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宝石箱
誰にも言えないことをアラステアにされて以来、リオノーラは彼との会話を避けていた。同じ寝室で毎日寝ているにもかかわらず、殆ど目も合わせない生活を送っていたのだ。アラステアもリオノーラと用がある時以外は話しかけてくることもなく、互いに気まずい雰囲気となっていた。
そんな状態が十日以上続いたある日。
リオノーラの元へとセドリックがやってきた。アラステアの身の回りの世話を専属で行っており、アラステアの仕事についても非常に詳しい人物。普段はアラステアと行動を共にすることが多いのだが、アラステアが外へ行かないときは城内で働いているのだ。
「リオノーラ様。カーラ様よりお荷物が届いております。こちらへお運びしてもよろしいでしょうか」
リオノーラが頷くと、室内へと木箱が運ばれてきた。両手で抱えられる大きさであり、八角形のテーブルの上へと置かれる。
「お母様が私に……。何かしら」
リオノーラが箱を開けようとしたところで、視線を感じた。振り返れば、セドリックと目が合う。
「あ、申し訳ありませんでした」
「ううん、いいの。興味深いものでもあった?」
セドリックは少し返答に困っているようだった。だが意を決したようにリオノーラへと話しかける。
「私はアラステア様が留学されていたフレリンド国の王都で出会ったのですが、アラステア様はとても華やかな空気を纏っておられる方なので、いつも周囲に人が絶えませんでした」
リオノーラには、その様子が容易に想像ができた。彼が笑えば周囲の空気が明るくなるのだ。
「アラステア、目立つものね」
「はい。ですが、女性関係での浮いた話はなく、想い人がいるのではないかといつも噂になっておられました」
「想い人……。アラステアに?」
「はい。あの方は気性が真っ直ぐですから、好きな女性に対しても一途なんでしょうね」
リオノーラは、なぜか胸がちくりと痛むのを感じた。アラステアに想い人がいるかもしれないと考えただけで、胸がしめつけられたのだ。しかしながら、どうして胸が痛むのか。その理由がわからない。彼に想い人の一人や二人いても、おかしくはないというのに。
「セドリックは、アラステアが好きな人を知っているの?」
「さぁ、どうでしょうか。アラステア様は私にそういった話はしてくださらないので」
「そう……」
リオノーラは、はぐらかされたように感じた。彼はアラステアが好きな人を知っているのではないのか。そんな気がしたのだ。
「リオノーラ様。一つ、ご質問をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「アラステア様は長らく不眠症だったのですが、夜はきちんと眠っておられるでしょうか」
「え?」
初耳だった。アラステアが不眠症など。
「私がアラステア様に仕えるようになって五年ほどですが、その頃にはもう寝つきを良くする薬を服用しておられました。こちらの城で暮らすようになってからはそういった薬をご所望なさらないので、心配しているのですが」
リオノーラが知る限り、彼は熟睡できているように思えた。だが眠っているように見えて、実は休むことができていないのではないか。そんな不安がリオノーラの心に影を落とす。
「セドリック、ありがとう。教えてくれて。アラステアがちゃんと寝ているか、今日確かめてみるわ」
セドリックはほっとしたようだった。微かに緊張が解けたように見える。
「どうもありがとうございます。アラステア様のこと、よろしくお願い致します。長居をしてしまい、申し訳ありませんでした。それでは、私は失礼致します」
セドリックは扉の前で丁寧にお辞儀をしてから、部屋から出て行った。リオノーラは母のカーラが送ってきた箱を開き、中に入っているものを確認する。
「……これは」
自分の部屋で装飾品入れとして使っていた宝石箱が入っていた。黒檀で作られたその宝石箱には、左側に傷があるのだ。リオノーラがその部分を指でなぞると、懐かしい記憶が蘇る。
――七年前。リオノーラはルパートへ宝石箱のお礼を言うべく、彼の部屋へと赴いた。だがそこで見た光景は、幼い頃には決して理解できないものだった。たまたま通りかかったアラステアによってその場から連れ出されたのだが、なぜか彼は突然怒り出し、宝石箱を地面へと投げつけたのだ。
『なんだよ、こんなものっ!』
宝石箱が地面へ叩き付けられる音が、まだ耳に残っていた。リオノーラとしてもルパートから貰った宝石箱など捨ててしまいたかったが、宝石箱についた傷を見ると心が落ち着いた。まるでアラステアが自分の代わりに怒ってくれたように思えたからである。
「お母様ったら、どうしてこの宝石箱を私に送ってきたのかしら」
リオノーラは宝石箱を両手に持つと、約一ヶ月前に湖の近くでアラステアより言われたことを思い出した。
『残念だったな。お前の許嫁は兄貴じゃなくてこの俺だ。お前はこの俺の妻になる運命なんだよ。どれだけお前が拒もうとな……!』
ルパートから貰った宝石箱を持っていると知られたら、アラステアが非常に不機嫌になる予感がした。怒った彼は何をするかわからないため、できる限りその状況は回避したい。リオノーラはひとまず、その宝石箱を持って衣裳部屋へ移動した。そこに置いてある長櫃を開くと、宝石箱を置く。
「リオノーラ様」
背後から声をかけられて、リオノーラはびくりと体を震わせた。反射的に振り返ると、そこにはシルヴェストルの姿。
「シルヴェストル! どうしたの?」
「申し訳ありません、驚かせてしまったようで。リオノーラ様から言われていた刺繍テーブルをお持ちしました」
「ありがとう、シルヴェストル」
リオノーラは衣裳部屋を出ると、シルヴェストルが用意してくれた刺繍テーブルを見た。三脚のテーブルは円形であり、天板の部分は開閉できるようになっている。中には様々な色の糸が入っており、針や鋏なども収納されている。
「それをどうなさるのですか?」
「アラステアの服の袖がほつれていたから、直してあげようと思って」
リオノーラは刺繍テーブルの前へ椅子を用意すると、衣装箪笥からアラステアの上着を取り出した。それを持って椅子へ着席し、ほつれている袖の部分を見る。
「リオノーラ様は、なんでもできるんですね」
「縫い物は小さい頃から教わっていたから」
「また何か御用がある際は、遠慮なくお申し付けくださいね」
「うん。ありがとう、シルヴェストル」
シルヴェストルは部屋を出て行った。リオノーラは針に糸を通すと、アラステアの服を補修し始めた。特に難しい作業でもないため、比較的短時間で終わるだろう。
――結婚をしたら、こんな仕事も当たり前になるのよね。私、アラステアと本当にうまくやっていけるのかしら。
リオノーラが黙々と作業を進めていると、部屋へとアラステアが戻ってきた。彼はリオノーラを一瞥すると、白い布に草花の刺繍が施された四人掛けの大きなソファーへと座る。そうして、リオノーラの姿をじっと見つめた。リオノーラはその視線を感じとり、緊張をしてしまう。
「あ……っ!」
針を指に刺してしまった。アラステアはソファーから即座に立ち上がり、リオノーラへ駆け寄る。
「どうした、怪我をしたのか?」
「ううん、平気。ちょっと針を刺してしまっただけだから」
「見せてみろ」
アラステアはリオノーラの左手を取り、人差し指に赤い血の点が出来ているのを見た。
「大したことないでしょう?」
「待っていろ。すぐに手当てをしてやるから。確か、応急用の薬箱が……」
箪笥の中を物色し、薬箱らしきものを抱えて戻ってきた。それを刺繍テーブルの上へ置くと、血をリネンの布で拭ってから軟膏を塗る。
「アラステア……」
手当をしてくれているアラステアの手は、震えていた。
「女なんだから、もっと気をつけろ。傷跡が残ったらどうするんだ」
「ごめんなさい……」
軽く包帯を巻かれ、リオノーラは大袈裟だと思った。だがアラステアは薬箱を片付けながらも、まるでリオノーラが大怪我をしてしまったかのように深刻な表情をしている。
「小さな怪我で死ぬことだってあるんだからな」
「針の怪我でも?」
「あぁ。……俺は仕事柄船に乗ることも多いんだが、海上では些細な怪我が元で命取りになることがある。針の怪我でも、大したことないだなんて決めつけないほうがいい」
「うん……。アラステア、手当てをしてくれてありがとう」
アラステアは頷くと、リオノーラの膝上にある服を見た。
「これ、俺の服か?」
「うん。ほつれている部分があったから、直そうと思って。後は糸を結ぶだけだから」
リオノーラは補修作業をやり終えた。糸を切ると、アラステアの服を衣装箪笥へと収納する。
「なんだか、夫婦みたいだな」
ぼそりと、そんな呟きが聞こえた。リオノーラはアラステアへと顔を向けるが、彼は即座に顔を横へ向けてしまう。リオノーラは今の発言を聞き返そうか悩んだが、聞き間違いかもしれないと黙り込んだ。そうしてまたもや気まずい空気になるのだが、アラステアは部屋を出ていくことなく、ソファーへと戻る。リオノーラは意外そうについつい彼を見てしまった。笑うとどこか幼さがあり、人を惹きつけてやまない。けれども、貴族としての高潔さもある。
――アラステアが真剣に愛を告白したら、想い人の心をすぐに射止められるんじゃないかしら。
胸がとても痛むのに、彼がどんな女性を愛しているのかが気になった。
「なんだよ、さっきから俺に見惚れて」
アラステアがリオノーラへと楽しげに話しかけた。
「え?」
「まぁ、仕方ないな。俺はかっこいいからな」
わざとらしく爽やかな笑みを浮かべてみせるアラステア。リオノーラはどう返事をしていいのか困ってしまう。
「その……」
アラステアの顔が見る見るうちに赤くなった。気まずそうに右手で口元を覆って、一度俯く。だがすぐにリオノーラへと非難めいた視線を送る。
「い、言い返せよ! 一人で俺かっこいい宣言をして、恥ずかしいだろうが!」
リオノーラは予想もしない苦情を受けて怯んだ。しかしながら、毅然とした態度で嘘偽りのない本心を述べる。
「だって、アラステアはかっこいいもの。誇っていいと思うわ」
アラステアは余計に顔が赤くなった。耳と首筋まで赤く、俯いてしまう。
「なんなんだよ、お前……。クソッ、腹が立つな……っ。人の気も知らないで」
「え? どうして、腹が立つの?」
「……、いいからちょっと、こっちに来い」
アラステアに呼ばれ、リオノーラは彼の正面に立った。アラステアはリオノーラの手を引っ張ると、そのまま抱き込んでソファーの上へ一緒に寝転ぶ。
「アラステア……?」
彼の体の上へ乗っていた。背中にはしっかりと腕が回されているために起き上がることはできない。
「お前、柔らかいな……」
「柔らかい……?」
「胸」
リオノーラはむっとすると、アラステアの体から離れようとした。だが更に強く抱き寄せられ、より一層彼と密着してしまう。
「アラステア、ふざけないで……っ!」
顔を上げようとして、彼の顔がすぐそばにあることを知った。茶化している空気はなく、ただただ真剣にリオノーラを見つめているのだ。
「お前、いい匂いがするな」
リオノーラの髪の匂いを嗅ぐアラステア。これにリオノーラは体中の血液が沸騰するのではないかと思うほどに、恥ずかしくなってしまう。
「き、きっと、窓際に飾ってあるベルフラワーの香りじゃないかしら」
窓のそばにあるコンソールテーブルの上には、いつも花が飾られていた。ここ二週間ほどはベルフラワーという、淡い紫色の花が小さな花瓶に入って飾られているのだ。五枚の花びらを持つ小さな花であり、見た目はとても可憐。
「そうか? あんな小さな花、匂いなんてしてるか?」
「し、しているわ。あの花に絶対に間違いないんだから!」
ベルフラワーに強い芳香があるとはリオノーラも思わなかったが、そういうことにしておいた。
「ふーん……、ベルフラワーねぇ……」
「アラステアは、知ってる? 窓際の花瓶の花が、いつも誰かによって飾られていること。シルヴェストルが飾ってくれているのかな、って聞いてみたんだけれど、シルヴェストルは違うって言っていたの。他の侍女や執事にも聞いてみたけれど、違うって言われて」
「妖精か小人の仕業じゃないのか?」
「本気で言っているの?」
「あぁ、本気だ」
間髪を容れずに答えた彼に、リオノーラはくすくすと笑ってしまった。それを見たアラステアは、ほっとしたように穏やかに目を細める。
「やっと笑ったな」
「え?」
「なんでもない。とりあえず、俺はちょっと寝るから、お前はもう黙れ」
「アラステア? あの、解放してほしいんだけれど……」
アラステアによってしっかりと背中に手が回されているせいで、リオノーラは動くことができなかった。だがアラステアはそんな声は聞こえていないとばかりに、目を閉じてしまう。
「アラステアってば……」
やがて、寝息が聞こえてきた。リオノーラはハッとすると、身動きをしないようにじっとする。
――アラステア、寝てる……?
眠っているフリなどではなく、彼はきちんと寝ていた。
――私を体の上に乗せたままで、重くないのかしら。
仕事で疲れている彼を休ませてあげたいというのに、彼の手はまるでリオノーラのことを手放すまいとするかのように、はずれる気配がない。仕方がないため、リオノーラもアラステアの体に寄り添って目を閉じた。
――きっと、住み慣れた城に戻ってきて安心したのね。
おそらくそんなところだろう。だから、勘違いをしてはならない。自分がいることで彼に安心感をもたらしているなど。
――それにしても、よく眠ってる……。
はっきりとアラステアの匂いがわかり、鼓動が速くなった。柑橘と爽やかさと苦みが混じったような、男性の香り。そうしてリオノーラは、彼に口付けをされたことなどを思い出してしまった。なぜあんなことをしたのか。
「……アラステアと一緒にいると、いつも心が掻き乱されて、平静じゃいられなくなる」
自分で自分のことがわからなくなりそうだった。
先に目を覚ましたのはリオノーラだった。窓の外は薄暗く、もう間もなく夜になることがわかる。リオノーラの背に回されていたアラステアの手は緩んでおり、彼の眠りは未だ覚めそうにない。
――やっぱり、寝てる。
リオノーラはアラステアを起こさないように離れた。喉が渇いたためにテーブルの上にある水差しを手にするが、中は空っぽだった。リオノーラは足音をたてないように部屋を出ると、水を貰いに行こうと廊下を歩き始める。その間に考えるのは、アラステアのこと。彼と気まずい関係だったのだが、久方ぶりに普通に話すことができたのだ。リオノーラはこれからどうなるのかと憂鬱だったが、彼との未来に希望が芽生えていた。
「何とか、なるわよね」
リオノーラが廊下の角を曲がろうとしたところで、リオノーラは足を止めた。なぜなら、知っている名前が聞こえてきたからである。
「ルパート様とコリーンの行方、まだわからないそうね」
侍女と執事が廊下に立って話をしていた。
「実のお父様のお金を持ち出して、二人で駆け落ちなんて……。今どこでどうしているのやら」
「もしもリオノーラ様がルパート様が生きていることを知ったら、とても傷つかれるでしょうね……」
リオノーラは、どういうことだろう、と思った。リオノーラは、ルパートは亡くなった、と聞いている。だが、二人の会話ではルパートは存命しているらしく、それどころか。
――駆け落ち?
話をしている二人に気配を悟られぬように、リオノーラはそっと廊下を引き返した。だが自分の心臓の鼓動がとてもうるさく、手にも汗をかいてしまう。そうして自分でもどう歩いたのかわからぬままに、リオノーラはアラステアの部屋へと戻ってきた。静かに扉を開けて中へ入るのだが、燭台の蝋燭に火が灯っていて明るかった。ソファーで休んでいたアラステアが目を覚ましており、テーブルの前に背を向けて立っている。
「アラステア……、起きたの?」
アラステアが振り向いた。
「これ、どういうことだよ。なんで、長櫃に入っていたんだ?」
テーブルの上に、宝石箱が置かれていた。母のカーラが送ってきた宝石箱であり、ルパートより貰ったもの。リオノーラは、長櫃の蓋を閉め忘れていたことを思い出す。
「あ、それは……」
アラステアは大股でリオノーラへと詰め寄ると、両手首を掴んだ。
「お前は、まだあんな奴に……、ルパートに未練があるのか!」
想像以上に、彼は激昂していた。リオノーラはびくりと肩を揺らし、怯えてしまう。
「ちが……、そうじゃな……」
彼に話をしなければ、と口を開くが、うまく思考が纏まらなかった。
「あんな奴のことなんて、忘れろ! なんでいつまでもあんな物を後生大事に持っているんだよ!」
「だって、あれは……」
「あいつは、お前を裏切って他の女と駆け落ちをするような男なんだぞ!」
今、その話はアラステアの口から聞きたくはなかった。リオノーラは絶望に突き落とされた気分になってしまい、蝋燭の明かりでもはっきりとわかるほどに顔を白くしてしまう。
「知ってる……」
言葉の後に、両目から涙が溢れてきて止まらなくなった。しゃくり上げて、まるで子供のように泣きじゃくってしまう。みっともないとわかっているためどうにかしたいが、自分で悲しみを抑え込むことができない。
「泣くな」
アラステアはリオノーラの体を強く抱きしめた。頭を大きな手で押さえられて、リオノーラは彼の胸へ頬をつける。
「ごめんなさい……、ごめんなさい……」
全て自分が悪いのだと、そんな風にしか考えられなかった。伯爵の爵位を得たアラステアがここにいることも、自分と望まぬ結婚をさせられることも。
そう。リオノーラは、思い出してしまった。彼に、最初に言われたことを。
『最初に宣言しておく。俺は今後お前に恋人へ囁くような甘い言葉は吐かないし、愛を語ることもない。そのつもりでいろ』
どうして、アラステアとの未来を楽観視できてしまったのか。彼からは愛してもらうことさえないというのに。
「なんで謝るんだよ。お前は、悪くないだろ……」
彼に告げようと思った。愛している女性がいるならば、その人の元へ行っていいと。家のことは、自分が両親を説得するから任せてほしいと。だが、感情を抑制できないせいで、次から次へと涙が溢れてきて止まらないのだ。
「あ……のね、アラステア……、……あなたも、好きな人がいるなら、その人のところへ行っていいよ。頼りないかもしれないけれど、後のことは、私が全部どうにかするから……」
だから心配しないで、と続けたかったのだが、涙で声にならなかった。
「こんな時まで、俺を気遣うのかよ。どうして、いつもお前は……っ」
「アラステア?」
「そんなにあいつがいいのかよっ! そんなにあいつのことが好きなのかよ!」
アラステアはリオノーラの体を引き離した。
「え……?」
彼が言っているのは誰のことだろう、と混乱した。リオノーラには全く見当がつかない。もしも彼がルパートのことを言っているのだとすれば、それは大きな勘違いである。なぜなら、リオノーラはルパートに対して恋愛感情は一切持ち合わせていないからだ。
「俺だけを見ろよ! ここにいるのは、あいつじゃなくてこの俺だ!」
「お、落ち着いて、アラステア……っ」
「俺だけしか見るな!」
この言葉だけを聞けば、まるでアラステアがリオノーラへ特別な感情を抱いているかのような発言だった。だがリオノーラはわかっている。彼が自分へ好意を抱いていないことを。なぜなら、彼はとうに宣言をしているからだ。恋人へ囁くような甘い言葉や愛を語ることもない、と。
だから、リオノーラは心を落ち着かせてアラステアを見る。
――目の前にアラステアがいるのに、遠い。
彼に伝えたいのに、彼と意思疎通をする方法がわからない。
「見ているわ、今も」
彼が求めている答えはこれではないと、流石のリオノーラでもわかった。予想通り、アラステアは落胆したような、傷ついた顔をしている。
「お前が、……すごく遠い」
彼も、リオノーラと同じ気持ちを抱いていた。なぜこんなにも、互いの心に距離があるのか。
「アラステア……、私はここにいるわ」
「……あぁ、そうだな」
自嘲めいた笑みを浮かべるアラステア。彼はリオノーラの体を唐突に両腕へと抱き上げた。
「アラステア? 何? どうしたのっ」
「繋ぎ止める方法をずっと考えていたが、やっぱりこれしかないみたいだ」
「え?」
寝台へと運ばれ、シーツの上へとおろされた。アラステアは眉間に皺を寄せて、溜息をつく。
「念のために聞いておくが、まさかこの状況を理解していないんじゃないだろうな。ベッドの上で男女がやることって言えば、鈍いお前でもわかるだろう」
「また一緒に寝るの? さっきまで一緒に昼寝をしていたのに?」
「初夜の予行練習をするんだよ!」
リオノーラはすぐさま体を起こして寝台の端へ逃げた。
「しょ、正気なのっ。そういったことは、結婚をしてからでしょう」
「俺は正気だ。あと、お前に初夜の知識があるとは意外だった」
「し、失礼ね。それぐれいはお母様から、教わっているもの。結婚をした後は夫に何をされても、安心して任せていいって」
アラステアが右手で顔を覆って、目も当てられない、といった風に項垂れた。
「それは……、とんだ教育だな。なるほど。だったら、俺が教えてやらないとな」
「どうしてアラステアがっ」
ぴくり、とアラステアは右手を下ろした。
「どうして、だと? ……お前には、誰が夫になるのか、っていうこともじっくりと教えてやらないといけないみたいだな」
ゆらりと顔を上げるアラステア。リオノーラは首を振って、怯える。
「落ち着いて、アラステア」
「俺は落ち着いているし、冷静だ」
「あのね、アラステア。……その、一度初夜での行為をしてしまったら、花嫁は純潔というものを失うって聞いたわ。それを失えば二度と元には戻らないって」
「それぐらい知ってる。別にかまわないだろ。お前は俺と結婚をするんだから。それとも、他に純潔を捧げる相手に当てでもあるのかよ」
「あるわけないじゃない。……さっきも言ったけれど、家のことなら私がなんとかするから」
早まったことをして、彼に後悔をしてほしくなかった。だからどうにか止めようとするのだが。
「もうお前一人の我儘でこの縁談を解消できる段階じゃないんだよ。お前の家が扱っている錫をこの国で優先的に売り捌けるように手配したのは、俺の父だ。縁談が破談になったら、どうなると思う。お前は公爵家だけではなく、他の貴族連中をも敵に回すことになるんだぞ」
「な……」
王家に縁のある公爵家とただの伯爵家であるならば、どちらに権力があるかなど明白だった。リオノーラとてそれぐらいは理解をしている。
「でなきゃ、ルパートと縁談が不可能になった途端、すぐに俺がお前の婚約者になるだなんておかしいだろう。お前の家は錫を売り、俺の父は売り上げの幾らかを得ている。俺の家とお前の家は、そういう関係なんだよ」
「じゃあ、アラステアの気持ちはどうなるの……?」
愛してもいない相手と無理やり結婚をさせられるなど、不幸でしかない。つまり、リオノーラと結婚をすることは、彼にとっての不幸でしかないのだ。利害関係が絡んだ貴族同士の結婚はお見合いが常であり、個人の事情だけで断れるものではない。愛情のない結婚などいくらでもあるだろう。だが、リオノーラはそれをわかっていても尚、彼に後悔をするようなことはしてほしくなかったのだ。
「俺の気持ちを知ってどうするんだよ。同情でもしてくれるのか? そんなのごめんだ」
アラステアは寝台の上へ乗ると、リオノーラの顎を指で捉えた。そしてリオノーラの唇へ口付ける。
「……ぅん……っ」
口付けをされながら、リオノーラの体は寝台の端から中央へと移動させられた。
「しかし、本当に知らないのかよ。例えば、馬がどうやって子供を作るとか」
「え? 子供?」
「あぁ」
「馬は知らないけれど、犬なら……」
貴族は、夏や冬に森で狩りを行う。そして狩りに欠かせないのが、猟犬。リオノーラの父親であるアーマンドも犬を飼育しており、リオノーラも犬に慣れ親しんでいた。
「へぇ?」
「子犬の出産に立ち会ったことがあるけれど、生まれたての子犬ってすごく小さくて可愛いのよ。ころころしていて……」
「じゃあ、犬の交尾も当然知ってるわけだ」
リオノーラはぎょっとすると、両手でアラステアの口を押さえつけた。
「は、はしたないことを言わないで! そういう発言、女性に言ったら平手打ちをされても仕方がないんだから!」
アラステアの眼光が鋭くなった気がした。だがすぐにおかしそうに笑い始める。
「……そうか、そうか」
「アラステア……?」
「どうしようかと思ったが、全くの無知でもないわけか。安心したよ」
リオノーラは本能的によくないと察して、逃げようとした。だがアラステアによって動きを封じられ、ドレスを脱がされてしまう。
「やだ、やめて!」
下着の姿で、寝台の上へと押し倒された。アラステアは覆いかぶさるようにして、上からリオノーラを見下ろしている。
「犬の交尾を知ってるなら、人間の交尾もわかるだろ」
「え?」
「初夜に男女がするのは、そういうことだ」
リオノーラは震え上がってしまった。獣の行為を、人間が行うなど考えられなかったからである。
「う、嘘よ!」
「こんなことでくだらない嘘をつくか。いいから、お前はじっとしていろ。最初は痛いらしいからな」
「痛いのっ? 余計に嫌よ。そんなこと、したくないっ」
リオノーラは力いっぱい暴れようとした。だがアラステアの左手にある傷が視界に入り、硬直してしまう。これまで彼の左手の傷を見ることは何度かあったが、これほどまでにじっくりと間近で見たことはない。
「……かっこ悪い傷だよな。情けなくて反吐が出る」
アラステアは左手を握ると、それを背後へ隠そうとした。だがリオノーラが咄嗟に左手を握り、首を振る。
「かっこ悪くなんてない!」
「あの時お前を助けることができたなら名誉の勲章にでもなっただろうが、これは咎人の証だ。俺はこの傷を見るたびに、自らの罪の重さと深さを思い知らされる」
リオノーラは、自分のせいで彼の心がとても傷ついていることを知った。この七年間、彼がどういう気持ちで過ごしてきたのか。それすら、リオノーラは考えもしなかったのだ。
「あの事故は、私のせいよ。アラステアのせいじゃない。むしろ、アラステアの手に傷を作らせてしまった私こそ、あなたに謝らなければいけないのに」
「俺が好きでしたことだから、お前は罪悪感とか感じなくていい」
リオノーラは発言を続けようとしたが、アラステアの口付けによって声を出すことができなかった。唇をそっと食まれたかと思えば、咥内へと厚い舌が侵入(はい)ってくる。
「ん……ぅ」
アラステアの右手が、リオノーラの左耳を擽っていた。耳朶に触れるのが好きなのか、リオノーラへ口付けを繰り返しながら、耳朶を指の腹で撫で、そっと抓むのだ。ただそれだけの行為だというのに、リオノーラの首筋にぞくぞくとした痺れが走った。
「お前の唇は、すごく柔らかいな」
リオノーラは恥ずかしくなって顔を背けた。唇が柔らかいなど、男性から言われたことがなかったからだ。
「や、柔らかくなんて、ない……」
「男の俺からすれば、お前の体は全部柔らかい」
アラステアはリオノーラの首筋へと顔を埋めて、匂いを嗅いだ。
「や、何をしているのっ」
「あと、いい香りがする。優しくて、少し甘い。……この香り、気に入っている」
リオノーラは全身がカッと熱くなった。恥ずかしすぎて逃げ出したいのに、首筋をアラステアが吸うように口付けを幾度も繰り返していた。
「っ、あ……」
彼に口付けをされている部分が、まるで熱を持っているかのようだった。ただ口付けをされているだけなのに、リオノーラの呼吸も少しずつ乱れてくる。
「胸の大きさも、気に入っている」
アラステアの両手が、リオノーラの胸を覆った。シュミーズの上から大胆に揉みあげる。これにリオノーラは、あまりの羞恥にぎゅっと目を閉じてしまった。アラステアの無骨な手がリオノーラの豊満な胸へ触れているのだ。リオノーラの胸は彼の手によって揉まれる度に形を変える。
「アラステア……ッ」
「下着が邪魔だな。直に触りたい」
そう言うなり、アラステアはリオノーラのシュミーズを脱がせてしまった。下半身を覆っている麻の下着も剥ぎ取り、リオノーラは裸にされてしまう。
「っ」
あまりの辱めに、リオノーラの頭はくらくらしてしまった。じっくりと肢体を眺められ、気絶できたらどんなにいいだろう、と考えてしまう。だが、アラステアがリオノーラの両胸を再び揉み始めたことにより、一気に生々しい現実へと引き戻された。アラステアの指の間で、いやらしく動く胸。その中央にある頂は赤く勃ち上がっており、ぴんと張りつめていた。アラステアが揉むほどにその赤い頂が揺れているのがわかり、リオノーラは目を逸らそうとする。
「お前のここも、気に入っている」
アラステアがリオノーラの胸の頂を唇で咥えた。リオノーラはびくりと反応し、アラステアの両腕の服を掴んでしまう。
「そんなところ、やだ……っ」
アラステアの口の中へ胸の頂が入るのがわかった。温かい舌が、ぬるりとリオノーラの勃ち上がった頂を甚振る。これにより、リオノーラの下半身がぎゅっとなった。
――胸、吸われてるっ。
ちゅっ、と吸い付かれたかと思えば、歯で甘噛みをされた。歯がゆいような刺激が背筋を駆け抜け、リオノーラは泣きそうになってしまう。
「なんでこんなに、俺好みの胸をしてるんだよ」
「し、知らな……、そんなの、知らない……っ」
頂を舐めていたアラステアは、今度は胸をしゃぶり始めた。力強く吸い付かれ、リオノーラは喘いでしまう。彼は、片側だけではいけないと思ったのか、今度は反対側の胸も同じように吸い付いた。彼によって弄(なぶ)られた胸は唾液のせいで敏感になり、空気に晒されているだけでじんじんしてしまう。
「肌も、柔らかい。吸い付くみたいだ」
胸から横腹へとアラステアの両手が下がり、更に足へと触れられた。リオノーラは咄嗟に両足を閉じようとするが、アラステアが両手を差し込んで阻止した。そのまま大きく割り開かれてしまう。これにより、リオノーラの最も恥ずかしい部分が彼の眼下に曝け出されてしまった。
「いや、見ないでっ!」
「見ないでって、前にも見ただろうが。二度目なんだから、恥ずかしがらなくても」
「恥ずかしいものは、恥ずかしいのっ!」
アラステアはニヤリ、と口元へ笑みを作った。
「ふーん。じゃあ、もっと恥ずかしいことをたくさんしてやるよ」
アラステアはリオノーラの内股へと舌を這わせた。ぞろりとした舌が這い、膝から足の付け根にかけて往復する。
――足に力が入らない。
彼に自由を奪われてしまったかのようだった。
「ふ……っ」
足の付け根に舌が触れた瞬間、アラステアの息が足の中央にかかった。それだけで、リオノーラの下半身に力が入ってしまい、膣内(なか)から何かが出てくるのがわかってしまう。
「お前、ぐっしょりだな。……あぁ、また垂れてきてる」
彼が何を指してそう言っているのかがわかり、リオノーラは恥ずかしくて泣きそうだった。彼の前でみっともなく両足を開き、足の間から淫らな液を垂れ流している自分。
「……っ」
「別に泣くことはないだろう。……ほら、今俺が舐めてやるから、気にするな」
リオノーラは目を見開いた。そんなことをされるなどとんでもない、と上半身を起こしかける。
「や、舐めな……っ!」
言い切る前に、アラステアの指がくちゃり、とリオノーラの中央を開いた。潤いに満ちたそこを、アラステアが舌でちろちろと舐め始める。これにリオノーラの頭の中で火花が散った。濡襞を一枚ずつ丁寧に舐めあげられ、続けて濡襞の付け根も舐めあげられる。
――アラステアの舌が、熱い。
下半身へと意識が集中した。よくわからない感覚がリオノーラの全身を襲い、新たな蜜が膣口より零れ落ちる。
「本当に、だらしがない奴だな。こんなに溢れさせて」
「なんで、出ちゃうの……っ。出したくないのに……」
リオノーラが微かに涙声で言えば、アラステアがリオノーラの頭を撫でた。そしていいことを閃いたと言わんばかりに微笑む。
「じゃあ、俺が塞いでやるよ。出したくないんだろう?」
「えぇ……?」
そんなことができるのだろうか、とリオノーラが不思議に思った瞬間、足の間に何かが触れた。それはアラステアの指であり、場所を確認するかのように探っている。
「ここだな」
膣口を円を描くように指の腹で撫でられただけで、蜜が溢れて臀部を濡らした。リオノーラは彼が何をしようとしているのか察知し、頭を振る。
「だめっ、そんなこと、しないでっ」
「じっとしていろよ、リオノーラ。でないと、塞げないだろう?」
アラステアの指が一本、遠慮がちに膣内(なか)へと侵入(はい)ってきた。ゆるゆると膣壁を押しのけるように、リオノーラの体内へと異物が押し込まれてくる。
「んうぅっ……!」
アラステアの指が、膣壁を撫でるように動いた。それだけでリオノーラはよくわからない感覚に余計に泣きそうになってしまう。
「狭いな……。あぁ、でも、お前のココがさっきよりも勃ってる」
アラステアがリオノーラの花芽を口に含んだ。
「いやぁっ」
アラステアの舌が小さな芽を舐めただけで、リオノーラは背中をしならせた。未知の感覚が全身を支配し、喘がずにはいられない。だがアラステアはやめることなく、寧ろ先程よりもリオノーラの花芽に吸い付いていた。指はリオノーラの膣内をぐるりとかき回し、中を探る。
――何なの、これ。
膣奥より、蜜が余計に溢れ出た。思考する間も与えられず、リオノーラはアラステアの舌で花芽を甚振られ続ける。腰はガクガクと震え、両足はシーツを掻くがやめてもらえない。
「気持ちよさそうな顔だな、リオノーラ」
リオノーラは否定しようと首を振った。だが下半身に与えられる淫靡な刺激が絶えることはなく、それどころか益々リオノーラを快楽の渦へと貶めようとする。
「っあぁっ、ふう……んっ」
コリコリと花芽を舌先で押され、転がされた。彼の指はリオノーラの蜜を掻き出すかように出し入れを繰り返しており、膣口がひくひくとうねる。
――こんなの、知らない。怖い。
ひたすら花芽ばかりを攻められて、リオノーラは首を仰け反らせて耐えようとした。だが次第に正体不明の感覚が迫ってくるのがわかり、下半身を無意識に浮かせてしまう。すると、アラステアが余計に刺激を与えた。花芽をしゃぶり、舌で幾度も舐め上げる。
「ほら、イけよ」
その言葉がきっかけだったかのように、リオノーラは達してしまった。びくびくと秘所が痙攣をし、リオノーラもくったりとしてしまう。
「……ぅう……んっ!」
両足を閉じようとしたが、彼が足の間にいるためにできなかった。
「あぁ、悪い。指が一本じゃ、お前の奥から溢れてくるいやらしいものは防ぐことができないようだ」
「え?」
「一本じゃなくて、二本にしてみるか」
リオノーラははっとすると、咄嗟に身を捩って逃れようとした。だがそんなことができるはずもなく、アラステアによって膣口から二本の指を入れられてしまう。
「ぁ……、入れないで……っ、……ふ……」
一本の指では然程苦しいとは思わなかったが、二本の指だと狭い膣道が押し広げられるのがはっきりとわかった。
「リオノーラ。しっかりと指で塞がないと、どんどんと溢れてくるぞ? いやらしいものが出てくるのは、お前も嫌だろう?」
膣内をぐにぐにと指で押された。それだけでリオノーラの体は再び熱くなってしまう。
「い、嫌だけど……、でも……っ」
アラステアの指で塞がれるのも、とても恥ずかしくてたまらなかった。しかも彼はリオノーラの膣内を指で掻き回すのだ。まるで、もっと蜜を溢れさせようとするかのように。
「まだ出てくるな。どうしてだろうな、リオノーラ。俺の手がベトベトになってきたぞ?」
「ご、ごめんなさ……、っく」
彼の表情は嬉々としていた。リオノーラは膣内が彼の指に絡みついてうねっているのがわかり、混乱してしまう。なぜ、自分の意識とは関係なく彼の指に絡み付こうとするのか。
「そろそろ、頃合いか」
突如、アラステアが膣内より指を優しく引き抜いた。リオノーラは体の中から異物感がなくなったことに安心するものの、今度は膣内が疼いて仕方がなかった。そして、自分でもよくわからない喪失感で苦しむ。
――どうして、中が気持ち悪いんだろう。
せめて両足を閉じて膝を擦り合わせることができれば、気持ち悪さを軽減させることができたかもしれない。だが、足の間にはアラステアがいる。
「も、もう、止まった?」
足の間から溢れ出るものについて問いかけたが、アラステアはなぜか服を脱いでいた。毛織物(ブロード)などの上質な衣服の下に現れたのは、彼の肌。均整のとれた体はしなやかであり、引き締まっている。そして、石膏像のように美しい肉体を持っていた。だが最初にリオノーラが着目したのは、彼の胸元にある痣。まるで炎を纏っているかのような黒い剣の痣は、どう見ても自然にできたものとは思えない。
「あぁ、悪い。まだ止まっていない。仕方がないから、指よりももっと太いもので塞ぐことにした」
「え?」
指より太いものなどあるのだろうか、とリオノーラが問いかけようとした刹那。彼の下半身を見て僅かに呼吸を止めた。浴室でも見たが、以前はすぐに顔を逸らしたのだ。だからきちんと直視はしなかったのだが、今のリオノーラには彼の下半身が見えてしまった。雄々しくそそり立つ、彼の陰茎が。
「アラステア……」
声が震えてしまった。リオノーラも、流石にこの状況で察することができないほど、愚かではない。彼が何をしようとしているかなど、一目瞭然だった。
「お前にしては珍しく察しがいいな」
「な。私がまるで鈍いみたいな言い方はしないでっ」
即座に意見したが、彼は片眉を上げて呆れ果てていた。
「まさか、お前は自分が鈍くないと思っているのか? 冗談だろ」
茶化している様子は見られず、どうやら彼の本心のようだった。リオノーラは少なからず傷つくものの、彼がなんの根拠もなく答えるわけもない。
「た、確かに鈍いかもしれないけれど……」
「だろう?」
納得できぬままリオノーラが不服そうにしていると、彼は自身の雄芯をリオノーラの膣口に狙いを定めた。リオノーラはこれから彼がしようとしていることに青ざめてしまう。
「む、無理よ。そんなに大きなモノは、絶対に入らない!」
リオノーラは男性の陰茎など見たことがない。だが、彼のモノはかなり大きいように感じた。恐らく、リオノーラの片手だけでは包み込めないだろう。
「入るから心配しなくていい。暴れると怪我をするから、お前は一先ず大人しくしていろ」
花弁を指で開き、彼がより膣口へと入り易くした。そのまま、慎重に膣内へと猛った雄芯を突き入れていく。
「うぅ……っ」
あまりの息苦しさに、リオノーラの目尻に涙が浮かんだ。指では比べものにならない、巨大な異物が体内を侵しているのだ。苦しくないわけがない。
「……くっ、予想はしていたが、食いちぎられそうだな……」
彼も、苦しいようだった。痛いのであればやめればいいのに、とリオノーラは思うが、声は出せない。呼吸をするので精いっぱいだった。めりめりと膣壁を大きな肉棒で広げられ、それによって挿入を助けるかのように体の奥より淫らな蜜が大量に溢れてくるのだ。
――アラステアの、大きい……っ。
必死に耐えている間に、彼のモノが一度軽く引き抜かれた。だが角度を確認しただけであり、再度押し込まれてくる。リオノーラはぎゅっとシーツを握ってその苦痛を我慢した。
「んうううっ」
リオノーラが恐怖のあまり体が強張ってしまったところで、アラステアの顔がより苦痛に滲んだ。リオノーラは慌てて体から力を抜こうとして息を吐くのだが、それを待っていたかのように彼が深く体を沈めた。これにより、リオノーラの膣奥へとアラステアの雄芯がゴツンと当たる。
「……やっと、入ったか」
リオノーラも痛みが増さないように、落ち着いて呼吸を繰り返した。彼の体に繋がれているせいで全く身動きできず、しかも彼との顔の距離も近い。
「っ……く……、ぅ……」
「かなり痛そうだな」
痛さよりも、苦しさの方が大きかった。ぎちりと彼のモノを締め付けている感触が伝わってきて、リオノーラの頭の中は真っ白になってしまう。
「ぬ、抜いて……っ」
「抜かない。ひとまず、動くぞ」
アラステアが腰を引いた。それとともにリオノーラの膣壁を満たしていた彼の熱杭も外へ出ていく。しかしながら、すぐに中へと慎重に押し込まれた。
「アラステア、やだ、もうやめてっ、いやっ」
「何度かしたらじきに痛くなくなるから、我慢しろ」
リオノーラの体から出てくる淫液が、まるで潤滑油のように抽挿を助けていた。何度か繰り返している内に苦しさはなくなってくるものの、今度はくすぐったいような、別の快感が込み上げてくる。
――さっきとは、違う。
アラステアの太くて長い熱杭が挿し込まれるほどに、その快感が強まってくるのがわかった。
「アラステア、なんだか、中が変……っ」
「どう変なんだ?」
アラステアが非常に興味深そうに、それでいて面白そうにしていた。リオノーラはいたたまれない気持ちになり、余計に羞恥心が煽られてしまう。
「わ、わかんな……っ」」
着実に、膣内が変化してきていることがわかった。アラステアの動きもスムーズになり始め、耳を塞ぎたくなるような卑猥な水音がくちゅりくちゅりと響く。
「大分、馴染んできたな」
アラステアの息も上がっていた。リオノーラの奥を突くほどに、膣内にある彼の陰茎が嵩を増しているかのよう。
――中がこすられて、変な気持になる……っ。
体中がびりびりした。
「あ……っ、んぅうっ」
リオノーラは、リオノーラはアラステアの手を握った。
「どうした?」
「う、動いちゃ、だめ……っ、お願い、動かないでっ」
アラステアは僅かに沈黙したが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「そうか、そうか。もっと動いて欲しいのか。じゃあ、期待に応えないといけないな」
先ほどよりも動きが早くなり、突き上げられる力も強くなった。リオノーラはこれに焦ってしまう。
「あぁっ、いや、だめってばっ……、ぅうん、あぁっ」
潤いに満ちた膣中を擦りあげられ、リオノーラは息が乱れた。何とも言い難い悦楽が体を支配し、両脚が震えてしまう。膣内へと抽挿が繰り返されるほどに、中がとろとろになるのがわかった。
――やだ……っ、体の奥から何かが、くる……っ。
湧き上がってくる、凄絶な快楽に揺蕩った。アラステアはリオノーラの膣奥を先程よりも深く抉り、そして打ち付ける。
「もっと声をきかせろよ。ゾクゾクする」
まるで懇願するかのように言うアラステア。彼の要望に応えようとしたわけではないが、リオノーラは彼に体を揺すられるだけで自然と喘ぎ声が漏れてしまう。
「……っん、あ……、やぁ……っんぅ」
体が火照って、溶けてしまいそうだった。体内の中で溜まっている熱は、今にも弾けそうなほどに大きくなっている。
――もう、無理……ッ。
ぎゅう、と膣内が締まった。そのままアラステアによって一際大きく突き上げられて、リオノーラの中にあった熱が弾け飛ぶ。
「あぁっ!」
ビクビクと体が震えた。だがアラステアによる突き上げはまだ止まっていない。
「っく……、締め付けがきつくなったな」
痙攣している膣洞へ抽挿を行うアラステア。だが彼もリオノーラの奥へ数度自らの雄芯を突き入れて、その後滾ったものを放出させる。
「や……っ、熱い……っ」
何かが体の中へ広がったのがわかった。
「……動揺するな。俺の子種を出しただけだ」
「え? こ……?」
「どうして初夜にこんなことをすると思っているんだよ。子供を作るためだろうが」
「で、でも、結婚前に子供なんてできたりしたら……」
神の前で誓いを立てて夫婦となる前に子供を作ることなど、通常ではありえない。世間から冷ややかな目で見られるのは勿論、妻となる女性はふしだらという烙印を押されてしまうのだ。それをわかっているリオノーラは、サッと青ざめてしまう。
「……結婚式を挙げる花嫁は、純潔でなければならない」
「……っ」
「今日、お前は純潔を失った。もう、清らかな体じゃない」
リオノーラの頭の中が真っ白になった。たった今終わったことこそが、純潔を失う行為だったと知ったからである。彼が昔からリオノーラを嫌っているということは、知っている。だが、今回のことはあまりにも酷いのではないのか。
「なんで……、こんなことをしたの……」
「別に構わねえだろ。俺は教会でお前に愛を誓うつもりなんて毛頭ないんだし。だから、教会で結婚式を挙げるなんていう夢は抱くな。婚姻を結ぶだけならば書類にサインだけで事足りるし、俺はそうするつもりだ」
リオノーラはアラステアの体を力いっぱい押しのけた。
「アラステアなんて、顔も見たくないっ!」
アラステアは無言で、リオノーラの体から自身の肉芯を引き抜いた。それとともにリオノーラの膣口より、白濁の入り混じった蜜と鮮血が流れ落ちる。だがリオノーラは動くことができず、ただ泣きじゃくってしまう。
「……っ」
あまりにも酷い侮辱だった。とても惨めな気持ちでいっぱいになり、泣くことしかできない。
アラステアはというと、苛立たしげに服を着て前髪を掻き上げた。その後リネンの布を持ってくると、リオノーラの足の間を拭き取る。
「さ、触らないでっ」
「これが済んだらな。取り敢えず、風邪をひくからお前も服を着ろ」
無理やり抱き起こされて、服を着せられた。リオノーラは彼と同じ部屋になどいたくない、とすぐさま離れようとするのだが。
「え……?」
背後から強く抱きしめられていた。彼へと振り返ろうとするのだが。
「こっち、見るな……」
まるで絞り出すように、苦しげに言うアラステア。
――どうして、アラステアのほうが辛そうにしているの?
彼に対して怒っているリオノーラ。だが、彼の腕を振り解くことはできなかった
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