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二度目のキス
「おい、リオノーラ、いい加減起きろ!」
大声で呼びかけられると同時に、体を揺さぶられた。リオノーラははっとして目を覚ます。
「……っく」
すぐに体が動かなかった。全身が強張って、手足もとても冷たい。
「やっと起きたか」
誰かがリオノーラの顔を覗き込んだ。リオノーラは悲鳴をあげそうになるものの、それがアラステアだとわかって堪える。
「アラステア……? どうして私の寝室にいるの?」
アラステアは片眉を持ち上げて、怪訝そうにした。そしてリオノーラの額を小突く。
「まーだ寝ぼけているのか? ここは、俺の部屋だぞ」
「え?」
リオノーラは体を起こした。見覚えのない、とても大きな寝台。銀の刺繍がされた天蓋からはサテンの布が垂れており、寝台の四方の柱に紐で結ばれている。部屋の中央に置かれている八角形のテーブルはクルミ材だが、その天板にはローズウッドの化粧張りが施されている。部屋の柱や壁などは樫の木であり、木目が綺麗だった。
「……じゃあ、このベッドはアラステアの……?」
アラステアは寝台へと腰かけた。その重みで寝台がやや軋む。
「あぁ。昨日湖の傍で居眠りしていたお前を、この俺がここまで運んでやったんだ。感謝しろ。むしろ崇めてもらいたいぐらいだ」
「そうだったの。ありがとう。そして、ごめんなさい。あなたのベッドを独占してしまって。アラステアは昨日、どこで眠ったの? 客室?」
「ハッ。そんなわけがあるか。お前の隣で眠ったに決まっているだろ」
「え?」
アラステアはニヤリと口元に笑みを浮かべると、リオノーラへとずいと詰め寄った。そしてリオノーラの唇へ人差し指をあてると、一直線にゆっくりとリオノーラの胸の上までなぞっていく。
「誰が、この服を着替えさせたと思う?」
着用した覚えのない、それどころか明らかに自分のものではない薄い絹のシュミーズを身に着けていた。リオノーラは寝衣姿だということに当惑してしまう。
「あ、あの、これ……」
「ドレス姿だと寝にくいだろうと思って、わざわざこの俺が直々に着替えさせてやったんだ。礼の一つぐらいあってもいいと思うがな」
「え! あ、その……、あ、ありが、とう……?」
リオノーラは思考がついていかなかった。勝手に服を着替えさせられるなど失礼もいいところなのだが、彼が心からの善意でしたことであるならば怒ることができない。しかし今はそれよりも、アラステアに見られていることの方が恥ずかしかった。両手で胸の前を隠そうとするのだが、それを阻むようにアラステアがリオノーラの両胸を手で掬い上げる。
「まったく、体は細いくせに、ここだけ無駄に贅肉がつきやがって」
「や、やだ、アラステア……っ、なにするのっ!」
胸を指で揉まれて、リオノーラは顔が赤くなった。逃れようとするが、それを咎めるようにリオノーラの胸の先端を抓む。
「惜しむような胸でもあるまいし、拒むんじゃねえよ」
「ひゃ、ぁあ……っ!」
リオノーラは変な声が出たことが恥ずかしくて、唇をぎゅっと閉ざした。アラステアは楽しそうに笑いながらも、リオノーラから体を離す。
「ったく、子供みたいな寝顔で眠っていたかと思えば、急に色気づきやがって」
「……え? なんて?」
「なんでもねえよ。……あぁそうだ。お前に言っておくべきことがある」
軽く首を傾げたリオノーラへ、アラステアは真顔で振り返った。
「この俺と結婚して妻になるからには、条件がある」
「条件……?」
「あぁ。まず一つ目、俺の言うことには逆らうな。二つ目、口ごたえもするな。三つ目、俺に愛を求めるな。以上だ」
無茶苦茶な要求だった。だがリオノーラはアラステアの妻とならなければならない。これは家同士の結婚なのだから、自身の勝手な我儘は許されないのだ。
「わかった……」
「結構。では俺は先に行く。一日中寝ていられるお前と違って、俺は忙しいからな」
リオノーラは部屋を出て行こうとしたアラステアを呼び止めた。
「待って、アラステア」
「なんだ」
扉の手前で停止したアラステア。リオノーラは目線を下げて、慎重に言葉を選ぶ。
「ルパート様のこと、半年前に亡くなっていたって知らなくて、ごめんなさい。アラステアからすればお兄様だし……。その、私でよければいつでも相談にのるから」
亡くなったルパートのことを想って、リオノーラの頬に涙が伝った。アラステアは気まずそうに後ろ頭を掻き、顔を顰めて舌打ちをする。
「俺よりも、お前のほうが精神的に辛いだろ。許婚だったんだから」
「ご、ごめんなさい……。泣いたりして……」
「当然の反応だろ。謝らなくていい。それじゃあ、俺は先に行く」
アラステアは部屋を出て行ってしまった。リオノーラは気持ちが沈んでしまい、アーチ型の窓のそばにあるコンソールテーブルへと目を向ける。その上には白い花瓶が置かれているのだが、アプリコットの花が飾られていた。淡紅色の花が枝に幾つもついており、非常に可憐である。
「侍女の方が飾ったのかな……」
その花を見ているだけで、気持ちが和んだ。しかしながら、すぐに我に返る。なぜ、自分は彼の部屋で寝かされたのか。しかも、彼は言っていたのだ。リオノーラの服を着替えさせた上に一緒の寝台で眠った、と。昔から彼は自分に嫌がらせをするのが好きだったが、全く変わっていないのだと気分が滅入ってしまう。
「アラステア……」
リオノーラは、七年前に崖から落ちた。だが目を覚ました時にはドゥヌカ城の客室であり、怪我一つ負っていなかったのだ。その後故郷へと戻ったのだが、暫くしてアラステアが隣国へ勉学のために旅立った、という話をきいた。それから幾度かドゥヌカ城へ招待をされたが、リオノーラは体調が優れないだの、足を捻挫してしまっただの、様々な理由をつけて断ったのだ。しかしながら、今回は断ることができなかった。理由は、挙式についての話し合いをする予定だったからである。
だというのに――。
「どうして、アラステアと結婚をすることになってしまったの……」
声変りをして、背も伸びて逞しくなった彼。リオノーラは、大人になった彼とどう接していいのか未だにわからないのだ。
「リオノーラ様、失礼いたします」
ノックとともに、誰かが部屋へと入ってきた。鮮やかな青緑の瞳を持ち、琥珀(アンバー)の長い髪を持つ女性である。肌はとても色白であり、唇は薔薇のようだった。睫毛はとても長く、そこに立っているだけで気品と色香が漂う。正に、目を奪われずにはいられないほどの美人。彼女は、リオノーラよりも少し年上に見えた。
「あなたは……」
焦げ茶色のお仕着せを着ていることから、ドゥヌカ城に仕える使用人なのだと一目でわかった。
「初めまして、リオノーラ様。本日よりリオノーラ様の身の回りの世話をさせていただくこととなった、シルヴェストルと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「は、はい、よろしくお願いいたします」
シルヴェストルはリオノーラへと親しげな笑みを浮かべた。その表情に、どういうわけかリオノーラは彼女に既視感を覚えた。昔どこかで会ったことがあるのではないかと考えるのだが、シルヴェストルは『初めまして』と言ったのだ。リオノーラとしても彼女とどこで接点があったかなどわからないため、彼女を知っているように思ったのは気のせいだと結論付ける。
「それでは、お着替えを致しましょう。その後は朝食ですよ」
「え? あの、私、着替えの服なんて」
「ご安心ください。リオノーラ様のお荷物は、カーラ様がこちらへお送りくださっています」
母のカーラの顔を思い出して、リオノーラは今一度自らの状況を思い知った。そうなのだ。アラステアと一緒に暮らすようにと、置いて行かれてしまったのだ。
シルヴェストルは、アラステアの部屋にある衣装箪笥(ワードローブ)から、さも当然のように淡い紅色のドレスを取り出した。リオノーラは目を疑ってしまう。
「どうして、アラステアの部屋に、私の服が」
「こちらのお部屋で一緒に生活をする、と伺っておりますが……」
「まさか!」
「そうなのですか?」
リオノーラはシルヴェストルに手伝ってもらいながら、ひとまずその衣服を着た。
「ありがとう、シルヴェストル」
シルヴェストルは頬を少し赤くして喜んだ。
「リオノーラ様にお仕えできて光栄です。私ごときがこんなことを申し上げるのは差し出がましいかもしれませんが、何かあればご相談にのります。ですから、一人で悩まないでくださいね」
ドゥヌカの城では特に親しい人物もいないため、一人だと思っていた。だが、こうして親身になってくれる人もいるのだと、リオノーラはほっとする。
「……そういえば、コリーンは? ルパート様のお世話をされていた侍女のことだけれど」
「コリーンという方は、半年前に仕事を辞めましたわ。私はその方の入れ違いで入ってきたので、詳しいことは存じ上げないのですが……」
「そう……」
ルパートが亡くなったことが、傷心となってしまったのだろうか。リオノーラはシルヴェストルに髪を櫛で整えてもらいながら、ぼんやりと考える。
「綺麗な御髪(おぐし)ですね。せっかくですから、この髪をおろしたまま、髪飾りをつけましょうか」
「ううん、髪の毛は編みこんで、全てアップにしてもらってもいい?」
「あら、勿体ないですね」
「自分の髪色は、好きじゃないの……」
脳裏に浮かんだのは、昔ルパートがコリーンの金髪を褒めていたこと。それが、ずくりとリオノーラの心に痛みをもたらす。
「私は、大好きですよ。リオノーラ様の髪。朝露に濡れた花のようで」
シルヴェストルはリオノーラの髪の毛を編みこむと、結い上げた。
「ありがとう、シルヴェストル」
「お役に立ててよかったです。それでは、朝食へ参りましょうか」
「はい」
シルヴェストルに案内をしてもらい、一階にある食事を行う食堂へと入った。招宴などで用いる広い部屋ではなく、近親者のみが使用する食堂である。凡そ十人は食事ができる大きなテーブルには、リネンのテーブルクロスがかけられていた。その上に等間隔で燭台が置かれており、吹き抜けになった天井には硝子で作られたシャンデリアがぶら下がっている。窓から差し込む光が室内を明るく照らしており、外に広がる庭園が見渡せた。
「なんだ、もう来たのか」
先に食事をしていたとみられるアラステアがいた。パンを口にしながらも、視線だけははっきりとリオノーラを捉えている。リオノーラはアラステアの正面にあるスズランの浮彫が背もたれに施された椅子へ案内をされると、そこへ着席した。
「ねぇ、アラステア。私、ここで何をしたらいいのかしら。あなたもこんなことになって、戸惑っているわよね?」
アラステアは背後に立っていた使用人とみられる青年を呼び寄せた。灰色の髪の毛は後ろに流しており、切れ長の瞳は銀色である。他の使用人は男女問わず焦げ茶色のお仕着せで統一されているに対し、彼だけは濃い灰色の胴着を着用しており、シャツも薄い灰色だった。そして、リオノーラが暮らしている国では見たことがない容姿であることから、異国の者だとすぐにわかる。
「セドリック。あれを」
「畏まりました」
セドリック、と呼ばれた青年は飾り棚の上に置かれていた一冊の分厚い本を手にすると、それをリオノーラまで運んで差し出した。リオノーラはそれを受け取ると、背表紙を確認する。
「家政書(ハウスブック)……? え? これは、一体なんなの?」
アラステアがにっこりと微笑んだ。
「若い花嫁が家政を切り盛りするための心得が記されている、手引書だ。暇ならそれを読んでおけ。晩餐会の立案の仕方からハーブの育て方に至るまで様々なことが書かれている。それをよく読んで、俺に恥をかかせない立派な妻になってくれ」
リオノーラは呆然とした。リオノーラはこれで、公爵家に嫁ぐ身として幼い頃からそういった類の教育は嫌というほどさせられてきたのだ。今更本を読むまでもない。
「ば、馬鹿にしないで。どこに嫁いでもいいように、きちんと花嫁教育は受けているわ」
リオノーラが悔しさを露わにしながら言えば、アラステアはより一層笑った。
「くくっ、そうか。せいぜい俺のために尽くしてくれよ」
アラステアは口元をフキンで拭うと、席を立ち上がった。そのまま、セドリックを伴って食堂を出ていく。リオノーラは両手にある本を見て、また彼にからかわれているのだと考える。少し本をぱらぱらと捲ってみるのだが、手書きで文字が添えられていた。晩餐会のページには、食器の数や指示の出し方が事細かに記されている。他のページにも、ドゥヌカ城の部屋の数や、城にある絵画や彫刻品の説明も書かれていた。来客者が質問をした際、城主の妻が答えられないようでは困るからだろう。
「これ、アラステアが……?」
わからないことがあった際、本を読めば大体わかるように注釈がついていた。リオノーラは、彼に礼も告げず悪いことをしてしまった、と反省する。
「とても素敵なお方ですね、アラステア様って」
シルヴェストルが厨房より焼きたてのパンと野菜のスープや果物を運んできた。リオノーラは眉を寄せてしまう。というのもリオノーラの前では常に捻くれているからだ。
「そう、かしら……」
「城中の噂になっていますよ。隣国のフレリンドと我が国ラインハルデとの交易を成功させ、そのことで国王から勲章と伯の爵位を授かったんですから。ここから南方に土地を与えられて、立派なお邸も所有しているそうですよ」
「え? 誰が?」
「アラステア様です。今やアラステア様はこの国になくてはならないお方。様々な異国の珍しい交易品を取り寄せ、この国を豊かにしているんです。本当に、立派なお方です」
リオノーラは知らなかった事実に目を丸くしていた。通常、親からの財産は、長男が継承するのだ。次男や三男は娘しかいない家へ婿養子として行くしかなく、それができなければ聖職者になるか、恥を忍んで長男に養ってもらうしかない。そしてアラステアも次男であったことから、そうなる運命だったのだ。だが、今や伯爵の爵位があり、立派な邸まであるという。
「アラステアが……」
リオノーラは本をぎゅっと抱きしめた。
朝食後、リオノーラはシルヴェストルと一緒に庭園を散歩することにした。大きな湖もあることから相も変わらず優雅な庭園だが、とある植物が至る所に植えられているのを知る。通常はハーブガーデンに植えられる植物であり、万能薬として知られていることから家庭薬として重宝されている物。
「ここにも、ベトニーがある」
黄緑色をした鋸状の葉が地面から生えていた。シルヴェストルは少し離れた場所からその植物を眺める。
「ベトニーは傷薬や消化不良、頭痛などに効くとされていますが、もう一つ効果があるんですよ」
「他にも効果があるの?」
「はい。ベトニーには、魔除けの効果があるんです。なので、昔から教会の敷地に魔物が寄り付かないように植えられたり、お守りとして持ったりするんですよ」
「でも、ここは教会ではないわ」
シルヴェストルは北を向いた。城壁の向こう側に広がるのは広大な森。
「この城のすぐ近くには、黒い森がありますからね」
「黒い森……?」
「はい。古来より魔女と妖精達が住む、禁忌の森。ですから、悪い魔女が入り込まないようにベトニーがたくさん植えられているんでしょう。リオノーラ様も、あの森へは決して足を踏み入れてはいけませんよ」
リオノーラはその話をもっと詳しく聞こうとした。だが、木々の茂みの奥より聞こえてきた誰かの会話に、つい耳を澄ませてしまう。
「知ってる? アラステア様、王家の姫との縁談話を断ったそうよ」
どうやら、城に勤めている侍女のようだった。二人の侍女は花壇の傍で休憩をしているらしく、会話に花を咲かせている。
「そうなの? アラステア様がとても女性から人気がある、っていうのは知っているけれど」
「そりゃあ、あの顔とスタイルだもの。おまけに自らの力で爵位と栄光をものにした、将来有望なお方だし。女性達が放っておくわけがないわ。でも姫君との縁談を断るだなんて」
「……今回の縁談、アラステア様は嫌々結婚をするんじゃないのかしら。お父様であるグレンヴァース公爵様のお顔を立てて……」
「そうかもしれないわね。だって、ねぇ? お兄様のお下がりだなんて、普通は嫌でしょうし」
リオノーラはそれ以上聞くことができず、音をたてないようにその場から立ち去った。後ろをついてきているシルヴェストルは、とても心配そうにする。
「リオノーラ様、先ほどの話は気にしないほうが……」
「平気です」
そう言ったものの、リオノーラの顔色は優れなかった。
夕方になり、リオノーラは一人で客室にいた。城で暫く暮らすことになる以上、自分の部屋は必要である。そのため、客室を借りることにしたのだ。アラステアの部屋の衣装箪笥にあった自分の服や荷物も、全て客室へと移動をさせた。
リオノーラは特に何をするわけでもなく、窓際に椅子を置いてぼんやりと庭を眺めていた。昼間はツグミの鳴き声がどこからともなく聞こえたが、今はただ静かだった。
「はぁ……」
リオノーラが大きな溜息をついたとき、大股で廊下を誰かが歩いてくる足音を耳にした。その足音の主は、リオノーラがいる客室の扉をノックもなしに盛大な音を立てて開く。
「リオノーラ! 一体、どういうつもりだ!」
アラステアだった。彼は室内にいるリオノーラを見つけると、睨みつける。
「な、何を怒っているの?」
「俺の部屋からお前の荷物を移動させていいだなんて、そんな許可はしていない!」
リオノーラはぽかん、と口を開けた。全くもって予想外のことを言われたからである。
「アラステアの部屋に荷物があったら、不便だわ」
「俺の部屋で暮らすんだから、荷物は俺の部屋にあったほうが便利だろうが」
「あ、あなたの部屋でっ? 冗談でしょうっ!」
結婚をするまでは、男女は触れ合ってはいけないのだ。それは常識であり、アラステアもわかっているはず。
「言っただろう。俺の言うことに逆らうな、と。口答えもするな」
「なっ……!」
「荷物は俺の部屋へ運ばせる。来い」
アラステアはリオノーラの手を掴むと、椅子から強引に立ち上がらせた。だがリオノーラはその手を払いのける。
「やめて」
「リオノーラ?」
アラステアは手を払われたことに、わずかに動きを止めた。リオノーラは瞳を潤ませて、俯いてしまう。
「私のことが嫌いだから、あなたがいつも嫌がらせをするのは、知ってる」
「お前、何を言って……」
「家の事情とはいえ、好きでもない女と結婚をしなければいけないあなたの気持ちは、察するわ。でも私だって、突然こんなことになって混乱をしているの。お願いだから、今はそっとしておいて」
「何を拗ねているんだ。俺は忙しいんだから、手間をとらせるな」
理由はわからないが、酷く苛ついた。
「アラステアは、本当はお姫様と結婚をしたかったんでしょうっ! だから、私に八つ当たりみたいに、意地悪をするんでしょう?」
そんなことを言えば、彼が傷つくとわかっていた。リオノーラは恐る恐る彼を見上げるのだが、予想に反して彼は大笑いし始めた。
「っ、はははっ! 俺が、お姫様と? なんだよ、そのバカバカしい発想は。お前、冗談も言えるんだな! くく……っ、息ができない……」
お腹を抱えて尚も笑うアラステアに、リオノーラはむっとした。幾らなんでも笑いすぎではないだろうか、と。
「じょ、冗談じゃ……。そういう話があったって、噂で聞いたもの」
アラステアは前髪をかきあげると、そのままニヤリと強気な笑みを浮かべた。窓から差し込んだ茜色の夕日の光が彼を照らしつけ、リオノーラはどきりとする。
「ふうん。お前、この俺に嫉妬をしたのか」
「え? ちがっ!」
「随分と女らしい部分があるじゃねえか」
ぐいと腰を引き寄せられた。リオノーラは体勢を崩し、アラステアの胸元へ倒れこむ形となる。
「アラス……?」
「少し黙っていろ」
その声とともに、リオノーラの顎が無骨な指で持ち上げられた。そのまま、アラステアの唇によって、自らの唇が奪われてしまう。
「んっ」
唇が、湿った何かで強引に押し開けられた。すぐに彼の舌だと気付き、リオノーラはぎゅっと目を閉じてしまう。反射的に体を引こうとしたが、それを咎めるかのように、強く抱き寄せられてしまう。
――アラステア……。
アラステアの舌は、無遠慮にリオノーラの咥内を掻き回した。ゆっくりと歯列をなぞりあげたかと思えば、今度はリオノーラの舌の付け根へ舌をねじ込む。これに、リオノーラはびくりと体が反応をしてしまった。息がまともにできずに苦しいのに、なぜか腰が痺れてきてしまう。
「なんだよ、感じているのか?」
瞼を開けば、間近にアラステアの愉しげな顔があった。それがとてつもなく恥ずかしくて、リオノーラは目を閉ざしてしまう。すると再び、唇が重ねられた。リオノーラは怯えて自らの舌を縮こまらせていたのだが、アラステアは自らの舌を無理やり絡める。それでもリオノーラが反応しないとわかると、今度はリオノーラの左耳を右手で弄び始めた。
「んっぅ」
彼の男性的な指で耳をなぞられる度に、奇妙な昂揚感が体を支配した。くすぐったいのに、それとは違う感覚がするのだ。
そうして口の中の強張りが解けてくると、アラステアの分厚い舌がリオノーラの舌と絡み合った。耳朶を指で揉まれ、リオノーラは体を震わせる。
――どうして、拒めないんだろう。
本気になれば、彼を突き飛ばすことができるだろう。だが、なぜかできなかった。無理やり口付けをしてきたかと思えば、優しく唇を啄むのだ。それはまるで、触れることを懇願するかのように。リオノーラの頭の芯は蕩けてしまいそうなほどであり、目尻にも自然と涙が浮いてきてしまう。
「……っ」
リオノーラはぼんやりと瞼を開いた。
「アラ、ステア……?」
アラステアは神妙な面持ちで、リオノーラの額へ自らの額を重ねた。
「やっぱり、お前なんか、大嫌いだ」
たった今口付けをされた相手からの言葉。リオノーラはわけがわからず、放心状態となった。
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