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番外編、言わせない
リオノーラはアラステアはすれ違いを繰り返しながらも、両想いとなった。だがアラステアの兄であるルパートが起こした出来事の処理のため、リオノーラは一度故郷のアロア城へ戻ることになったのだ。そのまま、リオノーラは夏が終わるまで彼と会えぬ日々を過ごした。
そうしてよく晴れた、ある秋の日。
リオノーラはドゥヌカ城へ訪れた。
アラステアに会えない間、ずっと彼が心配だったのだ。体調は崩していないか、無理な生活はしていないか。だがそれと同じぐらい、リオノーラの心は喜びに満ちていた。
――アラステアと久しぶりに会える。
彼と再会したら、どんな話をしようか。そればかり考えてしまい、胸がどきどきしてしまうのだ。
――早く、早くアラステアに会いたい……!
ドゥヌカ城の豪奢なエントランスホールへ入ると、リオノーラは懐かしい人物に出迎えられた。
「リオノーラ様。お久しぶりです」
シルヴェストルだった。リオノーラは彼女の顔を見た瞬間に胸がいっぱいになってしまい、駆け寄って抱き着く。
「シルヴェストル! あぁ、久しぶりね。元気だった?」
シルヴェストルはリオノーラの肩をそっと抱いた。
「はい。元気でしたよ。長旅、お疲れ様でした」
リオノーラがドゥヌカ城を離れるとき、シルヴェストルについてきてほしい、とお願いをしたのだ。だが彼女はドゥヌカ城へと残った。リオノーラとしても無理強いをすることはできず、シルヴェストルと離れることになったのだ。
「シルヴェストルに会えてうれしい」
「ふふ、ありがとうございます、リオノーラ様」
リオノーラはシルヴェストルのことを、本当の姉のように慕っているのだ。シルヴェストルもまたリオノーラには甘く、そしてよき理解者でもある。
「あなたとたくさんお話がしたいわ」
「私もです。でもその前に、アラステア様がお待ちですよ」
「アラステア、もう先に来ているの?」
アラステアは自らの領地があり、住む邸もある。リオノーラと一緒に暮らす目的でドゥヌカ城にいたが、リオノーラが故郷へ帰った後はアラステアも自らの領地へ戻ったのだ。彼はリオノーラと違って忙しい身であることから、まだ城へは来ていないと思っていたのだが。
「はい。とても早くにこちらへ到着されました。確か……、夜明け前のことだったかと」
「よ、夜明け前? そんなに早くに、ドゥヌカ城へ到着していたの?」
「はい。なんだか、眠れなかったようで……」
リオノーラはアラステアの不眠症を心配した。
――大丈夫かしら……。
彼は無理をしすぎるところがあるのだ。
「シルヴェストル。アラステアは今どこに?」
「おそらく、湖の方へ行かれていると思います」
「湖にいるのね。ありがとう、シルヴェストル」
リオノーラはエントランスホールを出て、すぐさま城の横に広がる湖へと向かった。彼の顔を見て安心したい。そんな思いがあったからだ。
――あ、私の姿、おかしくないわよね?
髪の毛ははねていないか。裾はめくれていないか。急ぎつつもチェックを怠らなかった。
今日のために綾織の青いドレスを新調したのも、全ては彼に綺麗だと思われたいが為。
気づけば、自然と駆け足になっていた。庭園を横切り、湖がある場所へと一直線に向かう。
「アラステア……!」
アラステアが湖の畔に立っていた。水面に反射した光でわずかに目が眩んでしまう。
「……ッ! リオノーラ……」
久方ぶりに見る彼の姿は、とても逞しく感じた。少し会えなかっただけだというのに、以前よりも格段に男性らしくなったように思えたのだ。
――アラステアって、こんなにかっこよかったかしら……。
彼の傍へ行こうとしたが、足が止まってしまった。アラステアもまた、動かない。
二人の周囲だけ、まるで時間が止まってしまったようだった。
――どうしよう、緊張する。アラステアの顔を見ることができない。
普通に挨拶をしようとしたが、それすらもできなかった。なぜかアラステアも無言であり、一向に口を開こうとしない。
なんとも気まずい空気が流れる。
「あ、あの……、こんにちは。いい天気ね?」
口をついて出た言葉は、随分と間抜けなものだった。
「……そうだな。いい天気だな」
リオノーラは自らを詰った。もっと他に言うべきことがあるだろう、と。
――寂しかった、とか、あなたに会いたくてたまらなかった、とか。
彼に伝えたい言葉はたくさんあった。だが、恥ずかしくて会話をすることができない。
――アラステアに伝えるべき言葉といえば……。
リオノーラはふと、思い出した。以前、アラステアに『大嫌い』と言ってしまったことを。そのことをずっと謝りたいと思いながらも、未だ彼に謝罪できていなかったのだ。
「アラステア。私ね、ずっとあなたに言いたいと思っていたことがあるの」
「ん? なんだよ」
「ほ、ほら。前に私、あなたの事情も考えず、あなたに悪口を言ってしまったでしょう? そのことを、ずっと詫びたいって思っていたの」
アラステアはぴくり、と眉を動かした。
「それは……、俺がルパートにドゥヌカ城を追い出された時のことか」
「うん、そう。あのね、アラステア。あの時は」
大嫌いって言ってごめんね。
リオノーラは声に出そうとしたが、できなかった。というのも、アラステアが大股でリオノーラの正面へと詰め寄り、両腕を掴んだからだ。
「そのセリフは言うな」
「え? どうして?」
「どうしてもだ」
リオノーラは困惑してしまった。どうして言ってはいけないのか。
「私、あの時のことをずっと気にしていたの。だから、どうしてもあなたに謝罪がしたいのよ」
「そんなもの、必要ない」
「必要ないって……」
「俺がいらないって言ったら、いらないんだよ」
吐き捨てるように言われて、リオノーラもむっとしてしまった。同時に、何が何でも言いたくなってしまう。
「私の自己満足かもしれないけれど、謝罪がしたいの」
「謝罪なんてしなくていいって言ってるだろう」
どうして拒まれてしまうのか。
「アラステア。謝罪を受け入れてくれなくてもいい。でも私はあなたにどうしても謝罪をしなければいけないの。……アラステア。あの時はあなたのことを大嫌いって……」
言い切る前に、リオノーラはアラステアによって強引に唇を奪われていた。驚いて後ろへ腰が引けてしまうが、させないとばかりに腰を抱き寄せられてしまう。
――え? どうしてキスをされているの?
リオノーラはわけがわからなかった。だが彼に情熱的なまでの口付けを受け、次第に頭がぼうっとしてきてしまう。彼とずっと触れ合うことができなかったのだ。久しぶりにかわした口付けは、甘いとは程遠く、まるで噛みつかれそうなもの。
「……っん、アラ、ステア……、ぅ」
彼とかわす口付けに、心が震えてしまった。漸く口付けから解放される頃には、リオノーラの頬は恥ずかしさで真っ赤になってしまう。
「……リオノーラ。お前が言おうとした言葉は、俺にとって縁起が悪いんだよ。だから、言うな」
勝手な言い分に、リオノーラは眉を寄せた。縁起が悪い、とまで言われてしまっては、リオノーラとしても無理に謝罪することができない。
――謝らせてもくれないなんて。
アラステアの体を抱きしめ、彼の胸に頬を当てた。
「ずるいわ……。私ばっかり罪悪感を抱くことになるじゃない……」
アラステアはリオノーラの頭部へ口付けを落とした。
「反抗的なお前も嫌いじゃないが、俺に罪悪感を抱いて従順なお前、っていうのもいいな。お詫びに俺にキスをしてくれてもいいんだぜ?」
「し、しないわ……」
「キスぐらいで照れるなよ」
アラステアはクスクスとからかい混じりに笑った。リオノーラは心の中でもやもやとしたものが広がっていく。そこで、彼の頬を両手で包み込んで自分と目が合うように固定した。
「アラステア。私はあなたのことが大好きよ。世界で一番愛しているわ」
自分からキスをすることは恥ずかしくてできないが、想いを伝えることはできた。だからはっきりと声を大きくして告げたのだが、アラステアの顔が見る見るうちに真っ赤になっていく。
――どうしたのかしら。アラステア、顔が赤い。
彼は呆気にとられていたものの、すぐに不服そうな、どこか怒ったような表情を浮かべた。
「だから、お前……、なんでそういうこと……ッ」
「え?」
「お前、絶対にわざとやっているだろう! 俺の気持ちを振り回して、そんなに面白いか!」
「ふ、振り回すだなんて……、そんなことはしていないわ?」
「もういい、わかった。なら、俺もどれだけお前のことを愛しているか、これからじっくりと教えてやろう。勿論、ベッドの上でな!」
リオノーラはアラステアの両腕に、強引に抱きかかえられた。拒む余裕などない。
「ちょ、アラステア?」
「お前が悪いんだからな。久しぶりの再会だから、せっかく我慢してやろうと思っていたのに。全部お前のせいだ。だから、お前は猛省しろ」
「わ、私のせいにしないでよ」
「いいや、全部お前のせいだ。ほんのちょっと離れていただけだっていうのに、凄く美人になっているし。なんだよ、お前」
「び、美人?」
声がひっくり返ってしまった。未だ彼にそういったことを言われ慣れていないため、狼狽えずにはいられない。
「もう今日は、謝っても泣いても許さねえからな。俺がどれだけお前のことを愛しているか、じっくりとその体に教えてやる」
リオノーラは少しだけ危機感を覚えた。
「お、おろして、アラステア。今日はそういうことをしに来たんじゃ……。今日は、挙式の話し合いを」
「うるさい、黙れ」
問答無用とばかりに、リオノーラはアラステアに抱き上げられたまま城へと連れて行かれた。
そうして城のエントランスホールへ戻ると――。
「おかえりなさいませ、アラステア様。昼食の準備が整っておりま……」
セドリックが出迎えた。彼はアラステアに抱きかかえられたリオノーラを見るや否や、何かを察したかのように無言で立ち去ろうとする。
「ま、待って、セドリック、どこに行くの!」
思わずリオノーラは叫んでいた。セドリックは気まずそうに振り返る。
「あぁ……、いえ、どうか私のことは見なかったものとしてお忘れてください。お邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「ううん、邪魔だなんて! そんなこと、思っていないわ!」
セドリックはちら、と主人であるアラステアの顔を窺った。そしてすぐに軽く頭を下げて立ち去ろうとする。これにアラステアはうんうんと頷く。
「よくできた従者だな」
「何を言っているの!」
セドリックとは入れ違いで、ドゥヌカ城の主であるフレッドがやってきた。
「あぁ、二人とも戻ってきたのか。昼食の用意ができている。さ、一緒に食べよう」
にこやかに、そして空気を察さない様子でそう言った。
昼食後。
アラステアは酷く不機嫌そうな顔をしていた。
「やっと二人きりになれたな」
まるで睨むかのような目線を送られ、リオノーラはびくりと肩を揺らした。現在アラステアとともに庭園を散策しているところ。
「うん……、そうね」
昼食中、リオノーラは非常に気まずい空気にさらされた。上機嫌なフレッドとは対照的に、時間が経過するごとに不機嫌になっていくアラステア。リオノーラは二人の間を取り持つのに、とにかく必死だったのだ。
――アラステアの目の下に、またクマができてる。
夜明け前にここへ到着したということは、眠っていないのだろう。
「アラステア、少し休まない?」
城の裏手にある円形階段の手前に差し掛かったとき、そう声をかけた。アラステアは少し首を傾げる。
「疲れたのか?」
「ちが、私じゃなくて、あなたが疲れているんじゃないかと思って」
「いいや? 俺は全然疲れていないが」
彼には自覚がないのだろうか、とリオノーラは不安を覚えた。
「疲れているのが当たり前になっている、とか?」
「何がだ?」
彼を休ませなければ、という使命感が芽生えた。
「アラステア、あのね……!」
「とりあえず、こっちに来いよ」
ぐい、と手を引かれて、リオノーラは円形階段を上がった。
「アラステア?」
円形階段の先には、蔓性の植物などを支える植物棚のパーゴラがあった。ドゥヌカ城のパーゴラは夏至になる前に黄色い花を咲かせるキングサリで満開になるのだが、今は葡萄の実がなっていた。葡萄も近くに植えられているためだ。
「ここ、覚えているか?」
勿論、忘れるわけがなかった。アラステアに初めて口付けをされた場所であり、苦い思い出が残る場所でもある。
「えぇ」
「ここに辿り着くまでに、色々あったな」
リオノーラは小さく頷いた。同時に思い出すのは、アラステアに『大嫌い』と言ってしまったこと。彼もおそらくそれを思い出しているはずであり、リオノーラはいたたまれなくなってしまう。
「えっと……、あっちに行かない? ほら、あそこに……、なんか綺麗な花が咲いているみたいだし……」
苦し紛れにそう提案をしてみた。アラステアはじっとリオノーラの顔を見つめる。
「お前、今日も髪をまとめてるんだな」
リオノーラは両手で自分の頭を押さえた。プラチナブロンドの髪にコンプレックスがあり、いつも編みこんで結い上げているのだ。
「う、うん……」
「あの時も、今と同じ髪型だった」
あの時がいつのことか、訊ねなくてもわかった。初めてキスをした、七年前のことだ。
「そうだったかしら……」
気恥ずかしさを誤魔化そうと、視線を逸らした。
「リオノーラ」
彼が近づいてくる気配を感じた。リオノーラはそれに合わせて後退してしまう。
――どうして近づいてくるのかしら。
一歩下がれば、アラステアは一歩詰め寄ってくる。だがそれも、リオノーラの背中がパーゴラの柱に当たるまでだった。
「……っ」
とん、と背中に柱の感触が伝わってきた。それと同時に、アラステアが柱に前腕を当て、リオノーラを見下ろす。
「なぁ。あの時のやり直しをしないか?」
「やり直し?」
「お前にキスがしたい」
まるで体が沸騰するかのように、熱くなった。
「アラステア……」
顎を指先で持ち上げられた。リオノーラは瞼をぎゅっと閉ざしてしまう。彼に口付けはもう何度もされた。その先だって既に経験がある。
だがしかし――。
このパーゴラの下での口付けは、特別な意味があった。
「リオノーラ、愛してる」
その言葉とともに、唇が重ねられた。それは触れ合うだけのものであり、とても純粋なものだった。そっと瞼を開けば、彼と目線が交わる。
――さっきもキスをしたのに。
先程よりも緊張した。アラステアに頬を撫でられるのが心地よく、このまま二人で穏やかな時間を過ごしたい気持ちになってしまう。
「アラステア……」
「お前は、見るたびに綺麗になっていくな。お前は俺にとって誰よりも大事な存在だ。だから、ずっと俺の傍にいてほしいって思っている」
「うん、私もアラステアの傍にずっとずっといたい。……アラステア、どうか私をあなたの傍にずっといさせてね?」
頬に触れているアラステアの手の上から、リオノーラは自らの手を重ねた。なぜかはわからないが自然と目が潤み、涙目となってしまう。
「……お前は、悪女だな」
「え?」
「どうしてそういう……。いったいどこからそんな色香が出てくるんだ」
「色香?」
リオノーラは怪訝そうにした。以前彼に色気がないと散々言われたことを思い出したからだ。どうして今頃色香があると言うのか。
「もういい。もっとキスさせろ」
アラステアはリオノーラの唇へ、再び口付けをした。リオノーラも彼に応えようと、唇を薄く開いて、彼の唇を啄む。すると、アラステアは余計に火がついたように、リオノーラの咥内へと舌を入れて弄(まさぐ)る。
「ん……ぅ、っ」
アラステアはリオノーラの背中を抱いた。
「お前、俺の前以外でそんな顔をしていないだろうな?」
「……ふ、ぅ……ど、どんな顔……?」
「そそる顔」
彼の言う意味がよくわからなかった。アラステアはリオノーラの額や瞼の上、頬へと口付けをゆっくりと落していく。それがくすぐったく、同時に心臓が壊れそうなほど音を立てる。
「よく、わかんな……」
アラステアはフッと笑った。
「わからなくていい。お前のその鈍さは、美点だからな」
微妙な心境になってしまった。鈍さが美点だと言われても、ちっとも褒められている気がしないからだ。だがアラステアは幸せそうにしており、そんな彼を見たリオノーラは怒れなくなってしまう。
「ねぇ、アラステア。もっとキスをして?」
「愛らしいおねだりだな。お望み通り、キスしてやるよ」
初めての口付けはパーゴラの下だった。
そして七年経った今、思い出の場所で再び口付けをしているのだ。
リオノーラはこれ以上ないほどに、幸せを実感した。
その夜。
リオノーラはドゥヌカ城の客室にて泊ることになった。先ほどシルヴェストルが桶に湯を入れて持ってきてくれた所であり、顔を洗ったのだ。後はもう眠るだけなのだが。
――ドゥヌカ城にいるのに、アラステアと一緒じゃないなんて。
婚前ということもあり、『過度な接触は控えるように』とアラステアの父であるフレッドに言われていた。リオノーラとしては今更そんな忠告をするなんて、と思わずにはいられないが、大人しく客室へと入った。婚前なのだから、きちんと節度を守って行動しよう、と。
しかしながら――。
――アラステア、今晩ちゃんと眠れるかしら。
彼の目の下にあったクマが気になった。ドゥヌカ城へ着いたのも夜明け前だったとのことであり、シルヴェストルに先ほど聞いた話によれば仮眠もとっていないらしいのだ。
――アラステアの様子を見に行きたい。
彼を心配する気持ちには、一点の曇りもない。
「……そうよ、不純な動機じゃないわ。アラステアが心配だから、少し様子を見に行くだけよ」
彼の部屋に行く。そうと決まればじっとしてなどいられなかった。
リオノーラは寝衣姿のまま、そっと客室を出た。窓の外から差し込む星明りのおかげで、蝋燭がなくとも廊下を歩くことができる。
「ひんやりする……」
人気のない廊下はとても静かであり、リオノーラの足音がよく響いた。アラステアがいる寝室まではそう遠くない距離なのだが、やけに長く感じられる。
――こんな時間に女性が男性の部屋を訪れるなんて、はしたないわよね。
やっぱりやめようか、と悩んでいる内に、リオノーラはアラステアの部屋へと到着してしまった。リオノーラは彼の部屋の扉をノックしようとするが、躊躇ってしまう。
――もしも寝ていたら……。
彼に迷惑をかけてしまう。だがもしも眠れずに起きていたら、彼が眠くなるまで付き添ってあげたかった。
「……」
リオノーラは悶々と悩み続け、部屋の中をこっそり確認することに決めた。覗き見することはよくないことだとわかってはいる。だがもしも彼が眠っていたら、ノックの音で起きてしまうかもしれないのだ。
――ごめんなさい、アラステア。
ドアノブに手をかけて、リオノーラはアラステアの部屋の扉を開こうとした。だがその前にガチャリ、と扉が開く。
「聞き慣れた足音が廊下を歩いてきたかと思えば……。お前、さっきから人の部屋の前で何をしているんだ?」
寝衣姿のアラステアが立っていた。室内は蝋燭の灯りに照らされており、明るい。部屋の片隅にあるオークの机には書類らしきものがあり、作業をしていたことがわかった。
――思った通り……。
悪い予感が当たってしまった、とリオノーラは項垂れた。
「……お仕事をしていたの?」
「ん? あぁ、大した仕事じゃないんだがな。眠くないから、やっていた」
彼の体調は大丈夫なのだろうか。リオノーラは益々不安になってしまった。
――無理にでも眠らせたほうがいいかもしれない。
「アラステア。入ってもいい?」
「あぁ」
アラステアの部屋へ入れてもらったリオノーラは、彼の手を握った。そしてそのまま寝台のほうへ向かって歩き出す。
「さぁ、早くこっちに」
「おいおい、なんだよ。随分と積極的だな。そんなに俺が恋しかったのか?」
「えぇ。あなたのことは、いつだって恋しいわ」
アラステアが口元を震わせながら顔を逸らした。
「この状況で、わざとかよ。わざと、襲われたくてそんなことを言っているのか? いや、こいつのことだから、違うか……。いや、でも遠まわしに誘って……」
「アラステア……? どうしたの?」
「なんでもねえよ」
リオノーラはアラステアを寝台まで連れて行くと、ゆっくりと座らせた。
「さぁ、眠って」
「眠ってって言われても、眠れるわけないだろう。眠くないんだから。……まぁ、お前に添い寝とかしてもらったら、眠れるかもしれないな」
「子供じゃあるまいし、添い寝だなんて……」
リオノーラは溜息をついた。というのも、添い寝をしたぐらいで彼の不眠症が治るとは思えなかったからだ。
「悪かったな、子供みたいで……」
ぼそりとどこか拗ねた口調で呟くアラステア。リオノーラはそんな彼を見て、頬が緩んでしまう。
「可愛い、アラステア」
心の中で思ったことが、ぽろりと口から洩れてしまった。可愛いと言われた当のアラステアは、物凄く複雑そうな、それでいて嫌そうにしている。
「煽っているのか? それとも俺の理性がどれだけもつのか、試しているのか?」
「何を言っているの? あ、そうだ。眠くなるように、薬草のお茶を用意してもらいましょう。私、淹れてもらってくる」
部屋を出て行こうとしたが、アラステアに手を掴まれてしまった。
「そんなのもう全部試してる。効き目はない」
「全部、試したの……?」
「あぁ。俺のことはいいから、お前はもう寝ろ。今夜は少し冷えるし、ちゃんと毛布をかぶって寝ろよ」
リオノーラが部屋を出ていけば、彼はまた机の前に戻って仕事の続きをするのだろう。それがわかってしまい、これではいけないと首を振った。彼を休ませに来たというのに、彼に気を遣われては何の意味もない。
「……眠くなる方法って、他に何かあるかしら……。あ、そうだ。運動とかどうかしら」
「こんな真夜中に俺を運動させるつもりかよ」
「あ、そうよね……。ごめんなさい」
どうしてこうも考えが足りないのだろう、とリオノーラは自らを悔やんだ。彼を余計に疲れさせてどうするのだ、と。
「……あぁ、でも、運動っていうのはいいかもしれないな。よく眠れそうだ」
ぼそり、と彼が何か言ったが、はっきりとは聞こえなかった。
「え? 今なんて……?」
「リオノーラ。そんなにこの俺を眠らせたいのか?」
「当然じゃない! あなたをゆっくり休ませてあげたいって、本気で思っているわ!」
いつか彼が体調を崩して倒れてしまうのではないか。そんなよくない想像が脳裏をよぎってしまう。
「そうか。だったら俺が眠くなるように、手伝ってくれるよな?」
アラステアがにこりと微笑んだ。リオノーラはなぜかその笑みに、悪寒がしてしまう。
「えぇ、勿論……、あなたのためならなんだってするわ」
語尾は自然と小さくなってしまった。アラステアは非常に愉しげであり、うんうんと頷いている。
「じゃあ、服を脱げ」
「……はい?」
何を言われたのかわからなかった。
「俺のためだったら、なんでもしてくれるんだろう? 脱げ」
「い、嫌よ! あなたが眠れないことと私が服を脱ぐことは、関係ないじゃない」
「お前が服を脱いでくれたら、なんだか眠れそうな気がするんだよなー……」
嘘だ、と思うが、違っていたら、とも悩んでしまった。
「だ、駄目よ! アラステアのお父様だって、婚儀までは過度な接触を避けるように、って言っていたじゃない。あなたの目の前で服を脱ぐだなんて、不健全だわ!」
アラステアは一気に臍を曲げてしまった。
「そうかそうか。お前の俺への想いは、その程度なんだな」
「っ!」
「まぁ、いいけれどな」
アラステアは自嘲めいた表情を浮かべ、横を向いてしまった。リオノーラは彼を傷つけてしまった、と青ざめてしまう。
――アラステアに何でもするって、今言ったばかりなのにっ。
彼に休んで欲しい、眠って欲しいと言っておきながら、彼のお願い事をきけないとはなんと自らは矮小なのか。リオノーラは自分がが情けなくなってしまう。
「わ、わかったわ。私が服を脱げば、眠れそうなのね?」
「あぁ。眠れそうな気がする。気がするだけで、絶対じゃないけれどな」
リオノーラは覚悟を決めると、服を脱ぐことにした。寝衣に手をかけて、ゆっくりと脱ぎ始める。指先はうまく力が入らずに震えてしまうが、これも全てはアラステアのためだと思えば頑張ることができた。
――そうよ、アラステアの為なんだから。
ふと、視線を感じた。どこから、と顔を上げれば、アラステアと目が合った。彼はとても面白そうに、リオノーラを、否、リオノーラの躰を眺めていた。
「あ、あの、アラステア……。そんなに見られていたら、脱ぎにくいわ?」
「俺のことは気にしなくていい。構わず続けてくれ」
しゅるりと寝衣が音を立てて床に落ちた。亜麻で織られた下着姿になったリオノーラは、アラステアの前に立つ。
「脱いだわ! これで、眠れる?」
はりきってそう言ったのだが、アラステアはまるで残念なものを見るかのような顔をしていた。リオノーラとしてはどうしてそんな顔をされなければならないのか、心外でならない。
「なるほど。お前の気持ちっていうのは、所詮その程度なんだな」
「え?」
「脱げって言ったんだから、普通は全部脱ぐだろう」
「脱がないわよ!」
「そうかよ。お前は俺のことを愛していないんだな」
「愛しているわ! ま、待って。もう一度チャンスを頂戴。すぐに脱ぐから」
「はいはい」
アラステアが怒っているのがわかり、リオノーラは慌てて下着に手をかけた。彼の前で裸になるのは初めてではない。だから、これしきのことなんともない、と自分に言い聞かせる。
――アラステアに嫌われたくない。
リオノーラは下着を脱ぐと、アラステアに背を向けて立った。
「これでどうかしら」
「なんで後ろを向いているんだ?」
「だ、だって、恥ずかしいし……」
「恥ずかしくない。俺がこの状況で、お前に対して不純な動機で裸を見ると思っているのか」
「え……?」
「俺って、信用がないんだな……」
アラステアへ顔だけ振り返れば、先程よりも険悪な様相となっていた。リオノーラは自分が裸であることなど気にしている場合ではない、と振り返る。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの……!」
アラステアの両肩に手を置いた。
「傷ついた。俺はものすごーく、傷ついたぞ。もう絶対に眠れる気がしない」
「ごめんなさい、お願いだから機嫌を直して!」
「今日も俺は眠れないんだろうなー……。あーあ……」
リオノーラは俯いた。もしも彼が今夜眠れなければ、間違いなく自分の責任だと。だがどうすれば彼は機嫌を直してくれるのか。
「ア、アラステア……」
リオノーラはアラステアの頬に両手を添えて少し上に向かせると、彼の額へ口付けをした。
「おま、何を……」
「怒らないで、アラステア。あなたに嫌われたら私……」
泣きそうになりながら、アラステアの頬にも口付けをした。
「リオノーラ……」
「……っ」
彼に嫌われてしまったら、一体どうすればいいのか。
「お前の泣きそうな顔って、何度見てもいいな。もっとそういう顔をさせたくなる」
リオノーラはびくっ、と肩を揺らした。泣かしたくなるほどに、彼は怒っているのだろうか、と。
「そんなに、怒っているの?」
「……、とりあえず、お前にもっとそういう顔をさせたい」
「もっとって……」
「ベッドの上に乗って、座れよ」
「え?」
「なんだよ、俺が眠れるようになんでもするって言ったんじゃなかったのか?」
「言ったけれど……」
ちらっ、とベッドの上を見た。
「どうしてそこで躊躇うんだ?」
「私がベッドの上に座ったら、アラステアは眠れるの?」
「そうだな……、眠れそうな気がしてきたかもしれない」
真顔でじっと見つめられ、リオノーラは従うことにした。寝台に乗ると、中央付近に腰を下ろす。
「これで、いい?」
「ダメだ。全然ダメだ。お前はわかっていない」
「え?」
「脚を開け」
リオノーラは何を言われたのかわからず、耳を疑った。だから、もう一度聞き返す。
「今、何て言ったの?」
「脚を開け、って言った。脚を開くぐらい簡単だから、できるだろう?」
「え、でも……、開いたら大事な部分が見えてしまうわ……?」
「別に見えてもいいじゃないか」
「そ、そんな……」
「俺のことを愛しているのなら、見せられるだろう?」
逃げ場をなくす言葉だった。リオノーラはおずおずと、ゆっくり脚を開く。
「こ、これでいい?」
アラステアがリオノーラの下半身の中央を見つめていた。
「まだダメだ。指で開いて、俺によく見えるようにしろ」
何を指で開くのか、それぐらいはリオノーラでもわかった。そんなはしたない真似を、最愛の人の前でするのは抵抗があった。
「も、もう、許して、アラステア。こんなことをして、本当にあなたは眠れるの?」
「なんだよ、リオノーラ。俺を疑うのか? 俺を信じてくれないのか?」
彼のことは信じている。けれども、この行為が彼の安眠とどう関係しているのか、さっぱりわからないのだ。
「だ、だって……」
「リオノーラ。お前がそれをしてくれたら、寝台に横になって眠れるかどうか試してみるよ」
「う……、わかった」
リオノーラは全てはアラステアのためだ、と勇気を振り絞った。そして脚を開いたまま、両指を秘部へと当てる。
――こんなの、はしたない。
彼に幾度も抱かれた経験はあるものの、それとこれとは別だった。羞恥心を捨てることはできないし、ましてや彼とは久方ぶりに再会したのだ。その彼に最も恥ずべき場所を眼下にさらすなど、リオノーラにとっては気絶してしまいたいほどに恥ずかしいこと。
そうしてリオノーラがゆっくりと花弁を開くと、とぷりと透明な粘液が零れ落ちた。これにリオノーラは驚き、股を閉じる。
「ちが、これは違うのっ! ごめんなさい、アラステア、ごめんなさいっ」
情けなかった。疲れているであろう彼の前で、醜態をさらしてしまったことが。彼を心配しているのは本当なのに、躰は意志とは関係なく反応してしまったからだ。
――こんな私、アラステアに嫌われてしまう……っ。
ついに堪えきれず、涙がこぼれてしまった。アラステアは寝台へ上がると、リオノーラの顎を持ち上げて、唇へそっと口付ける。
「俺に見られているだけで、濡れたのか? へぇ……?」
「ちが、違うの……っ、誤解なの」
「何が誤解なんだ? そもそもこんな夜更けに俺の部屋に来るなんて、好きにしてください、と言っているようなものだと思うが」
「私は、アラステアの体調を心配しているのっ。その気持ちに嘘はないのに……」
これではまるで、彼とふしだらな行為がしたいが為に部屋へ訪れたようだった。リオノーラにそんな不純な想いは全くない。確かに、寂しくて彼の顔をもう少しだけ見られたらいいな、という感情はあったかもしれない。だが、婚儀まではキスぐらいにとどめるべきだ、と本気で考えている。
「俺はいいと思うぜ。むしろ、もっと濡れればいいって思っているぐらいだ」
「……え?」
アラステアはリオノーラの首筋へと顔を埋めた。何かが首筋へと当たり、思わず身を竦めてしまう。それが彼の舌だと気付いたのはすぐ。
「そんな格好をして、俺に襲われないって本気で思ったのか? だからお前は鈍いんだ。鈍すぎて、目が離せない」
鈍くないと反論しようとしたが、アラステアの手が胸に触れた。乳房を包み込むように当てられたかと思えば、やわやわと揉まれてしまう。
「っあ……、やだ、アラステア。何をしているの……っ」
「言っただろう? お前が下半身の間を見せてくれたら、俺も試しに眠れるかどうか横になるって。今から横になるんだよ」
「だ、だったら、こんなことをする必要なんて……、んくっ」
耳に軽く噛みつかれ、びりびりとしたものが全身に走った。耳殻を唇で食まれ、ゆっくりと上下されてしまう。
「お前って耳が弱いな」
耳元で囁かれて、リオノーラはふるふると首を振った。
「そんなこと……」
ないと言う前に、耳孔に舌を入れられた。くすぐったさにも似た奇妙な感覚を与えられてしまい、リオノーラは逃げようとした。だが腰がわずかに引けたところで、あっさりとアラステアによって組み敷かれてしまう。
「どうして逃げるんだ?」
「えぇ……?」
「逃げてもいいだなんて、俺は許可していないぞ?」
「アラステアに許可をとらないと、いけないの?」
「当然だろう? ここは俺の部屋で、お前は俺のものなんだから。お前はもっと俺のものだという自覚をしろ」
「わ、わかってる……。私はアラステアのものだって」
「そうか。いい子だ」
いつの間にか、編みこんでいた髪がほどかれていた。アラステアはリオノーラの髪に指を絡ませ、楽しげに微笑んでいる。
「アラステア……」
「お前が可愛すぎて、頭の中がどうにかなってしまいそうだ」
どきり、と心臓がはねた。それとほぼ同時に、リオノーラはアラステアによって胸の先端を指でつままれてしまう。
「ひゃ……っ、なに……?」
「いや、なに。ここが尖って、俺につまんでほしそうに主張しているから」
「主張してな……、やあぁ……っん」
胸の先端を指で捏ねられただけなのに、腰がびりびりと痺れた。
――こんなことをされただけで気持ちいいって感じてしまうなんて……っ。
緩急をつけて巧みに胸の先端を触られた。時折わずかに痛みを感じるほどの強さを加えられ、リオノーラは股の間が先ほどよりも潤うのを感じてしまう。
「どうしたんだ、リオノーラ。まさか、たったこれだけしかしていないのに感じているのか?」
驚いたな、と言わんばかりの口調ではあるが、彼の表情を見れば嘘だとわかった。彼は、明らかにわかった上でやっているのだ。
「も、やだ……っ、そこだけ、攻めないで……っ」
「『そこだけ』攻めるのが嫌なのか? お前は我儘な奴だな。他の場所もやってほしいだなんて。あぁ、でも俺は優しい男だからな。お前がしてほしいと言うのなら、してやろう」
「ちが、そんなこと、言ってな……」
今度は両胸を大きな手のひらで包み込まれ、そのまま揉まれた。自分で触れてもどうということのない部分のはずなのに、彼に触れられると頭の中が白くなってしまうのだ。リオノーラは完全に翻弄されてしまう。
――お腹が、熱い。こんなことをされたら余計に……っ。
内部から膣口を通って蜜がこぼれてしまうのが、はっきりとわかってしまった。触れられてもいない秘部がひくつき、空気にさらされているだけで感じてしまう。
「ぅぁあ……ん……、は……っ、アラステア……っ、アラステア……ッ」
肌が段々とピンク色に染まった。アラステアは揉むのをやめ、リオノーラの胸の先端を唇に咥える。
「綺麗な胸だな。お前の躰は全部綺麗だ」
「き、綺麗なんかじゃ……」
「ずっと眺めていたいぐらいに、俺はお前の躰を気に入っている。触り心地もいいし、ここも柔らかくて好きだ」
胸をしゃぶられて、リオノーラはぞくりとした。咥内で胸の頂を愛撫され、身をよじってしまう。だがそれを、アラステアの手によって阻まれた。
「アラ、ス……ッ、ふぁあ……っ、吸わないでっ」
舌で先端の周囲をぐるりと舐められ、逃げたくなった。だがアラステアの腕力に敵うわけもなく、リオノーラの胸は彼に蹂躙され続けてしまう。
「いい顔をしてきたな。気持ち良すぎてぼうっとしてきたか?」
否定できなかった。なぜなら、アラステアの手がぐしょぐしょに潤った場所へと触れたからだ。
「や……、そこはダメッ!」
躰を起こそうとしたが、彼がいるためにできなかった。無情にも隠しておきたかった部分に触れられてしまい、リオノーラはくらくらしてしまう。
「あぁ、凄く濡れてるな。しかも、ヒクヒクしているし。胸を触っていただけなのに、ここも感じていたのか? ん?」
違う、違う! とリオノーラは首を振ったが、全て彼の言うとおりだった。リオノーラはアラステアに胸を揉まれただけで、吸われただけで、感じてしまっていたのだから。
「こ、こんなふしだらな私、嫌になった……?」
涙声でそう問いかければ、アラステアは朗らかに微笑んだ。
「逆だろ。余計にお前が愛しくなった」
唇へ口付けがされ、その直後――、アラステアの指がリオノーラの秘部をかき分けた。くちゅりという音とともに、アラステアの指が襞を優しくなぞり上げる。
「ぁああっ、や、アラステア、だめっ、そこは……ぁあ!」
聞こえないとばかりに、アラステアはリオノーラの襞を幾度も往復した。それだけでリオノーラの膣口から蜜がいやらしいほどにこぼれ、臀部のほうまで濡らしてしまう。
「何がダメなんだ? 俺にはさっぱりわからないから、教えてくれ。……まぁ、できるなら、の話だが」
アラステアの指が花芽に当たった。それだけでリオノーラの思考は停止してしまう。腰を引かせようとしたが、遅かった。アラステアはリオノーラの花芽をゆっくり指で淫らに捏ね始める。
「ふあぁっ!」
もうとっくに膨れ上がっていた花芽は、少し触れられただけでも鋭い快楽を与えた。本来ならばすぐに高みに達するはずだが、そうはならなかった。理由は、アラステアがリオノーラを簡単に楽にはさせないとばかりに、焦らしてきたからだ。
「なぁ、リオノーラ。どうしてほしい?」
「どうし……?」
呂律がうまく回らず、やや幼い口調になってしまった。
「このまま、もっと触ってほしいか? 可愛くおねだりできたら、続けてやるぞ?」
そんなおねだりなどできるわけがない、とリオノーラは無言で首を振った。だがそれを咎めるように、アラステアが花芽に触れるのをやめてしまう。
「……っ」
まるで地獄のような疼きが残された。リオノーラの花芽は充血しており、いつ高みに達してもおかしくない状態なのだ。
「ほら、リオノーラ。俺にお願いをしてみろよ。簡単だろう?」
リオノーラは半泣きになりながら、恥ずかしさを堪えて口を開いた。
「し、して」
「何を?」
「アラステアに、触れてほしいの」
「そんな頼み方じゃ、触ってあげられないな」
ならばどうすればいいのか。リオノーラは困り果ててしまった。いっそ自分で触ろうかと手を伸ばすが、その手はアラステアによって阻止されてしまう。
「うずうずして、気持ち悪いの……っ。お願い、アラステア。私のこの火照りを鎮めて。アラステアに、してもらいたいの……っ」
「へぇ?」
「ねぇ、アラステアってばっ、アラステア……ッ。 お願いだから、ここでやめないで」
「じゃあ、俺のことを大好き、って言ってみろよ」
「大好き……っ、アラステアのこと、大好き!」
躊躇いもなく口にすれば、アラステアは一瞬硬直した。
「……くそ、なんでお前、そんなにも可愛いんだよ」
「え?」
「お前はちょっとは反省しろ。俺を困らせた罰だ」
一体なんの罰なのか。リオノーラは抗議しようとするも、膨れ上がった花芽をアラステアによって容赦なく刺激を与えられた。
――そんなに強引にされたら……っ。
身構える暇もなく、高みに達してしまった。それとともに躰が弛緩しそうになるが、アラステアは花芽を弄るのをやめなかった。膣口と花芽の中央を指で往復し、リオノーラへと更なる快楽を与えようとする。
「や、もう、む……り……っ」
「気持ちいいんだろう? ほら、抗うな」
恐ろしいほどの快楽を与えられ、リオノーラの目尻からポロポロと涙が零れ落ちた。敏感な場所を、アラステアは容赦なく触れるのだ。
――気持ちいいけど、怖いっ。
熱の塊が下半身へと集中した。ヒクヒクと痙攣しているのに、彼はまだやめてくれない。
「ひあぁっ!」
一際甲高い嬌声をあげると、漸くアラステアはリオノーラの大切な部分から手を放した。
「あーあ、こんなにべとべとにして。お前って本当に、いやらしいよなぁ」
アラステアの手が、リオノーラの蜜で濡れていた。リオノーラはあまりにも恥ずかしすぎて、今すぐ部屋を飛び出したくなってしまう。だが彼に散々喘がされたせいで、体がくたくただった。息が乱れ、動くことなどできない。
「ご、ごめんなさ……、ごめんなさい、アラステア。はしたなくて、ごめんなさい……」
「安心しろ。俺はお前のそういう部分も愛しているからな。もっと俺の前で乱れて、俺が与える快楽に溺れればいい」
リオノーラは胸がぎゅっとなった。はしたない部分もみっともない部分も、全て受け入れてくれるアラステア。
「アラステア……、大好きよ」
「あぁ、俺も大好きだ。さて、そろそろ運動をしようか」
リオノーラはちらっ、と窓がある方へ視線を向けた。青色の天蓋布があるために、窓を確認することはできない。
「……今から外へ行って運動をするの?」
「そんなわけないだろう。ここで運動をするんだ」
アラステアはリオノーラの脚の間に腰を沈めた。
「ま、待っ……」
「待たない」
脚を抱えられ、リオノーラは息を詰まらせた。彼の下半身にあるものがちらりと見えるが、とても膨張していたのだ。
「だ、だめよ、婚儀まで、こんなの……っ」
「お前は悪くない。悪いのは我慢できないこの俺だ。だから、後で俺を存分に怒ってくれていい」
リオノーラとて、彼に抱かれたくないわけではない。むしろ、彼とは肌を重ね合わせたいと思っている。離れて暮らしている間、どれだけ心細かったか。
「アラステア……」
「入るぞ」
リオノーラの体の中央へ、太くて熱い杭が侵入した。
「っぁぁああっ」
潤いに満ちたそこは、アラステアのものを難なく受け入れた。彼のモノは激しく猛っており、リオノーラの奥まで一気に侵入を果たす。
――アラステアの、大きいっ。
膣内(なか)が来るしかった。だがそれも、二度三度と往復するまでのこと。余分な力が抜ければ、スムーズに抽挿が行われた。
「あぁ、動くな」
腰をつかまれて、中を大きくグラインドされた。リオノーラの蜜壁はそれに反応するかのように、うねってしまう。
「ひゃぅ……っ、んぅう」
頭がどうにかなってしまいそうなほどの酩酊感に、リオノーラはくらくらしてしまった。彼の杭が中を打つ度に、恐ろしいほどの心地よさで全身が支配されてしまうのだ。
――ぐちゅぐちゅ言ってる……っ。
蜜壁とアラステアのモノが擦れ合って、卑猥な音を立てていた。その音がリオノーラをより一層官能の世界へ誘う。
「ハッ……! 気持ちよさそうな顔をしやがって。そんなに俺のがいいのか?」
否定できなかった。アラステアに穿たれるほどに、全身が蕩けそうな感覚に陥ってしまうのだ。
「アラ……、あぁんっ……、ふ……ぅ、あん……っ」
呼吸も満足にさせてくれないほどに、激しく幾度も奥を打たれた。結合部分はアラステアの液とリオノーラの液で、既にドロドロの状態。
――気持ち良くて、もう何も考えられない……っ。
膣壁が蠕動していた。彼のものがもっと欲しいと訴えるかのように、締め付ける。
「リオノーラ……ッ」
「あ、あぁっ、……んぁあ、ぅうっ!」
更に加速した。
リオノーラは喘ぐことしかできず、彼によってどんどんと高められていってしまう。
そうしてこれ以上はもう無理だと思った刹那。
酷く感じてしまう部分を探り当てられた。アラステアはそれを感じ取ったのか、意地の悪い笑みを浮かべる。
「ここか」
肯定も否定もしていないにも関わらず、彼は的確にその部分を攻めた。リオノーラはそれまで以上によがってしまう。
――ひどい、アラステア、ひどい! 私が感じる場所、わざと……っ。
強すぎる快楽は、苦痛でもある。暴力的なまでに一気に絶頂へと引き上げられ、リオノーラはぼろぼろと涙をこぼしてしまう。けれども、彼はまだ止まらない。
「や、あんっ、ぁぅ、っあ!」
際限などないかのように、彼はリオノーラの体に己の杭を打ち続けていた。リオノーラにはもう、考える余裕もない。彼に与えられる淫楽に、ただただ溺れるしかない。
そうしてリオノーラが二度目の絶頂を迎える瞬間。
アラステアのモノも胎内で爆ぜた。
リオノーラはぐったりとし、寝台の上で動けなくなってしまう。呼吸は乱れ、意識も朦朧としてしまう。
――アラステア、いつもよりも力強かった。
これほどまでに疲れたならば、彼も眠ってくれるだろうか。
リオノーラは瞼を閉じてしまいそうになった。けれども、ぺちぺちとお腹を軽く叩かれてしまう。
「おい、リオノーラ。四つん這いになれ。今度は後ろからするから」
「……え?」
遠ざかっていた意識が急激に引き戻された。否、青ざめた、と言ったほうが正しかったのかもしれない。
「こんなのじゃ全然満足できねえよ。もっとしたい」
「む、無理よ……」
「俺をもっと運動させて疲れさせてくれ。でないと、ちっとも眠れる気がしない」
「そんな……」
リオノーラは半べそをかきつつ、アラステアの要望に従うことにした。全ては、彼を眠らせたいがために。
この後、リオノーラはアラステアに収まらぬ欲望に付き合って朝まですることになるのだが、また別の話である。
アンカー 1
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