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マートル

 アラステアが所有する邸からすぐにドゥヌカ城へ戻る予定だったのだが、アラステアが管理している領内で問題が起きたとのことで、そのまま滞在することになった。連日対処に追われたアラステアだったが、事態は無事に解決へ向かうこととなったのだ。

「それにしても、密猟だなんて」

 領主が管理する森へ入り、勝手に狩猟を行うことや木材の伐採をすることは禁じられているのだ。もしもそういったことを行った者がいれば、厳しく罰せられる。しかしながら、密猟は後を絶たなかった。というのも、密猟者を金で雇って獲物を得る者もいるため、密猟者だけを捕えたところで結局はいたちごっこになってしまうのだ。殆どの密猟では依頼主が明るみになることはないのだが、今回の件では依頼主が判明した。通常の密猟ならば領主がわざわざ出向いて対処などしないのだが、今回の密猟を依頼した人物こそに、大きな問題があったのだ。

「まさか、教会の聖職者が狩りを依頼するなんて……」

 このようなことが表沙汰になれば大問題になるため、アラステアが内々に事態を処理することになったのだ。

 リオノーラは溜息をつくと、アラステアの邸にある庭園を散歩することにした。仕事で疲れているアラステアを傍で見ていたために自分だけ呑気に遊ぶ気分になどなれず、ここ最近はずっと室内に引き篭もっていたのだ。だが昨晩なんとか事態が収束しそうだと話をきいて、リオノーラは漸く部屋から出た。ドゥヌカ城へも戻らないといけないこともあり、その前に庭園を見ておこうと足を運んだのだが。

「アラステアの邸にも、ホワイトガーデンがあるのね」

 端々に水路が設置された庭園の奥に、白い花や様々な銀葉が植えられているホワイトガーデンがあった。リオノーラは自らが生まれ育ったアロア城の庭園を思い出しながら、一人で庭を歩く。

「おや、リオノーラ様?」

 聞き覚えのある声に振り返れば、執事のセドリックがいた。

「セドリックも庭園を見に来ていたの?」

「いえ、私はアラステア様の付添いです。休憩をしていいとの許しをいただいたので、これから自室へ戻って少し休むところです」

 アラステアとともに行動をしていたセドリックも、ここ最近は多忙を極めていたことだろう。邸に戻って寛げるアラステアとは違い、セドリックの場合は邸へ戻ってもアラステアの身の回りの世話を行わなければならないのだ。

「そうだったの……。じゃあ、アラステアも庭園に来ているの?」

「はい。この先を抜けた所にいます」

「アラステアが庭園を見に来るなんて、珍しいわね」

 ドゥヌカ城で一緒に暮らしていた時も、彼が庭園に出かけている姿は見たことがなかった。リオノーラとしては珍しいことだ、と考えるのだが、セドリックは違うようだった。

「失礼を承知でお訊ねするのですが、リオノーラ様は草花にはそれぞれ特別な意味があることをご存知ですか?」

 リオノーラは首を振った。

「いえ……」

 セドリックは、傍に植えられているセージの葉を見た。

「草花には、一つ一つに象徴的な意味があるんです。それは花言葉、と呼ばれるものなのですが。たとえばセージは、燃える想い、という意味を持っています。恋人へ送ったとすれば、それは『あなたに燃える想いがある』ということになります」

「へぇ……。素敵ね」

 セージにそのような意味があったとは、とリオノーラは顔を綻ばせた。

「ドゥヌカ城で、アラステア様のお部屋に花が飾られていたことはご存知でしたか?」

「えぇ。アラステアのお部屋には、いつも素敵な花が飾られていたわ。でも誰が飾ってくれていたのかわからなくて……。もしかして、セドリックが?」

「いいえ。私ではなく、アラステア様がいつも飾っておられました」

「アラステアが……?」

 リオノーラは花瓶に花を飾るアラステアの姿を想像しようとしたが、できなかった。というのも、彼が花の話をしているところを見たことがなかったからである。

「先ほど申し上げた通り、草花には意味があります。アプリコットの花の意味は、臆病な愛」

 リオノーラは、アプリコットの花が飾られていたこと思い出した。ドゥヌカ城に暮らすことが決まり、初めてアラステアの寝室で目を覚ました日。アプリコットの花が飾られていたのだ。

「臆病な愛……?」

「ラナンキュラスは、あなたは魅力的。プリムローズは可憐です」

「え?」

「ベルフラワーは、後悔」

 リオノーラは意味深な花言葉に、ベルフラワーが飾られていた時のことを思い出した。浴室でアラステアに淫らな行為をされ、その後ずっとアラステアとの会話を避けていたのだ。

「……偶然、じゃないの? アラステアが花言葉を知っているとは思えないわ」

 セドリックは首を振った。

「アラステア様は、花言葉の意味を存じているはずです。そういった本を読んでいましたから」

「アラステアが……?」

「花言葉を知っていれば、手紙の代わりにもなります。大抵の庶民は文字なんて読み書きできませんが、花言葉の意味さえ知っていれば、文字を書けなくても、文字が読めなくても、互いに感情を伝え合うことができます。……アラステア様はリオノーラ様へ不器用な態度しか示せないようですが、リオノーラ様へはきちんとご自分の気持ちをお伝えしていますよ」

 この瞬間。リオノーラは全身の血が沸騰したかのように、カァッと熱くなった。鼓動が速くなり、顔も耳も、首筋さえも、赤くなってしまう。だが、まさか、とも疑ってしまうのだ。彼が自分のことをそのように思っているわけがない、と。そうして思い出すのは、少し前に贈ってくれたリナリアと呼ばれる花のこと。泉で、彼から貰ったのだ。

「あ、あの、セドリック。リナリアという花の花言葉は、知ってる……?」

 セドリックは少し驚いた顔をしたものの、すぐに朗らかな笑顔を浮かべて頷いた。

「リナリアは、私の恋を知ってください、という意味ですよ」

 リオノーラは今度こそ、平常心が保てなくなってしまった。泣きそうになってしまい、思わず自らの腕(かいな)を抱きしめる。

 ――アラステアに、好かれていないと思っていた。

 家同士の結婚なのだ。アラステアとは夫婦になるが、彼は嫌々結婚をするのだと、そう考えていた。だがもしも花言葉の通りだとすれば。

 ――あぁ、なんだろう、この気持ちは。

 胸が喜びの感情で満ち溢れていた。彼のことを想っただけで胸が温かくなるのだ。

「わ、私……」

「アラステア様は、この先にあるマートルの木の下にいます」

「……? マートル?」

「はい。この時期になると、アラステア様は毎年マートルの枝をご自分で選び、誰かに花を贈っているのですよ。一体、どなたに贈っているのでしょうね」

 セドリックの意味深な発言。

「アラステアが……?」

 セドリックは頷いた。リオノーラは目を見開いたまま、それ以上の言葉を発することができない。

「はい。では、私はそろそろ失礼致しますね」

 セドリックは丁寧にお辞儀をして、その場から去って行った。リオノーラはなぜかアラステアの顔を見たくなり、速足で庭園の遊歩道を進む。

 ――アラステア。

 脳裏に浮かぶ、マートルの花束。幼い頃よりずっと、誰かが毎年贈ってくれていたのだ。

「まさか……」

 ホワイトガーデンの奥へ到着すると、マートルの木に咲く白い花が満開だった。まるで雪を散らしたかのように、咲き乱れていたのだ。マートルの木は幾つも植えられており、ちょっとした並木道のようになっている。周囲にはマートルの花の甘い香りがほんのりと広がっており、リオノーラは気分が高揚してしまう。

「ん? あぁ、お前も来たのか」

 マートルの木の傍に、アラステアが立っていた。リオノーラはアラステアの微笑みを見て、胸がぎゅっとなってしまう。

「す、凄いわね。こんなにマートルの木がたくさんあるだなんて」

 彼と顔を合わせるのが気恥ずかしく、誤魔化すようにマートルの木を見上げた。

「凄いよな。俺もここを初めて見た時、感動した」

 ちらっ、とアラステアを盗み見た。彼は両手にマートルの枝を編んで作った冠のようなものを持っている。

「さっきセドリックから聞いたんだけれど、毎年誰かにマートルの花束を贈っているって、本当?」

「ん?」

 アラステアがリオノーラへと視線を向けた。リオノーラは彼の顔を見ることができず、俯いてしまう。

「あ、あのね。私の家に、毎年この時期になると、マートルの花束を贈ってくれる奇特な人がいるの。もしかして……、その……」

 肝心な部分を問うことができなかった。彼に否定をされることが、とても怖かったのだ。だが、どうしてそんな恐怖心を抱くのか、わからない。唯一わかるのは、花束を贈ってくれた相手はルパートではなく、アラステアだったらいいのに、という感情。

「俺が花束を贈るような奴に見えるか? なんで俺がお前にマートルの花束を贈らないといけないんだよ。それにお前、マートルの花束を贈ってくれるのは兄貴だとか言っていなかったか?」

 呆れにも似た苦笑混じりの声が響いた。リオノーラはなぜか落胆してしまい、しゅん、と項垂れてしまう。

「そう……、なんだけれど」

「大体、お前にプレゼントとか、贈り甲斐がないだろ。ドレスを仕立ててやってもあまり喜ばないし、宝飾品も興味なさそうだし」

「だ、だって、自分に似合うって思えないし……」

 髪の色をコンプレックスに思っているリオノーラは、あまり目立つ格好はしたくなかった。だから、自然と着飾るという行為に興味が持てなくなったのだ。

「リオノーラ。知っているか? 異国の神話では、最も美しいとされた女神の頭に、マートルの花が飾られたそうだ」

「え? そうなの?」

 アラステアはリオノーラの正面に立つと、マートルで作られた輪をリオノーラの頭の上へ乗せた。

「俺も一つ、マートルの花を捧げておくか」

 リオノーラは顔を上げた。彼の言葉の意味を解釈するならば、彼はリオノーラを女神だと例えたも同義。

「えと……、あの……」

「お前、いつも髪の毛を結って纏めてるからな。花冠がよく似合うな。……きっと、神話の女神もこんな感じだったんだろうな」

 リオノーラは赤面したまま、硬直してしまった。突然何を言い出すのか、と泣きそうになってしまう。

「あ、有り難う……。これ、私に作ってくれたの?」

「そんなわけないだろ。部屋の扉に飾ろうと思って、リースを作ったんだよ」

「え? これ、リースなの?」

「当たり前だろ。でなきゃ、俺がお前に花冠を作るとか、おかしいだろ」

 確かに、とリオノーラは納得した。女の子のように花冠を作るアラステアなど、少し不気味である。だが、リオノーラは彼がくれたマートルで作られたリースを気に入った。

「私ね。マートルの花が大好きなの。だから、たとえリースでも嬉しい。有り難う」

「そっか。……でも、どうしてマートルの花が好きなんだ?」

 その問いかけにリオノーラは少しだけ気まずくなってしまった。隠すほどのことではないのだが、妙に話しにくくなったのだ。

「私が小さい時にね、お母様が教えてくれたの。花嫁が結婚式をする時に、幸せな結婚生活を願ってマートルの枝を差したブーケを持つ、って。私も幼いころは花嫁になることに憧れていたから、マートルの花がいつの間にか大好きになったの。今は、その理由がなくても大好きな花なんだけれど」

 こんな話をすれば、笑われるだろうか、とリオノーラは上目づかいでアラステアの様子を探った。アラステアはといえば、顔を横に向けている。心なしか頬に赤みがさしているように見えるのは気のせいだろうか。

「へぇ……。じゃあ、結婚式の日にお前にマートルのブーケを贈ってやるよ」

「え?」

「……、勘違いするなよ。別に、お前を喜ばせるために贈るわけじゃないからな。タッジーマッジーをくれてやる、ってだけの話だ」

 タッジーマッジーとは、香りのよい草花を集めて束ねたもののことである。病を予防したり魔除けの効果があるとされ、身に着けて持ち歩く人が多いのだ。

「そうね。タッジーマッジーは、結婚式でも使われるものね? 花嫁のブーケとして。勿論そういう意味で、私にプレゼントをする、って言ってくれたのよね?」

「あ」

 アラステアは墓穴を掘った、とばかりに右手で自らの顔を覆った。リオノーラはとても彼のことが愛しくなり、衝動的に彼を抱きしめてしまう。

「……アラステア」

 嫌がられるだろうか、と緊張したが、アラステアはリオノーラを抱き返した。

 ――アラステア。あなたは、私のことが好き?

 そう問いかけたかったが、声に出すことはできなかった。彼の腕の中にいることがただただ心地よくて、微睡んでしまう。

「お前の髪は、真珠のようで美しいと思う。俺は髪をおろした姿も気に入っているが、お前の髪を人に見せるのは勿体無い。だから、髪をおろした姿を見せるのは俺の前だけにしろ」

 そんな命令にも似た言葉を、耳元で優しく囁かれた。リオノーラはアラステアの胸に強く顔を埋め、羞恥に染まった顔を隠す。

 ――気のせいかしら。アラステアに口説かれている気がしてしまうのは……。

 ただ現在わかるのは、リオノーラはアラステアに髪を撫でられるのは嫌いではない、ということ。頬を撫でられることも、彼に口付けをされることも。彼を受け入れてしまっていた。

 

 

 アラステアとともに彼の部屋へ戻ってきたリオノーラは、頭につけていたマートルの冠を三脚の丸テーブルの上に置いた。彼と何を話していいのかわからず、ひとまず窓辺に移動する。そうして窓の外の景色を眺めるのだが、そこには雄大な平原と山々が見え、感嘆の息をつく。

「リオノーラ。これはなんだ?」

 名前を呼ばれてアラステアへと振り返れば、彼は三脚の丸テーブルの上に置かれた小さな麻袋を手にしていた。麻袋は手に乗る大きさであり、開封する部分を紐で結って閉じてある。

「アラステアがくれたピンクパールを入れてあるの。紐が切れてバラバラになってしまったから」

 アラステアは麻袋を丸テーブルの上へ戻すと、ショーケースキャビネットへ向かった。そこから何かを取り出して戻ってくる。

「これに入れていろ」

 そう告げてリオノーラへ手渡したのは、黒檀で作られた宝石箱だった。リオノーラが持っているものよりも、一回り小さい宝石箱。

「え? これ……」

「いらないなら捨ててくれてもいいが」

「ううん。ありがとう」

 リオノーラは宝石箱を丸テーブルへ置くと、中を開いて麻袋を入れた。そこで考えるのは、マートルの花束のこと。彼がもしもマートルの花束を贈ってくれていた人物だとするならば、宝石箱をくれたのは――。

「なぁ」

「え? なに?」

 唐突に話しかけられて、リオノーラはびくりと肩を揺らした。

「お前、なんで兄貴から貰った宝石箱を、後生大事そうに持っているんだ?」

 その問いかけに、リオノーラは少しだけ寂しそうに微笑んだ。

「小さい頃は、ルパート様とコリーンのことはわからなかったけれど、成長すればあの時のことがどういうことだったのかわかるわ。……私はあの宝石箱がルパート様が贈ってくださったものだと思っていたから、あなたが箱を傷をつけた部分を見る度に癒されていたの」

 自分で宝石箱を壊す勇気はなかった。だがアラステアが傷をつけた部分を見ると、慰められたのだ。

「だから、ドゥヌカ城にも持ってきていたのか?」

「いいえ? あれは、母が送ってくれたの。忘れ物だと、思ったのかしらね?」

「ふうん……」

「……ねぇ、アラステア。あの宝石箱、実はアラステアがくれたんじゃないの?」

 アラステアは後ろ頭を掻きながら、非常に嫌そうにした。

「なんで俺がお前なんかに、そんなものを贈らないといけないんだよ」

「じゃあ、どうしてアラステアが私が持っている宝石箱と同じものを持っているの?」

「偶然だろ。偶然。俺はたまたま街で見かけて、オシャレだなー、って思って買っただけだ」

「そうなの?」

 アラステアは忌々しそうに舌打ちをした。

「……、とりあえず、お前はそれを使っていろ。傷がついてぼろぼろになった宝石箱なんて、処分しろ。必要なら俺がいくらでも他のを買ってやるから」

 リオノーラは首を振った。そんなこと、できるわけがないと。

「あなたと私の大事な思い出の品だもの。捨てたりしないわ」

 アラステアはそっぽを向いた。

「あぁ、そうかよ。じゃあ、勝手にしろ。バカ」

 漸く、彼のことが少しわかったような気がした。彼は、とても素直でないということが。彼は背を向けて立っているが、耳と首筋が赤くなっているのがわかる。

 ――あぁ、でも、どうしてアラステアは私に愛を求めるな、って言ったのかしら。

 ずきん、となぜか胸が痛んだ。どうして痛いのか、その理由が思い当たらない。アラステアに恋人や妻に囁く甘い睦言を期待しているわけではないが、どうにも納得がいかないのだ。

 ――たった一度でも愛しているって、言ってくれないかしら。贅沢な悩みかしら……。

 リオノーラは執務机に、見慣れぬ金属の道具があることに気が付いた。真鍮製らしく、持ち上げてみれば掌よりも少し大きい。

「アラステア。これは、何? 小物入れ?」

 背を向けていたアラステアはリオノーラの横に立って覗き込んだ。

「それは、日時計コンパスだ」

「日時計コンパス?」

「あぁ」

 アラステアはリオノーラから日時計コンパスを受け取ると、蓋を持ち上げた。中は二層構造となっており、一番下にある硝子盤の奥に方位を調べる羅針盤部分、その上に日時計となる部分の文字盤がある。

「いつもこれを使っているの?」

「あぁ。航海をする時とかな。仕事柄、隣国のフレリンドへ行くこともあるし、領地の視察などの旅をするのに便利だから使ってる」

 アラステアはリオノーラの掌に日時計コンパスを戻した。リオノーラは初めて見る道具に興味を抱き、真剣に見入ってしまう。

「それ気に入っているから、落として壊したりするなよ?」

「え? あ、うん! え? アラステア?」

 リオノーラとしては落としては大変だとすぐに机の上へ戻そうとしたのだが、どういうわけかアラステアがそれを阻んだ。それどころか、リオノーラの背後から抱きしめるように両腕を回す。

「それ、絶対に落としたりするんじゃねえぞ?」

 そう言って、リオノーラの耳を背後から甘く噛んだ。これに驚いて体を震わせるが、アラステアは尚もリオノーラの耳殻へ舌を這わしている。

「……や、だめ……っ、落としちゃう……」

「いいぜ? 落としたらお仕置きをするだけだから、落とせよ」

 リオノーラは身じろぎをして逃れようとしたが、アラステアにしっかりと抱きしめられているためにできなかった。アラステアの吐息が耳に触れ、それだけでぞくぞくとしたものが足元から駆け上がってくる。

「っあ……」

 耳の後ろに舌を這わされて、頭の中がくらくらとした。自分が自分でいられなくなるような錯覚に陥り、逃げ出したくなってしまう。だがそれはできない。

「リオノーラ……」

 熱の籠った声で呼ばれて、胸がどきりとしてしまった。アラステアはリオノーラの耳へと口付けをした。そのリップ音だけで、奇妙な眩暈がしてしまう。だというのに、彼の手がリオノーラの腹部を撫でた。その手はゆっくりと上に移動し、胸に到達する。そうしてまさかという予想が裏切られることなく、リオノーラの胸を両手で掬い上げ、揉みしだき始める。

「む、ね、揉まないで……ぇ」

 かろうじて出した声は、まるで誘っているかのようだった。リオノーラは自分で自分のことが信じられず、軽くショックを受けてしまう。

「一体どこからそんな声を出してるんだよ。そんな声じゃあ、やめてあげられないな」

 ドレスの上から胸の頂を抓むように、そこだけをぐりぐりと責められた。

「っああ!」

 前のめりになって逃れようとしたが、彼の逞しい腕からは抜け出せなかった。

「なんだよ。まだ、ここを抓んでるだけだっていうのに……。仕方がない奴だな」

 胸の突起を抓まれて、指で転がすように刺激を与えられているだけ。それなのに、言いようのない快感が胸に齎されていた。腰と下腹部が痺れ、両足で立っていられなくなるほどの愉悦。いつからこんなにも、自らははしたなくなってしまったのか。

「おねが……、触らないで……っ」

 彼に情けを請おうとしたが、それを咎めるように胸の突起をぎゅっと抓られた。

「違うだろ? もっとしてください、だろ?」

 そんな、と涙目になってしまった。胸の突起を彼の指で弄(いじ)られているだけなのに、どうしてこんなにも体が感じてしまうのか。いやいやと首を振るが、それさえも彼を喜ばす要因にしかならない。

 ――体が熱い。溶けてしまいそう。

 かろうじて日時計コンパスを落とさないでいられるが、震える両手でいつまで耐えられるのかわからなかった。そうしてリオノーラが懸命になっているにも関わらず、彼は嘲笑うかのように邪魔をするのだ。

「どこに意識を傾けてるんだよ。俺に集中しろ」

 再び無骨な指で胸を揉まれ始めた。まるで焦らすかのように、それでいて粘着質に揉まれてしまう。

「ひぁ……っ、ん」

 喉から息が漏れて、掠れてしまった。痺れた腰には力が入らず、次第にがくがくと両足が震えてきてしまう。だがそんなことは知らないとばかりに、アラステアはリオノーラの首筋に口付けを落としていた。彼の唇の感触が伝わり、ぞくりとしてしまう。

「ちゃんと持っていないと落とすぞ」

「だ、だったら、こんな意地悪をしないで……」

「どうしてだよ。やめるだなんて、勿体無い」

 何が勿体無いのか。こんなのはあまりにも理不尽だと、彼に文句を言いたいができない。両手で彼の手をはずそうにも、リオノーラの手には日時計コンパスがある。

 ――どうしてこんなにもいやらしい揉み方をするの……っ。

 リオノーラの意思など関係なく、五感全てで彼の存在を捉えようとした。下腹部がじんわりと温かくなっていき、リオノーラの体は益々鋭敏になっていく。

「口が寂しそうだな。これでも咥えてろよ」

 アラステアの指が二本、リオノーラの咥内へと入ってきた。リオノーラは戸惑いつつも、彼の指を噛まないように気を付ける。

「んく……、ぁっ、ぅん……」

 咥内を指で掻き混ぜられた。口を閉ざすことができないために、否応なく喘ぎ声が漏れてしまう。

「お前の声、凄くそそられる。もっと聞かせろよ」

 胸を揉みしだいていた手が下がり、リオノーラのスカートの裾を捲りあげて侵入してきた。木綿の下着の奥へと手を忍ばせ、臀部を撫で上げる。

「んぅうっ……、あ、っん……っ」

 躊躇いもなく臀部を撫でていた手は、リオノーラの大切な部分である秘部へと触れた。

「やっぱり、思った通りだな。もう濡れてる。こんなにも滴らせるなんて」

「言わ、ないで……ぇ」

 恥ずかしさのあまり、涙声になってしまった。だがアラステアはリオノーラの濡襞を指で広げ、膣口から花芽にかけてゆっくりと指で往復させ始める。くちゅりくちゅりと眼下から聞こえてくる音と、下半身に与えられる甘い苦痛。

 ――足の間がじんじんする……。

 そう思った瞬間、リオノーラの手から力が抜けて日時計コンパスが落ちてしまった。日時計コンパスは柔らかな絨毯の上に落ち、リオノーラは青ざめてしまう。

「アラステア、ごめんなさ、私……」

「あー……、やっぱり落としたな。これは、お仕置きをしないといけねえよな?」

「ま、待って。お仕置きだなんて、嫌」

 背後から聞こえてくる、アラステアの愉しげな声。

「いいから、こっちに来いよ。別に痛いことなんてしないから」

 アラステアによる拘束が解かれたと思ったのも束の間。リオノーラは三脚の丸テーブルの上へ上半身をうつ伏せの形で乗せられた。

「何を……」

 言い終える前に、スカートを背中の上へ捲り上げられた。そのまま、腰から下を覆っている下着を踝までずり下ろされてしまう。すると、空気が肌に触れてひんやりとした。リオノーラは不安な面持ちで体を起こそうとするが、アラステアに腰を押さえつけられて阻止されてしまう。

「じっとしていろよ。よく見えないからな」

「え?」

 何が見えないのか。リオノーラはすぐにその答えに辿り着くものの、理性がそれを否定する。しかしながらそんなリオノーラの気持ちを知ってか知らずか、アラステアはリオノーラの臀部を両手で大きく割広げた。

「あぁ、こんなにも濡れてる。綺麗にしてやらないとな?」

 アラステアの指が、リオノーラの柔らかな襞をめくり上げた。そのまま潤いに満ちた部分を指で撫で上げる。

「ひゃ……、やあぁ」

 両足のつま先は、かろうじて床に着いている。だが、力を入れるなど到底無理だった。アラステアの指はリオノーラの花芯を捕えると、優しく指の腹で捏ねる。それとともに、リオノーラの目から涙が零れ落ちた。痛いわけではない。自分でもどうしようもない感覚が全身を苛み、快楽の渦へ落とそうとしてくるのだ。

「あぁ、たまらないな。お前のその泣き顔。もっと泣いていいんだぜ?」

 意識して泣いたわけではない。だが、泣かずにはいられなかった。

「だ、め……、ふぅ……ん、く」

「リオノーラ。お前のここを綺麗にしてやろうと思っているのに、どんどんとお前の体から滴が流れ落ちてきているぞ?」

「アラ、ステアの、せいでしょ……」

「酷い言いがかりだな。俺は親切心でお前の体を綺麗にしてやろうとしているのに。濡れてくるのはお前のせいだろう?」

 酷い言いがかりをつけているのは彼のほうだとわかっているのに、否定できなかった。体をひねって彼が与えてくる淫らな責め苦から逃げようとするのだが、花芽に強い刺激を受けた。リオノーラは背中をしならせて喘いでしまう。

「ひあ……ぁっ!」

 ぎゅっと目を瞑り、激流のような快楽に耐えた。

「おっと……、またいっぱい流れてきた。どうやったら止まるんだろうなぁ?」

「し、知らない……」

 解放されたくてたまらなかった。既に体を重ねた間柄とはいえ、恥じらいまで失ったわけではない。みっともないまでに、彼へと臀部を晒し続けているのだ。しかも、背後から彼の指でずっと花弁の奥をいいようにされている。

 ――足の間が灼(や)けつくみたいに、じりじりする。

 どうにかなってしまいそうなその疼きは、アラステアの指によって慰められていた。だがその疼きは先程よりも悪化している。

「指だけじゃ、物足りなさそうな顔をしているな」

「そ、そんなことは……」

 ない、と言おうとしたところで、足の間をぬるつく何かが触れた。振り返れば、アラステアが屈みこんでリオノーラの足の間へと顔を埋めていた。それを見ただけで、リオノーラは失神してしまいそうになる。

「こら、暴れるな」

 柔らかな襞を押し分けて、アラステアの肉厚な舌が入ってきた。そのまま、花弁の奥を舌で蹂躙する。くちゅりくちゅりと巧みなまでに舌を使い、リオノーラの感度を高めあげていく。

 ――何も考えられない……っ。

 ぐっと唇を閉ざして耐え忍んでいれば、そんなものは無駄だと言わんばかりにアラステアの舌がリオノーラの花芽へ到達した。くすぐったいような温かい感触と、切ないまでの煽情。

「やああぁぁっ!」

 アラステアの唇によって花芽を吸われた。翻弄するように強弱をつけられ、リオノーラは首を振ることでその悦楽を和らげようとする。しかしながら、アラステアによって残酷なまでに花芽を弄(もてあそ)ばれ、花芽は痛いほどに膨れ上がってくる。

「お前が感じる部分はもうわかっている。――俺から逃げられると思うな」

 逆らうことを許さぬ言葉。それとともに、リオノーラへと苦しいまでの官能的な痺れが襲う。花芽を啄まれたかと思えば、しゃぶられ、咥内で巧みなまでに愛撫をされる。

「ふ、あぁぁっ……!」

 絶頂に押し上げられるまで、然程時間はかからなかった。リオノーラが秘部をひくつかせながら体を弛緩させれば、足の間でアラステアの笑う気配がする。

「達するのが早すぎだろ。もう少し耐えられるように、次は頑張ろうな?」

 アラステアは立ち上がると、リオノーラの腰を撫でた。リオノーラは冗談ではない、と涙目でアラステアを睨み付けるが、彼は余計に喜ぶだけ。

「アラステアって、私を苛めるのが好きよね?」

 否定してくれることを願ってそう問いかけるのだが。

「あぁ。今頃気が付いたのか? お前って、本当に鈍いよな」

 彼はあっさりと肯定した。そのまま下肢に身に着けている服を脱ぎ、続けてリオノーラの腰を少し持ち上げる。リオノーラはといえば、足の間に当たる剛直の正体を知ってごくりと息をのむ。

「アラステア……っ、後ろからするの?」

「お前はそのままテーブルの上でじっとしていればいい。俺が全部してやるから」

 不安しか煽らない言葉だった。リオノーラは今の状態で彼と行為に及ぶのは危ないのではないかと、寝台への移動を提案しようとする。しかしながら、その提案をする前に彼の昂ぶった剛直がリオノーラの蜜口を通ってずるりと挿(はい)りこむ。粘液に塗れた内部は彼のモノを容易に飲み込み、だがその質量の大きさに膣洞がいっぱいになってしまう。

「ふ……っぅ」

 いつもとは違う体勢。しかも彼の肉茎は前からするよりも深く繋がり、これまでとはまた異なった刺激がある。

 ――きつい……。それに、まだ挿(い)れられただけなのに、膣内(なか)がびりびりしてる。

 腰をつかまれた状態で、アラステアはリオノーラの体を穿ち始めた。だが三度奥を打ち付けられただけで、リオノーラは軽く達してしまう。

「んぁう……」

 ぎゅっと拳を握り、与えられる快楽を享受した。アラステアはリオノーラの弾力のある蜜壁をまるで貪ろうとするかのように、腰を打ち付ける。

「リオノーラ……ッ」

 最奥が当たる度に、リオノーラはくらくらとしてしまった。言い表すことのできない恍惚感が、瞬く間に全身へと広がっていく。体中が汗ばみ、彼をただ受け入れるだけの器となってしまう。まるで靄がかかってしまったかのように思考は停止してしまい、彼の屹立を膣壁で感受する。

「ぁあ、……ん、ふぅ……、く!」

 体が揺すられ、両胸がテーブルの上に押し付けられていた。いつもよりもアラステアの腰はスムーズであり、時折グラインドまでされる。

「お前と、もっとこうしてずっと繋がっていたい」

「わ、私も……」

 熱にうかされたような状態で、そう告げていた。アラステアはリオノーラの腰をつかみ直すと、先程よりも速度を増して内部を打たれた。まるで思いの丈をぶつけるかのように、激しい。それにつられるかのように、リオノーラの口からも堪えることのできない嬌声が溢れてしまう。

「あぁ、ぁっ、ぅんっ、あん……っ!」

 ずちゅりずちゅりと、アラステアの屹立とリオノーラの媚肉が擦れる音。互いの熱が混じり合い、内部は溶けてしまいそうなほど。

 ――いつもより、速い……。

 その上、抉るように突き上げてくるのだ。リオノーラはもう、まともな呼吸などできなかった。乱れた息で、ただ喘ぐだけ。

「っ、リオノーラ……ッ」

 アラステアの少し苦しげな声が聞こえた。彼の呼吸も荒い。

「も、もう、許し……」

 いつの間にか、リオノーラは再び泣いていた。それほどまでに強烈な快感に、感情のほうが負けてしまったのだ。

「ぐ……」

 アラステアの熱い飛沫が、リオノーラの奥へと放たれた。リオノーラはその熱さと多さにびくりと体を震わせ、自身も達してしまう。

「ぁああっ!」

 解放感とともに、体が弛緩した。リオノーラはくたりとテーブルの上に頬を預ける。そうして暫くじっとしていると、アラステアの指がリオノーラの涙を拭った。

「すまない……。ちょっと、自分を抑えられなかった」

 そんな謝罪に、リオノーラはゆっくりと首を振った。

「ううん……。いいの」

 意識が朦朧とした。だがアラステアはリオノーラの頬を軽くぺちぺちと叩く。

「おい、こら。眠るな」

「えぇ……?」

「お仕置きをするって、さっき言っただろうが。お仕置きがまだ済んでいない」

「……、何をするの?」

 嫌な予感に、リオノーラは咄嗟に警戒した。だがアラステアはなんてことはない顔をしている。

「あと最低二回ぐらいはしたい。お前、いつも一度で寝てしまうからな。ほら、頑張れ。途中で眠ったりしても、俺は勝手にするからな」

 リオノーラは驚愕のあまり目を丸くした。そうしてリオノーラの許可を得ることなく、再び怒張した物で突き上げ始める。

「アラステア、もう、無理よ。無理……っ」

「眠りたければ眠れよ。俺は眠らせてやるつもりはないがな」

「っ……、あん!」

 リオノーラの反対も空しく、この後アラステアによってひたすら抱かれることとなった。

 

 

 翌朝。

 リオノーラとアラステアが朝食を摂っている最中に、血相を変えたセドリックがやってきた。リオノーラとアラステアの二人は何事か、と緊張してしまう。

「アラステア様。至急、ドゥヌカ城へお戻りを。ルパート様が、ドゥヌカ城へ戻られたそうです」

 ――行方不明だったアラステアの兄、ルパートが戻ってきた。

 これがきっかけで大変な事態に見舞われることになろうとは、この時のリオノーラはまだ知る由もなかった。

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