしてるぞ」
口内を蹂躙されているというのに、むしろ支配されたいとさえ思った。
「んっ……ぅん」
もっと舌を絡ませろとばかりに、彼の舌が不満げに突いてきた。リアはそれに応えるように、彼の舌へ自らの舌を差し出す。すると、より一層深い口づけをされた。呼吸が苦しいのに、脳内は心地のいい痺れで満たされている。
「ノエとも、こんなキスをしたのか?」
「……え? し、してないよ。こんなキス、ラウル君が初めて」
そう言えば、彼は目を細めて嬉しそうにした。
「そうか」
再び唇を塞がれた。それとともに、彼の手がリアの胸に触れられる。
「んっ、痛いっ」
すぐに彼が手を下げた。リアは傷の痛みを堪えるように、ぎゅっと目を閉じる。
「悪い……、怪我をしているのに」
「ううん……」
「……、お前の体を考えず、酷いことをした」
「酷いこと?」
「先に上がる」
ラウルはリアの頭を撫でると、浴室から出て行った。彼が離れるとともに、シダ―ウッドのような香りが消える。
(……私、今……)
急激に、頭の中が冷静になった。浴室内で彼となんてことをしてしまったのかと、ショックを受ける。しかも、彼とのキスを楽しんでいた。
(なんで……、どうして……)
自分で自分のことがわからなくなった。
風呂から上がった後、リアは奇妙なことに頭を悩ませていた。
(あれ……? お風呂で使ったボディーソープやシャンプーのニオイって、こんなのだっけ? もっとお花のような甘い香りだった気がするけど)
まるでシダ―ウッドの香水のような香りが、全身から感じた。嫌いな香りではないので構わないのだが、どういうわけか少し落ち着かない。
部屋に戻って少し休んでいると、執事のナタナエルが夕食の用意ができたと呼びに来てくれた。リアは部屋を出て食堂まで向かうのだが、その間に考えるのは先ほどのラウルとのことだ。
(なんであんなことしちゃったんだろう)
いっそ夕食はいらないと断れたら良かったが、せっかく作ってくれている食事を無駄にするのも気が引ける。それに、神狼家専属シェフが作っているだけあり、とてもおいしいのだ。
(平常心、平常心……)
食堂へ到着すると、既にシリル、ラウル、ノエが着席していた。部屋に入ってすぐ、シリルはおかしそうにし、ノエはリアの顔を凝視する。リアはできるだけ頭をからっぽにしつつ、着席をした。だがそこで、ノエが席を立った。リアに近寄ると、首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。
「リア先輩……、ラウルさんにマーキングされましたね?」
「え? マーキング? って、なに?」
なんのことだろう、と不思議に思った。
「ラウルさんと、えっちなことをした、という意味です」
なぜわかったのだろう、とリアは顔が赤くなった。恥ずかしすぎて、すぐに食堂を出ていきたい衝動に駆られる。せっかく平常心を貫こうとしていたが、無理だった。
「そ、その、あの……」
「同意の上だったんですか? マーキングされること」
「……マーキングって、なに?」
ノエはリアへ、慈愛の眼差しを浮かべた。その表情を見て、少し落ち着く。
「僕やシリルさん、そしてラウルさんは同じ種族なんですが、一部の男性には、ある特殊な力があるんです。花狼香、と呼ばれる特殊な香りを自由に放つことができ、その香りで同族の女性を誘惑できるんです。香りには催淫効果もあるので、匂いを嗅いだ女性は、肉体的にも精神的にも気持ちよくなっちゃうんですよ」
そんな能力は、通常の人間は持ちえない。ゆえに、彼らが通常の人間とは異なる存在なのだと知る。同時に、リアは浴室で嗅いだ、シダ―ウッドのような匂いを思い出した。
「そう、なんだ……?」
「花狼香を使うときは、相手の女性に許可をとるのがマナーとされています。普通は、恋人や妻にしか使用しません。なぜなら、男性の花狼香はキスや性交によって、女性の体に移るからです。これを僕たちは、マーキング、と呼んでいます。男性が花狼香を用いることによって、この女性は自分のものだ、と所有の印をつけることになるので」
それを聞いて、リアはざぁっ、と血の気が引いた。つまり、今自分の体から香っているのは、ラウルのニオイだとわかったからだ。
「わ、私、ラウル君の恋人じゃないよ?」
「わかっています。リア先輩は花狼香によって、無理やり酔わされたんです。……キス、されちゃったんですか?」
リアは躊躇いがちに、だが正直に頷いた。
「……うん」
「可哀想に……。でも安心してください。そのニオイは半日程度で消えると思います。性交だと、二、三日残るんですけどね」
リアは深く息をついた。
「理由がわかって、ほっとした。なんであんなことを突然しちゃったんだろう、って自分が怖かったから……」
ちらりとラウルを見れば、彼は少しも顔色を変えていなかった。
「いいだろ、あれぐらい。お前だってノエとキスをしたんだろうし」
思わぬ指摘に、泣きそうになった。
「あ、あれは……っ、唇がくっついただけだし、多分挨拶的なもので」
咄嗟に喋ってしまい、リアはハッとした。すぐに口を閉ざすが、一度出てしまった言葉は取り消せない。
「やっぱりキスしたんじゃねえか。そういうキス、プレッシャーキスって言うんだよ。そもそも一度やったなら、俺とやるのも大差ないだろ」
「ノエ君とのは、ラウル君のときみたいに、いやらしいキスじゃなかった……!」
「へぇ、いやらしいキス、ねぇ……?」
どこか愉しげな口調だった。悔しくて震えていると、ノエにぎゅっと抱きしめられる。
「不愉快なのでやめてください。リア先輩はあなたのものじゃないんですから」
「お前のものでもねえだろ、ノエ」
なぜか、リアを挟んで不穏な空気になる二人。シリルはというと、我関せずといった様子で、先に一人で夕食を始める。どうやら今日はエビフライらしい。リアも、ノエの腕をぽんぽんと叩く。
「あ、あの。ノエ君、夕食にしよう? ね?」
ノエは不満そうだったが、椅子へ座った。リアはフォークとナイフでエビフライを切り分けるのだが、エビの身で包むようにベシャメルソースが入っていた。別添えのタルタルソースも非常においしく、感動する。リアは先ほどの出来事を忘れようと、黙々と料理を食べた。
一夜明け、リアはシダーウッドに似た香りが消えていることにほっとした。
(ラウル君は、要注意人物だ)
そう心の中で認定した。朝食後は部屋にいたのだが、ノエと使用人がやってきた。室内のクローゼットに幾つもの服や鞄などが、絶え間なく運ばれていく。それを見たリアは倒れそうになったものの、何とか意識をしっかりと持つ。そうして空っぽだったウォークインクローゼットが半分ほど埋まると、使用人は部屋から出て行った。ノエはにこにこと、まるで褒めてほしそうな子犬の顔をする。
(う……。言いにくい)
リアはやや考えた後、ノエの手を取って両手で包み込んだ。
「ノエ君。あのね」
「はい」
にこにこと笑顔の彼。
「私、ノエ君からプレゼントを貰わなくても大好きだし、友達だと思ってるよ。だからね、こんなふうに私に尽くそうとか、思わなくていいの」
ぎゅっと彼の手をより強く握った。ノエは困ったように、まるで迷子の子犬のような顔をする。
「ご迷惑ですか?」
「迷惑じゃないよ! でも、施しを受けるのは、対等の立場じゃないよね? それともノエ君は、私を憐れんでこんなことをするの?」
ノエがリアから手をそっと引き抜いた。そのまま彼女の腰へ両手を回す。
「リア先輩。あなたのことを一度たりとも軽視したことはないし、見下したことも憐れんだこともありません。あなたへの想いは、尊敬と憧れ、そして純然たる好意だけです」
顔が近かった。リアは少しだけ顔を下に向ける。
「そ、そう?」
「はい。僕はあなたともっと、今より深い関係になっていきたいと思っています。だから、今から僕に尽くされ、愛でられることに慣れてください」
今より深い関係とはなんだろう、と頭の中がぐるぐるした。
「で、でも、私はノエ君に何もあげられないし、返すこともできない」
「見返りなんて求めていません。僕が一方的に、色々してあげたいんです。どうか拒まないで」
彼の顔がより近づいてきた。リアは硬直し、ぎゅっと目を閉じる。すると、頭頂部にキスが落とされた。ゆっくりと瞼を開いて顔を上げると、幸せそうな顔をしている彼の姿が視界に入ってくる。
「……ねぇ、ノエ君。私、ずっとここで閉じ込められて生活をするの?」
「はい。……あぁ、でも、監視つきなら外出も認めます。どこか行きたい場所があるんですか?」
「が、学校……。出席日数が足りなくなると困るし……」
退学など、絶対にするわけにはいかなかった。育ててくれている灰瀬カイにも、申し訳が立たない。一人暮らしをさせた途端に不良になった、と思われるのは避けたかった。
「それなら安心してください。この屋敷にいながら学習することで、出席扱いにするってシリルさんが言っていましたから」
「そうなの……?」
「はい。なのでリア先輩には、ここで勉強をしてもらいます。学校は、危険ですからね」
ノエはリアの肩を自然に抱くと、ソファーの上に誘導して座らせた。
「どうして、危険なの?」
何かを知っていそうな彼に、問いかけた。ノエは迷うそぶりを見せることなく、話し始める。
「シャンポリオン高等学院がこんな辺鄙な場所に設立されたのには、理由があるんですよ」
「どういう、こと?」
「僕たちは人間ではなく、魔の者と呼ばれる存在なんです。そしてこの群狼村を含めた周辺一帯の土地は、僕たち魔の者にとってのパワースポットなんですよ。つまり、この土地にいるだけで、体内に生気が満ちていくんです。人間には効果がないんですがね」
そういう場所だったとは、全く知らなかった。そして魔のモノとは、言い換えればおそらく魔物、という意味だ。
「ノエ君たちのような魔の者のために、シャンポリオン学院が創られたの?」
「正しくは、僕たち眷属のために、ですね。あの学院に在籍している生徒の過半数は、人間ではなく、僕らと同じ種族なので」
「そうだったんだ?」
「僕たちの種族は、十二歳から十八歳前後まで、精神が不安定になるんです。感情の制御ができなかったり、人間を襲ったり、と。だからその間は寮生活をさせて、自身をコントロールできるように訓練をするんです」
「……ノエ君は、そんな凶暴な風には、見えないよ?」
「僕やシリルさん、それにラウルさんは上位種ですからね。劣等種や中位の者たちと違い、きちんと自分をコントロールできるんです。あの学院に僕らが通っているのは、生徒としてというよりも、監視役としてですね」
そんな役目を担っているとは、想像もしなかった。
「……私は、どうして襲われたの?」
「リア先輩がいるBクラスは、あまり力の強くない中位の者や、劣等種が在籍するクラスなんです。まだ未熟なので、きちんとコントロールができなかった、というのも原因の一つなんですが……、彼らは人間を見ると食べたくなるんです」
「え……? 食べたく……?」
自分で口にして、ぞっとした。
「実際、あのクラスには我慢できずに学院を抜け出し、朱根塚で人を襲って食べた生徒たちがいました。シリルさんはよくあることだから、とそのときは見逃したんですけど。劣等種は一度人間の血肉の味を覚えると、その快楽をもう一度体験したいがために、人間を襲うようになるんです。彼らにとって人間とは、餌であり、家畜。だから、リア先輩は避けられていたんだと思います。リア先輩は、一見すると普通の人間に見えますからね」
「じゃあ、私は食べる目的で襲われたの?」
「それに関しては……、すみません。僕たちのせいです」
ノエは非常に申し訳なさそうにした。
「どういうこと?」
「シリルさんたちを含めた僕ら上位種は、中位や下位の者たちにとって、憧れの存在なんです。シリルさんは王家と繋がりがありますし、僕もラウルさんも有名な貴族の家系ですから。群れの中でトップや、それに近い位置に君臨する者を守るのは、ごく当たり前のことなんです。……僕らが迂闊にリア先輩に近づいたので、リア先輩は襲われたんです」
そんな理由で殺されかけたとあっては、命がいくつあっても足りないと思った。
「貴族なの? すごいね?」
「貴族と言っても、僕らの種族間だけで通用する身分ですけどね。シリルさんは違いますけど」
色々と教えてくれたので、リアは少しほっとした。わけもわからぬまま襲われ、ずっと怖かったのだ。
「……ノエ君も、私のことを食べたいって思うの?」
「いえ、リア先輩は僕らと同じ魔の者でしょうし、おいしそうな匂いがしないので、食欲はわきません」
「そ、そうなんだ……。じゃあ、どんな香りがするの? もしかして、臭い?」
不安になったので質問をしたのだが、ノエは苦笑した。そしてリアへ身を寄せると、その胸元に鼻先を近づける。
「いいえ、リア先輩からはいつも、山桜のような素敵な香りがします。この香り、ずっと嗅いでいたくなるので、とても気に入っています」
胸元に顔を埋められたわけではないのに、妙に恥ずかしかった。
「そ、そんなにいい香りがする? ノエ君、適当に言ってない?」
「嘘じゃないですよ。……リア先輩は体温が上がると、香りが強くなりますね」
リアは思わず、ノエから身を引いた。恥ずかしすぎて、我慢ができなかったのだ。彼を見れば悠然とした態度であり、リアの一挙一動を見ては微笑ましそうにしている。
(ノエ君の顔、好きだな……)
今まで異性に対して好みの顔立ちというものはなかったが、ノエの顔立ちはとても好みだ。光に当たって透ける金髪や、透き通るような大きな青い瞳は、天使のような神聖さがある。
「ノエ君って、本当に綺麗だよね」
ぽつりと、心の中で思ったことを、口にしてしまった。何を口走っているのだろうと、リアは本気で焦る。だがノエは先ほどと変わらず、笑顔のままだ。
「そういえば聞きたいことがあったんですけど、いいですか?」
「な、なにかな?」
「昨日リア先輩のお部屋にお邪魔したとき、ヴォルフのポスターや写真集、特集記事が掲載された雑誌や出演した映画のディスクまでありましたが、あぁいう顔立ちが好みなんですか?」
返答に窮する質問だった。世界的に有名なモデルのヴォルフは、リアとは旧知の仲だ。家族ぐるみで付き合いがある。だがそんなこと、彼に言えるはずもない。
「う、うん。そう。ヴォルフのファンなの。あぁいう、どこかミステリアスな雰囲気とか、いいな、って。かっこいいし……」
「へぇ、そうなんですか。あぁいう顔の男性が、理想のタイプなんですね」
声のトーンがやや冷たくなった気がした。リアは非常に居心地が悪くなる。エーレンフリートのことは好きだが、異性として見たことはないからだ。
「ヴォルフの顔が理想のタイプか、って言われると、違うよ? 綺麗だしかっこいいし、素敵だな、とは思うけれど、異性としては……」
「じゃあ、どんな男性の顔が好みなんですか?」
「え! 特にないけれど……」
すっと目を逸らした。ノエはくすりとおかしそうにする。
「すみません、意地悪をしました。実は僕、リア先輩がどういう顔立ちの男性が好きなのか、知っているんです」
「え!」
「リア先輩って、本当に僕の顔が好きですよね。よく僕の顔を見て、ぼーっと見惚れていますし。こんな顔でよければ、いくらでも見惚れてください」
まるで天使のような顔立ちをしているというのに、浮かべた表情は蠱惑的だった。リアは恥ずかしさのあまり、ソファーを勢いよく立ち上がる。
「み、見惚れてないから! ノエ君の、ばかっ!」
彼の手を引いて強引に立ち上がらせると、部屋から追い出した。
翌日からは、屋敷にいながら授業を受けた。教えてくれるのは、執事のナタナエルを含めた使用人たちだ。
「うぅ……、宿題をいっぱい出された……」
机の前に座って泣きそうになっていると、部屋の扉をノックする音がした。どうぞ、と告げると、中へシリルが入ってくる。
「へぇ、偉いじゃないか。きちんと勉強をしているなんて」
「シリル先輩、おかえりなさい」
「ただいま。今日は小テストがあったそうだね。もしも赤点だったら罰を与えるから、覚えておくように」
「え! 罰、ですか?」
「当然だろう? この屋敷で何不自由なく生活をし、勉強もマンツーマンで教えている。それで赤点をとったら、お仕置きをするのが当然だ。僕は出来の悪いペットは嫌いなんだ」
震え上がった。彼はやると言えば、絶対にやると察したからだ。
「ど、どうか赤点じゃありませんように……」
なぜかシリルはリアの隣へ椅子を持ってくると、横に座った。リアは勉強に集中できず、彼を見る。窓から差し込んだ夕日に照らされた姿は、どこか物憂げな印象を受ける。
「何かな?」
「いえ、私に何か用事があって来たのか、気になったんです」
「用事というか、君を観察してみたいと思って。僕には君の良さがちっともわからないのだけれど、ノエとラウルが随分と執心しているから。いったい何が二人をそんなにも惹きつけているのだろう、と思ってね」
それはリアが聞きたかった。これといって特技があるわけでも、家が裕福というわけでも、絶世の美女というわけでもない。
「単に珍しいだけじゃないでしょうか。これまで周囲にいないタイプだったから、気になる、とか。きっと、大した理由じゃないと思います」
出会ってまだ僅かだが、価値観も住んでいる世界も、違いすぎるのだ。
「ラウルもノエも、僕にとっては弟のような存在でね。実際、二人はいとこだし。だから、変な虫がつきまとうのは、看過できないんだ。それが一時的なものや遊びであればいいけれど。愛なんて所詮はまやかしだから、そんなもので二人に道を踏み外してほしくない」
ドラマなどでよくある、手切れ金を渡してどこかに消えてほしい、とお願いをされるのではと想像した。おそらく、彼の家の財力ならば、簡単だろう。
「愛がまやかしって、どうして思うんですか?」
「僕の経験上の話だよ。そういうつまらないものは、信じていないんだ」
彼がどういう体験をしてそう語っているのかはわからないが、リアは共感できなかった。
「私の経験上では、愛はあるって思っています」
「それは、どういう理由から?」
「私の両親は交通事故で亡くなったんですけど、事故が起きた時、二人は私を庇って亡くなったんです。救出されたとき、父と母が私に折り重なるようにして亡くなっていた、と聞きました。だから私は、二人の愛のおかげで今生きているんです。愛を疑うことは、両親の愛を疑うことになる。だから私は愛はあるって信じていますし、いつか私も両親のように、誰かを愛したいって思っています」
はっきりと言い切った。シリルの気分を害してしまっただろうかと思うが、リアは謝るつもりはなかった。
「……なるほど。ノエとラウルがお前に惹かれる理由が、少しだけわかったよ。その愛を、誰にも与えられないとなったら、お前はどうするのだろうね」
気になる言い方だった。彼がどういう意図でそう口にしたのかわからないため、リアは何も発せない。
「シリル先輩って外見は王子様みたいなのに、なんだか歪ですね。外見と中身があっていない、というか……、ちぐはぐな感じがします」
シリルは笑った。
「そうだね、僕もそう思っているよ。でもこの外見のおかげで、得することが多くてね。周りが都合よく勝手に勘違いしてくれたり、労することなく人の上に立てたり。僕は僕の自尊心を満たしてくれるモノや権力は、大好きだからね。反対に、目に見えない、よくわからないものは信じられない」
彼はそのために、自らの容姿を武器にしているのだとわかった。家柄も血筋も容姿も全てが完璧な彼だが、どこか欠けている。
(愛を目に見える形にするのは難しい……)
目に見えないものだからこそ、人は不安になったり、シリルのように信じられなかったりするのだろう。リアは赤色のメモ用紙を一枚手にすると、それを指で丁寧に折り始めた。そうして出来上がったのは、ハート。リアはシリルの右手をとると、彼の掌の上へ置く。
「見えないものは信用できないと言うので、目に見えるようにしました。これが、私の愛です。シリル先輩にあげますね」
それを聞いたシリルは、盛大に笑った。
「ふふ、バカじゃないの、お前……。よくこんなくだらないことを、思いつくよね」
そう言いつつも、まんざらでもないようだった。
「私の愛はご満足いただけましたか?」
「お前の愛が存外安っぽいのはわかったよ」
「そうですか? きちんとシリル先輩に愛を込めて折りましたけど」
「益々愛が軽く感じられるよ。……さて、僕はそろそろ行くよ。また、夕食のときに会おう」
彼は椅子から立ち上がって、部屋を出て行った。
夕食後、リアは入浴をすることにした。入浴中にラウルが入ってきた一件以来、彼の後に入るようにしているのだ。
「シリル先輩のお屋敷のお風呂、広くていいなぁ」
髪を洗っていると、どこかの扉がパタンと閉まる音がした。浴室の扉は引き戸になっているため、閉まれば独特な擦れる音がする。なので、パタンとする音はおかしい。
「葉上リア。お前は男風呂をのぞく趣味でもあるのかな?」
聞き覚えのある声に、リアはぎょっとした。髪を洗っているために目を開けないが、浴室内に誰かがいる、と。
「シリル先輩? え? え? どこから現れたんですか?」
「ミストサウナに入っていたんだよ。この浴室内の横にある」
リアは、入浴前に誰かが入っていないか、脱衣所前の掛け札を確認したはずだ。だがはっきりとは自信がない。
「す、すみません、すぐに出ていきます」
リアはシャワーで髪についた泡を洗い流した。
「構わないよ、一緒に入ればいいじゃない。洗うのを手伝ってあげるよ」
何かが背に触れた。フワフワした感触に、思わず振り返る。するとそこに、シリルがいた。上半身は裸であり、下半身には目を向けないようにする。
「い、いえ、お気遣いいただかなくても……」
彼が手にしているのは、石鹸で泡立てた海綿だ。それで背中を撫でるように触れられている。その撫で方が、どこか官能的だ。
「傷がまだ治っていないし、無理はしないほうがいい」
背中だけではなく、首筋や腕へと海綿で撫でられた。この状況はまずいと危機感を覚え、リアは立って出て行こうとした。だが立とうとしたところで、彼の手が腹部へと回される。大きな、男性の手だ。
「ひゃっ、シリル先輩っ」
「お前はペットなんだから、じっとしてくれる? ご主人サマが洗っている途中だよ」
両胸を、泡のついた手で左右から掬い上げるように揉みしだかれた。それとともに香ってきたのは、まるでネロリのような匂い。それが、思考を麻痺させる。
「……っや、シリル先輩」
触れられているだけで、得も言われぬ快楽が走った。しかも彼が触れている場所は、自身の胸だ。
「大きいとは思っていたけれど、お前の胸は溢れんばかりだね。しかも柔らかくて、指に吸いつくようだ」
耳元で囁かれ、びくんと反応した。彼の声は少し熱く、それが耳を通して伝わってくる。
「も、もう、胸はいいですから……」
「僕はもうちょっと触れたいな。お前のここは、触っていてとても気持ちがいいから」
胸の突起部分を、明確な意思を持って抓まれた。左右から指の腹で、こりこりと転がされる。すると、リアの眼前で火花が散った。
「っあ、あぁ……っ」
敏感になっているのがわかった。そんなリアの耳朶を、背後からシリルが口づける。
「お前って、すごく淫らだね。とっても気持ちがいい、って顔をしているよ」
ふと顔を上げれば、目の前にある鏡に自分の痴態が映っていた。大きな男性の手で、いやらしい動きで揉まれている乳房。しかも、にこりと笑うシリルと視線が合う。
「ち、ちが……」
「違う? 何が? お前がこうやって僕の手で胸を揉まれ、いい気分になっているのは事実だろう?」
「ふ……ぁ、んぅ」
自分の口から、信じられないほど甘い声が漏れた。恥ずかしすぎて、両手で口を押える。シリルはリアの胸だけを揉んでおり、甘美な苦痛をもたらす。それによってだんだん体に力を入れることができなくなり、後ろへ倒れてしまった。彼の胸板が背中に当たるのを感じる。
「おっと、危ない」
意識が朦朧としていた。そこで、浴室の引き戸が勢いよく開く。
「おい、シリル。いったい何の真似だ」
ラウルが立っていた。シリルはリアをきちんと座らせる。
「何の真似とは、見てのとおりだよ。仲良く入浴していた」
「ふざけんな! さっさと出ろ!」
シリルは楽しげに笑うと、リアの肩をぽんと叩く。
「また、一緒にお風呂に入ろう」
彼はラウルとともに、浴室から出て行った。それと同時に、まるでネロリのような香りがすぅっと消える。ここでやっと、リアの意識がはっきりした。
(今のって、まさか……)
花狼香というものではないか、と思った。リアは涙目になると、項垂れる。
「今度からお風呂に入るときは、サウナ室に誰もいないか、きちんと確認しよう……」
ひっそりと心に誓った。
入浴後、リアはしょんぼりした面持ちでノエの部屋へ訪れた。
「どうしたんですか? リア先輩」
「ノエ君の顔を見て、癒されたくなったの……」
彼の部屋は北欧テイストの内装だった。家具は全て木製で、ナチュラルな色でまとめられている。二人掛けのソファーやカーテンは、ドラジェブルーだ。
(ノエ君の部屋、おしゃれだなぁ。雰囲気も落ち着くというか、生活感がある)
ソファーの前に置かれているガラスのテーブルの上には、ガラスの花器に花が入れられている。本棚には専門書らしきものや、料理の本が並べられていた。天井の星形のランプシェードからは、オレンジ色の暖かな光が照らされている。
「癒されたくなった、というわりに、僕と距離をとっているのはどうしてですか?」
二人掛けのソファーに、ノエと座っていた。だがリアは隅っこに座り、彼と隙間を空けていたのだ。そんなリアは、彼が用意してくれたカモミールティーを一口飲む。
「なんか今日は、触られたくないな、って思って……。ノエ君、油断するとすぐに触ってくるから」
浴室でシリルに卑猥なことをされて、落ち込んでいた。おそらく彼はいたずらのつもりでしたのだろうが、リアとしては恋愛関係にない男性に触られてショックだったのだ。
「……ラウルさんに、また何かされたんですか?」
「え! ううん、ラウル君には何もされていないよ!」
「ラウル君には、ってことは、他の人に何かされたんですね」
リアはしまった、と慌てて口を噤んだ。
「い、言いたくない」
「この屋敷でリア先輩に手を出す人で思い当たるのはシリルさんですが……。あの人、リア先輩には興味がなさそうだったので、安心していたんですけど……。シリルさんと何があったんですか?」
シリルが何かした、というのはノエの中で確定しているようだった。リアはむぅ、と少し拗ねる。
「特には、ないよ。夕方に二人きりでちょっと喋ったぐらいで……」
「そうですか……。シリルさんにも困ったものですね」
ノエはリアの腕をつかむと、引っ張った。リアの体は傾ぎ、倒れこむ。すると、彼の膝上に頭を乗せる形となった。
「ノエ君?」
ノエはリアの頭を労わるように、優しく撫でた。
「どうですか? 癒されますか?」
突然膝枕をされたので、緊張した。だが頭を撫でられている内に、肩の力が抜けていく。
「……ノエ君、こういうのは、好きな女の子にしてあげないと」
「リア先輩のこと、大好きですよ?」
「そうじゃなくて、恋人とか、奥さんに、っていう意味だよ。私だからいいけど、他の子にしたら、勘違いされちゃうよ」
「他の子になんてしません。僕がしたいって思うのは、リア先輩だけですよ」
彼の膝上から頭を上げたくなった。だが慰めるように頭を撫でられているので、そのままじっとする。
「なんだか、怖い」
「え?」
「ノエ君に甘やかされて、それがいつか中毒になりそう」
「いいですね、それ。是非中毒になってください。リア先輩を溺愛しますよ」
「やだよ。ノエ君がいないと何もできなくなるって考えたら、ぞっとする」
「なぜですか? とても素敵なのに」
本気とも冗談ともとれない声音だった。ノエはにこにこと、いつもと変わらぬ笑みを浮かべている。
「この部屋の内装って、ノエ君の趣味?」
「はい」
「素敵なお部屋だよね。ラウル君やシリル先輩の部屋も、こんな感じなの?」
「いえ、ラウルさんはヴィンテージ風のお部屋ですね。シリルさんは、いかにも王子様風のお部屋ですよ。あの人は周囲から自分がどういうイメージを持たれているのか、よく知っていますから。本人は面白がってやっているんですけどね」
「そうなんだ……」
わかる気がした。リアはだんだんと眠くなり、ウトウトする。そうして意識が完全に途切れる間際。
「リア」
名前を呼ばれた気がした。
「リア先輩、起きてください。朝ですよ」
声をかけられて、リアはゆっくりと目を覚ました。心地の良すぎるベッドのせいで、まだ眠っていたい、と考えてしまう。
「……朝?」
「もうすぐお昼ですけどね」
声がした方向を見ると、真正面にノエの顔があった。同じ白い枕に頭を乗せ、お互い横向きで寝ている状態。
「え? なんで?」
状況が呑み込めなかった。
「リア先輩、昨日は僕の部屋で寝ちゃったんですよ。だから、僕のベッドに運んで、一緒に寝たんです」
「えぇ!」
なぜ起こしてくれなかったのだろう、と思った。だが寝てしまった自分が悪いと反省する。
「昨晩は、リア先輩の寝顔が可愛すぎて、眺めていました」
「ひ、ヒドイ……。寝顔を見るなんて……」
「悲しまないでください。すごく寝相が良かったですよ。いびきだってかいていませんでしたし」
そういう問題ではない、とリアは眩暈がした。
「もうやだ……」
ダウンケットの中に顔を埋めた。だがノエは容赦なく、ダウンケットをめくる。
「起こすの可哀想だと思ったんですけど、もうちょっとでお昼なので声をかけました」
リアは白い寝台の上から、壁掛け時計を見た。あと少しで十一時になろうとしている。
「っあ、授業!」
「大丈夫ですよ。昨日、シリルさんに何かされて、そのショックで寝込んでる、ってナタナエルに伝えておいたので。午前中は授業がお休みになりました」
「そうだったんだ。……ノエ君、学校は?」
「僕? 休んじゃいました。リア先輩と一緒に、昼食をとりたいですし。何か作ろうと思いますが、リクエストはありますか?」
リアは少し悩んだ。起きたばかりなのに、とてもお腹が空いていたからだ。
「どんなものでもいいの?」
「はい」
「じゃあ、赤身のお肉が食べたいなぁ……」
シリルの屋敷では、肉料理が多い。昨日の朝食では、スペアリブが出た。朝からそんな料理を口にしたことがないリアだったが、ぺろりと食べることができた。男性たちは、リアの三倍の量を平らげていたのだが。
(女の子が朝からお肉が食べたいなんて言ったら、はしたないって思うかな? 時間的にはもう、お昼になっちゃうんだけれど……)
ちらりとノエの反応を窺えば、彼は憂いに満ちた目をしていた。
「まだ怪我が治っていないですし、そのせいで、体がお肉を食べたいって欲求しているのかもしれませんね。リア先輩の体を考えて、肉料理を中心に出すように、シェフにお願いしているんですけど」
「え? そうなの?」
そのような要望を出しているとは、初耳だった。
「はい。僕たちは大体なんでも食べられるんですが、主に食べる物は肉なんです。なのでこの屋敷では、肉料理が多いんです。でもさすがに朝から大量の肉類を食べることは、滅多にしません。リア先輩の体が肉を欲するのは、体が早く怪我を治したがっているせいだと思いますよ」
包帯は自分で交換しているが、傷は殆ど治りかけている。薬を飲んでいるが、抑制できていないようだった。
「怪我が治ったら、お肉が食べたい、っていう欲求も治まるの?」
「おそらくは」
ノエはベッドを出ると、リアの近くまで移動した。彼が手を差しのばしてきたため、リアはその手につかまって起き上がる。
「なんだか、介護されてるみたい……」
「それは、僕にとってのご褒美ですね。もしもリア先輩に介護が必要になったら、僕が喜んでお世話をしますね」
「丁重にお断りします……」
ノエは不服そうに唇を尖らせていたが、リアは無視した。
夜になり、入浴をする時間になった。
(ラウル君が入ってきたり、シリル先輩が入ってきたら困る……)
リアは悩んだ結果、ノエにお願いをすることにした。
「ノエ君。私が入浴する間、誰も入ってこないように見張っててもらってもいい?」
「そんなお願いをするということは、誰かが入ったんですね? 誰ですか? その変態は」
リアは誰が、とは答えなかった。
「こんなお願い、ノエ君にしかできないの。できるだけ早く上がるようにするから」
ノエは不思議そうにした。
「リア先輩。それは全然かまわないんですが、僕が覗くとか、お風呂場に入るとか、思わないんですか?」
「私の入浴中に覗いたり、変なことをしないって約束をしてくれるなら、ノエ君のお願いを一つだけなんでもきく。これでどう?」
「随分と僕が得をしませんか?」
「う……、で、でも、無理なお願いだったらダメって言うよ?」
「それだとなんでも願いをきく、っていう約束は成立しないのでは?」
わかっていた。彼が言うとおりなのだと。
「えっちなお願いは、禁止……」
恥じらいながら言うと、ノエが残念そうにした。
「えー……。ラウルさんとしたような、いやらしいキスをしてほしい、ってお願いをしようと思ったのに」
嘘とも本気ともとれる態度だった。
「そういうお願いは、やだ……」
「じゃあ、僕が見張りを数回するごとに、僕とお出かけをしてください。リア先輩と映画館に行ったり、ショッピングやお散歩がしたいです」
それならばリアでも叶えられる願いだった。
「私と一緒にお出かけ、でいいの?」
「はい。僕が出かけるとき、リア先輩に同行してほしいです。たとえば僕が何かを買うとき、選ぶのを手伝ってもらえたりすると、助かります」
なるほど、とリアは大きく頷いた。
「わかった! ノエ君と一緒に、選ぶね。あと、荷物持ちも頑張るよ! 私、こう見えて結構力持ちだから、任せて!」
ノエはにこにこと微笑んだまま、何も言わなかった。
夕食の時間となり、リアが食堂へ入ると、なぜかぎすぎすした空気が流れていた。テーブルに頬杖をついて不機嫌そうにしているラウルに、穏やかにお茶を飲んでいるノエ、そして食事が始まるまでの暇つぶしに、読書をしているシリル。
(なんだろう……。喧嘩をしている様子でもないのに、このぴりぴりした空気は)
リアはいつもの席へ座った。正面にシリルがいるのだが、彼は本から顔を上げてリアを見る。
「やぁ、葉上リア。昨晩、僕の入浴中に君が堂々と入ってくるとは、思わなかったよ」
あろうことか、爆弾発言を落とされた。
「う、あ、そ、その、昨晩は間違って入ってしまって、すみませんでした……」
「君って清純そうな顔をして、実は悪い子だったんだね」
ラウルが舌打ちをした。
「リアが入ってくるように、敢えてそうしたんだろ。でなきゃ、お前が入ってるってわかってて、ナタナエルが入れさせるわけがねえだろ」
言われてみれば、とリアははっとした。だがシリルは素知らぬ顔。
「なんのことかな?」
「堂々とリアの胸を揉んでいたくせに、よく言うぜ。お前、こいつには興味ないんじゃなかったのかよ」
シリルはじっとリアを見つめていた。その視線を避けるように、リアは俯く。
「彼女のこと、気に入ったんだ。僕に目に見える形で愛をくれた彼女を」
瞬間、ばきっと奇妙な音がした。リアが恐る恐るノエを見ると、彼が手にしていたティーカップの取っ手が粉々に砕けていた。
「……あぁ、壊しちゃいました」
リアはさっと青ざめた。
「だ、大丈夫? 怪我、してない?」
すぐに控えていた使用人が片付け始めた。だがノエはそれを気にすることなく、リアへ体を向ける。
「リア先輩。シリル先輩に愛なんて渡しちゃ、ダメじゃないですか。あと、お風呂場で胸を揉まれたなんて話、僕きいていませんけど」
天使のような微笑だ。とても愛らしい。けれどもリアは、冷や汗が止まらない。
「ご、ごめんなさい……」
「だから昨日、様子がおかしかったんですね。今日だって、僕にお風呂場の見張りを頼んできましたし……。本当ならお仕置きをしたいところですが、僕を頼りにしてくれたので、今回は特別に許してあげます」
これにすぐさまラウルが反応した。
「なんでそいつに見張りを頼むんだよ。そいつが一番危ねえだろうが」
「だ、だって、ラウル君だって、お風呂場に入ってきて私に……、あ」
すぐに口を閉じたが、シリルとノエは聞き逃さなかったようだった。
「へぇ、ラウル。お前も彼女が入浴中に何かしたとは、知らなかったよ。よく僕を批判できたよね」
ノエも爽やかな笑顔だった。
「ド変態ですね。視界に入れるのが不快なので、死んでください。今度からあなたのお茶には、毒を入れておきますね」
リアは自らの頭を両手で抱えた。家に帰りたい、と。
神狼家で暮らし、六日目の夜。リアが二階の廊下を通りかかると、いつも正面玄関に立っている守衛の姿がなかった。
(あれ、守衛さんがいない……?)
大階段を下りて玄関ホールを横切ると、玄関の扉をそっと開いた。だが、外にも守衛の姿はない。
(もしかして、今なら屋敷から出られるんじゃ……)
以前シリルから聞いたことがあるのだ。これだけ広大な土地と屋敷があるにも関わらず、最低限の防犯システムしか導入していない、と。どうしてなのか、その理由は教えてもらえなかったのだが。
(やめておこう)
周囲には誰もいないし、屋敷から出られるチャンスだ。にも関わらず、リアはやめた。扉を閉めると、自室へ戻るために大階段を上がる。だがその途中、玄関の扉が開く音がした。振り返ると、そこにシリルとナタナエルの姿があった。
「……おや、葉上リア」
「シリル先輩、どこかに出かけられていたんですか?」
「ちょっと雑用をね。君は、何をしていたのかな?」
「え?」
リアは意味がわからず、少し首を傾げた。
「一階で何をしていたのか、という意味だよ。君が一階に下りなければならない用事なんて、ないと思うけれど」
食事をするときか、入浴をするときぐらいで、一階に行くことはない。そう指摘をされていた。
「何も、していません……」
「もしや、守衛がいないから逃げるなら今がチャンス、って思った?」
「思ってません……」
「嘘が下手だね。君のような正直な人間は、好きだよ」
そんなにもわかりやすいだろうか、と苦悩した。他人に簡単に見透かされるのは、あまりいい気はしない。
「褒め言葉に感じません」
「そう? 僕としてはバカで可愛いと思っているよ。それはそうと、リア。時間はあるかな? もしもよければ、付き合ってほしい」
なんだろう、と思った。リアは上がりかけていた階段を下りると、シリルとともに屋敷を出る。向かった先は、北館だ。
(何の用だろう……?)
北館は仕事や来客が来た時にしか使用しないらしいので、ひっそりしている。シリルの後について進むと、豪奢な扉の前へ到着した。金細工が施された扉の左右には彫刻が置かれており、明らかに他の場所とは違う。シリルは服のポケットから鍵を取り出すと、扉を開く。そうして中へと招かれたのだが、一歩足を踏み入れた瞬間、リアはあまりの綺麗さに感動する。ドーム型の屋根はガラス張りで、一面の星が見えた。
「今日は新月だから、星がよく見えるんだ」
室内は広々としており、天井にはシャンデリアがいくつもぶら下がっていた。
「シリル先輩、この部屋は?」
ガラス張りになった屋根など、見た覚えがなかった。
「ここはダンスホールだよ。今まで一度も使用したことがないけれどね。普段は屋根で覆っているんだけれど、開けたんだ」
どうやら自動で屋根を開閉できる仕組みになっているようだった。
「どうして、この部屋に連れてきてくれたんですか?」
室内は電気がなくとも、星の明かりだけで十分見えた。
「今度、家の都合でパーティーに参加しなければならなくなってね。僕は嫌だけれど、付き合いで何人かの女性と踊らなければならない。そこで、暇を持て余している君に、練習に付き合ってもらおうと思って」
暇なのは否定できないが、軟禁している相手に言われるのは癪だった。
「私、ダンスなんて踊れませんけど……」
「知っているよ? それがどうかした?」
容赦のない返事だった。リアは普通にへこむ。
「私じゃ練習相手になりませんよ」
「いいんだよ。僕がお前と踊りたい、って思っているだけなんだから」
「私は、気分が乗らないです……」
シリルはリアへ手を差し出した。まるで童話の中から出てきた王子のように、優雅な仕草で。
「踊っていただけますか? 姫君」
声音さえ、王子のように完璧だった。リアはどきりとする。同時に、彼はなんと狡いのだろう、と思う。というのも、彼はリアが断れないとわかっていて、やっているからだ。
「よ、喜んで?」
躊躇いながら、彼の手に自らの手を重ねた。シリルはリアの手を握ると、優しく引き寄せる。そしてそのままリアの背中に手を回し、ダンスを始める。リアはシリルの肩に自分の手を置いているのだが、距離が近かった。踊っているのだから仕方がないとはいえ、かなり心臓に悪い。
「今、何を考えてる?」
「……シリル先輩って、ヴェルテート国の王家と繋がりがあるんですよね?」
ヴェルテート国は西欧にある。緑豊かな山々と海に面した地形のおかげで、資源が豊富だ。気候に恵まれていることから農業が盛んであり、食料自給率も比較的高い。
「そうだよ。国王は、僕の祖父だ」
「え! じゃあ、本物の王子様なんですか?」
これにシリルは可笑しそうにした。リアの反応が余程面白かったようだ。
「そうだね。父は元々王族だったけれど、神狼家の娘と結婚をして婿養子に入ったんだ。だから、王位継承権は失われている」
「へぇ、そうなんですか」
「でも、王位継承権がある父の兄には、子供が一人もいなくてね。だから僕を伯父の息子にして、いずれ王家を継がせるのでは、という噂があるよ」
噂ではなく、そういう話が実際に持ち上がっているのではないかと思った。
「そう、なんですか……」
「あと、僕のいとこであるノエも、王家の血を引いているよ。僕の父の妹が、世森家に嫁いだんだ」
「じゃあ、ノエ君のお母様は、元はプリンセスだったんですね」
「そうなるね。四人もの息子を産んだとは思えないほど、とても美人な方だよ」
その言葉から、ある事実を知った。
「ノエ君って、四人兄弟なんですか?」
「うん。兄が三人いるよ。でも年が離れていることや、ノエがずっと病院にいたこともあって、あまり会ったことがないらしい」
「え? どうして、病院に? ノエ君、どこか悪いんですか?」
「ノエは小さい頃、体が弱かったんだよ。だから三年ぐらい前まで、ずっと入退院を繰り返していたんだ。今は嘘のように元気で、定期検査を受けても何の異常もないらしい」
いつも明るい彼が、入退院を繰り返していたなど、想像がつかなかった。
(そういえば私、皆のことをよく知らないな……)
彼らが自分から話さない限り、自分からきいてはいけない気がしているのだ。
「それはそうと、葉上リア」
唐突に、シリルが足を止めた。それまでずっと一緒にダンスを踊っていたリアは、どうしたのだろうと彼を見る。
「はい、なんでしょうか。シリル先輩」
「シャンポリオン高等学院では期末テストの開始が他の学校より少し早く、六月の月末で終わっているんだ。君が転入をしてくる以前にね。でもそれだと君が可哀想だから、夏休みに入る前に、期末テストを受けさせてあげるよ。だから、しっかり勉強をしておくようにね」
期末テストの存在を思い出し、リアは震えた。試験を受けさせてもらえることには感謝をするが、転入前の授業内容を知らないからだ。そのため、どう勉強をして対策をとればいいのかが、わからない。
「ど、どうしよう……」
シリルはにこりと微笑んだ。
「赤点をとったらお仕置きをするから、そのつもりで」
絶対に赤点だけは回避しようと、リアは思った。
翌日。その日は朝から雨だった。期末試験対策に勉強を見てくれているのは、ラウルだ。彼はリアと同じ学年であり、しかも学年首席。試験範囲も覚えているため、リアへ勉強を教えてくれていた。
「なんでお前らまでいるんだよ」
ラウルはソファーで寛いでいるシリルとノエを睨んだ。ノエはワイヤレスのヘッドホンで音楽を聴きながら雑誌を読んでおり、シリルはタブレットを見ている。
「僕がどこにいようと、自由だろう?」
シリルはまるで自分の部屋のように、リアの部屋で寛いでいた。ノエは楽しそうに雑誌を眺めては、ペンでチェックを入れている。
「リア先輩と、どこに遊びに行こうかなぁ。このレストランもおいしそうだし、こっちの遊園地もいいなぁ。あ、今やってる映画の情報も掲載されてる」
ラウルは眉間に皺を刻んだ。
「おい、そこ。なんでリアとデートするみたいな発言をしてる。妄想は頭の中だけにしろ」
「妄想じゃないですよ? 僕、リア先輩と取引をしたんです。リア先輩のお願いをきくかわりに、僕と一緒にお出かけをしてもらう、って」
「ハァッ? どういうことだよ、それ」
ラウルはリアを見た。問題を解いていたリアは、眉を八の字にする。
「どういうことって、ただのお出かけだよ……」
「だからそれ、デートだろ」
「デートじゃないよ……」
「だったら、お前も俺と一緒に出掛けろ」
「え? なんで?」
「なんで? じゃねえだろ。首を傾げるな。こうやって、勉強を教えてやってるだろうが。お前は、親切に勉強を教えてやってる俺とは、一緒に出掛けたくないのか?」
どうしてノエと張り合っているのだろう、と不可思議だった。
「じゃあ、ノエ君とラウル君の三人でお出かけをしたらいいね」
そう言うと、ノエとラウルは頗る嫌そうにした。
「却下です」
「却下だ」
二人が同時に答えた。リアは、名案だと思ったのに、とがっかりする。こんな不毛な会話が繰り広げられる中、シリルは構わず発言をする。
「……あぁ、そうだ。言い忘れていたのだけれど、本家の用事で午後から出かけるから。帰ってくるのは三日後になる」
ノエは頷いた。
「わかりました」
リアもシリルへ挨拶をした。
「シリル先輩、どうかお気をつけて」
「ありがとう、リア」
シリルは部屋を出て行った。ラウルは足を組むと、背もたれにもたれかかる。
「あいつも大変だよな。神狼家とヴェルレーヌ家の板挟みになってて。両家を行ったり来たりしてるじゃねえか」
ノエは雑誌から顔をあげないままで、答えた。
「そうですね。シリル先輩は、神狼家の大事な跡取りですし。シリル先輩しか、跡を継ぐ人がいませんからね」
「お前のところから養子へ行くって話はねえのか? 兄貴が三人いるだろ?」
「ありませんよ。そもそも、無理でしょう。兄たちは全員、仕事で忙しいですから」
昨晩、シリルから聞いた話が頭に過ぎった。
――王位継承権がある父の兄には、子供が一人もいなくてね。だから僕を伯父の息子にして、いずれ王家を継がせるのでは、という噂があるよ。
彼はそう言っていた。
(私が想像しているより、ずっと大変なのかも……)
周りからどんな目で見られているのか、彼はよく知っている。その意味が、リアには少し悲しく思えた。
朝から降り続いていた雨はやむ気配すらなく、夜もずっと降り続けていた。リアは一人で試験勉強をしている最中だったのだが、ふと手を止める。ノエはお世話になっている親戚の家へ戻っており、ラウルは自室にいる。
(なんだか集中できない。ちょっと飲み物でも取りに行こうかな……)
リアは部屋を出ると、一階の休憩室へ向かった。屋敷内は元々静かだが、夜になると更にひっそりとしている。リアはそれが少し苦手だった。階段を下り、休憩室へ進む。だがその途中、廊下に何か液体が落ちていた。赤い液体だ。
(……? なんだろう、これ……)
ぽつぽつとした点は、リアが一度も入ったことのない奥の部屋へ続いていた。屋敷では普段、使用されていない部屋には鍵がかかっている。
(あの部屋に、誰かいるのかな?)
リアは奥の部屋へ向かうと、扉の前に立った。すると扉はほんの少しだけ、開いていた。リアは指先で扉を押し、中を覗く。部屋の電気はついたままだ。
(誰もいない?)
部屋は、物置になっていた。リアはそっと部屋の中へ入ると、見回した。部屋の中はきちんと清掃されており、埃はない。使用されていない額縁が並べられていたり、同じ形をした椅子が幾つも置かれている。絨毯らしきものも、巻かれた状態で壁際に寄せられている。リアは部屋の電気を消して出ようと思ったのだが、ふと床に赤い点があるのを目にする。床に敷かれた絨毯をめくると、床に隙間があった。
「ん?」
リアが床を手で押すと、ゆっくりと床が横へスライドした。すると隠し階段らしきものが現れる。赤い点は地下へと続いており、リアは息をのむ。
(屋敷内で行ってはいけない場所はないって言われているけれど……)
リアは迷ったが、階段を下りてみることにした。シリルたちの正体に繋がる何かがわかるかもしれないと、思ったからだ。地下はひんやりとした冷気に包まれており、肌寒かった。電気は通っているらしく、蛍光灯が照らしている。階段を下りきると、清潔感のある白い廊下に出た。
(もっと薄暗くて怖いイメージがあったけれど、まるで研究施設みたい……)
足元には赤い点がまたあった。それは、すぐ近くの部屋に続いている。リアはそちらまで進んだ。扉は開け放たれており、中を見ることができる。
「……え?」
部屋にはストレッチャーらしきものが並んでおり、その上に何かが乗っていた。人らしきものだ。だが原型を留めておらず、人であるかどうかすらわからない。
(なにこれ……)
途端、室内にこもる異臭に気づいた。血と汚物、そして腐臭が混ざった臭い。そこでやっと、ここにいてはいけないと思った。ストレッチャーに乗せられた何かを理解する前に、リアは来た道を引き返す。
(怖い……っ)
床に落ちていたものは、血ではないのか。リアは階段を上がると、隠し階段の穴を塞ごうとした。だがスライドされた床を、どうやって戻すのかわからない。仕方ないので、絨毯で覆って隠した。そして、自分の部屋へ戻る。これまで安穏とした生活を送っていたが、リアはノエが教えてくれたことを思い出す。ノエ達の種族は、人間を見ると食べたくなる、と。そして、リアがいたBクラスの生徒は、実際に朱根塚で人間を襲って食べた、とも言っていたのだ。
(じゃあ、あれは人間……?)
リアは荒くなりかけた呼吸を抑えて、自分の部屋へ入った。ノエたちは言わないが、彼らも人間を食べているのかと思ったからだ。それとともに、急激に全身が寒くなった。
(あの地下の部屋を見たと知られたら、殺されるんじゃ)
急に、彼らが得体のしれない不気味なものへ変化した。リアの前ではおかしなそぶりを見せなかったので、つい普通の人間と生活をしている気分になっていたのだ。
(逃げなきゃ……)
正面玄関には守衛がおり、外へ出ることはできない。そして幸いにも、まだ夕食後に飲むいつもの薬を飲んでいない。リアはバルコニーがある部屋の窓を開くと、柵を乗り越えた。そのまま、植込みに向かってジャンプする。なんとかクッション代わりにして外へ出られたものの、肌に細かい傷がたくさんつく。
(できるだけ、遠くに行かないと……)
神狼家の敷地から出るのが先決だった。雨が容赦なく体を濡らし、体温を奪っていく。だが構わず、森の中を走った。泥土で足元が滑りやすくなっているせいで何度か転ぶが、すぐに立ち上がる。
(真っ暗なはずなのに、よく見える)
木の幹や枝などに当たらず、進むことができた。そうして二十分ほどが経った頃、何かの獣の声が聞こえた。まるで、狼の遠吠えに似ている。それとともに、リアはなぜか感覚で、何かが追ってくる気配を感じ取った。理屈ではなく、それがはっきりとわかったのだ。
(ダメだ、追いつかれる)
リアは近くの木に登ることにした。そこで一旦やり過ごし、気配が遠くなってから再び逃げることにしたのだ。じっと息を潜めていると、静かな足音がした。
「くそ、鬱陶しい雨だな。ニオイがわからねえ」
ラウルの声だった。
「僕が少し留守にしていた間、何をしていたんです。リア先輩に何かあったら、ラウルさんの責任ですからね。……さっき、足跡が残っているのを見ました。この付近にまだいるはずです」
ラウルは舌打ちをした。
「リア、どこだ! 出てこい!」
リアは怖すぎて、木の上で縮こまった。
「……あー、仕方ないですね。正体を見られるとまずいので、できれば変身したくなかったんですけど」
「俺がやる」
木々の合間から、人影が二つ見えた。
(な、なに……?)
大きな影がどんどんと膨れ上がり、異形の姿へと変わっていく。そうして瞬きをする間に、一体の巨大な白い生き物になった。まるで狼のように見えるが、その体躯は牛よりも大きい。
「……、近くにいるな。微かだがニオイを感じる」
白い生き物が言った。リアはびくりと震える。
(こっちにこないで)
その願いも空しく、どんどんと近づいてくる足音がした。
「リア、どこだ!」
頭の中は恐怖でいっぱいだった。逃げなければと焦ってしまい、木の枝から足を滑らせてしまう。
「――っ!」
地面へ叩きつけられた瞬間、リアは頭を強く打ってしまった。