いっぱい愛して
エルーテはラルケスたちと共に、メルフィノン城へ戻ってきた。エルーテが戻ってきたことに、城の者たちはとても喜んでくれたのだ。エルーテも、再びメルフィノン城で暮らせることを、心から嬉しく思った。
(本当なら、結婚までは実家で暮らすほうがいいんだろうけれど……)
兄からは、実家とは距離をとったほうがいいと言われたのだ。父のバークが、エルーテにまた暴力を振るうのではないか、と危惧したからだ。エルーテはあの日以来、父と会っていなかった。というのも、バークはずっと自室に引きこもり、誰とも会おうとしなかったからだ。
帰城して半月ほどが過ぎた頃。エルーテは執務室にいた。仕事をしているラルケスに、手作りの焼き菓子とお茶を持ってきたのだ。ここ最近はずっと、彼に出す焼き菓子は、エルーテが作っていた。エルーテ以外の者が作った焼き菓子だと、彼は手もつけずに残すことがあるのだが、エルーテが作ったときだけは、彼は残さず食べてくれるのだ。
「ラルケス様。シュバール国の件は、どうなったんですか? 噂で聞いたんですが、内乱が収まり、革命は成功したんですよね……?」
「えぇ。圧政を強いていた国王や臣下たちは内乱の騒ぎに乗じて国外へ逃亡したようですが、何者かによって暗殺をされたそうです。シュバール国では、今後新たな王が選出されるようですね。現在は一日も早く国を建てなおすために、国外からの支援を募っているらしいです」
「暗殺、されたんですか?」
「誤解のないように言っておきますが、私は関与していませんよ。あの王は同情できないほど、多方面からかなりの恨みを買っていましたからね。別の勢力の仕業でしょう」
複雑な気持ちだったが、今後シュバール国が平和になることを祈った。
「私との約束を守ってくださり、ありがとうございます」
彼はシュバール国の使者と、約束を交わしたのだ。かの地の内乱が早々に終結するように、尽力する、と。使者もまさか、今回の内乱にラルケスが裏で手を引いているとは思っていなかっただろう。彼は内乱が終結した後、積極的に食料や薬などの物資を送って援助を行っているようだ。
「無実の罪で投獄されていた民たちも全員解放され、一見して平和が訪れたように見えますが、実際は奴隷の身分に落とされた者たちの問題も残っていますし、食糧難などが解決したわけではありません。……まぁ、あとのことはあちらの国の問題です。私にできることは、もうありません」
エルーテは頷いた。
「……次の王様は、皆にとって良い王様が選ばれるといいですね」
ラルケスはエルーテが運んできたお菓子を食べつつ、お茶を飲んで一息ついた。
「ところで、今日は男装をしていないんですね」
エルーテは、きちんと女性の服を着ていた。城の中はかなり冷え込むので、厚めの生地の上着を羽織っている。
「これ、ラルケス様が贈ってくれた服なんですよ。どうですか? 似合いますか?」
自分では選んだことのない濃いグレーの生地に、青紫色の生地を重ねた普段着用の衣服だった。胸元と腰に銀色のリボンがついており、少し大人っぽいデザインだ。先日仕立てたばかりであり、彼に見てもらおうと初めて袖を通したのだ。ラルケスはエルーテの姿を見ると、満足そうに頷く。
「私が選んだだけあって、いいドレスですね」
期待していた答えとは、違う答えが返ってきた。
「私は似合っているかどうか、訊いたんですが……」
ラルケスは何も返事をしなかった。エルーテは背を向けると、自分の服を見下ろす。
(似合わないのかな……。もしや、私には男性の服のほうが似合うって、思われてるとか?)
エルーテはハッとすると、ラルケスへ振り返った。
「どうしましたか?」
「私、着替えてきますね」
「なぜですか?」
「ラルケス様は、女性用の服よりも、男性用の服のほうが、好みなんでしょう?」
そう問えば、彼は嫣然とした笑みを浮かべた。だが目は笑っていないので、すぐに失言したのだと察する。
「男性用の服を着せていたのは、あなたに懸想する男性が現れないようにするためですよ。誤解を招くような発言はやめてください。私にそんな性癖はありませんよ」
「懸想? またその冗談ですか? 以前にも似たような発言をしていましたよね?」
エルーテは、彼から言われたことを思い出した。
『純朴すぎるのも、考え物ですね。そんな風に誰彼構わずニコニコするから、あなたに惚れる男性が後を絶たないんですよ。最近は面倒になってきたので、監禁したいほどです』
どういった意味で、彼は言っていたのか。当時も頭を悩ませたものだが、今もわからない。
「私が一体どれだけ、あなたのことで苦労をしているか、知りもしないで。あなたがここへ戻ってきてから、何人の男をシャルが……」
「シャル? シャルがなにかしたんですか?」
「……、仕事をせずにさぼっていた者たちがいたので、シャルが適切な指導をしただけです」
うまく誤魔化された気がした。彼は明らかに不機嫌になっており、戸惑ってしまう。しかしながら質問をしたところで、彼は答えないだろう。エルーテは彼の顔を覗き込むように、少しだけ屈む。そして心から礼を述べる。
「ラルケス様。いつも心配をしてくださって、ありがとうございます。でも安心してください。もしものことがあって私が他の誰かから想いを告白されても、私の心はあなただけのものですから。ラルケス様以外の方に、私が心を許すことは絶対にありません」
照れながら言ったのだが、ラルケスはとくに表情を変えることなく頷いた。
「殊勝な心掛けですね。わかっているなら結構です。あなたは、私のものだという自覚を常に持つように」
彼の言葉に、余計に照れてしまった。
(私、ラルケス様に大事にされてるなぁ……)
頬が熱くなり、エルーテは両手で自らの頬を押さえた。
「……そういえば、あなたは男性の衣服を身に纏ってはいましたが、男の真似をすることはありませんでしたね。動作や口調は、女性のままでした」
「はい。以前にも説明したとおり、私が男装をしていたのは、動きやすさを追求した結果です。胸や腰回りに布を巻いていたのは、女性らしい肉体を隠すため。実はもう一つ理由があるんですが……」
「父親の暴力から、身を守るためですか?」
言い当てられ、エルーテは瞠目した。
「ラルケス様は……、なんでもお見通しなんですね」
幼い頃、腹部などを守るために、姉たちに布を巻かれるようになったのだ。女性である以上、鎧を身に着けるわけにはいかない。それにもしもそんなことをすれば、余計に父が逆上するのは明白だった。ゆえにエルーテは、男性の服を着る着ないにかかわらず、腰回りなどには必ず布を巻くようになったのだ。
「腰のくびれが皆無なほど、不自然に布が巻かれていましたからね。おそらくそんなところだろうと」
ラルケスがお茶を飲み終えるのを確認すると、エルーテは片付けようとした。だがその手を、彼に掴まれる。
「……? どうかしましたか? ラルケス様」
「こちらへ戻ってきてから、あなたとゆっくり過ごせていないですね」
それは仕方がないことだった。城を不在にする予定はなかったというのに、彼はエルーテを助けるために全ての仕事を放置してきたのだ。元々彼は忙しい人物ではあったが、現在は更に忙しい身だ。エルーテにできるのはほんの僅かな手伝いと、できるだけ彼に負担がかからないように気を遣うことだけ。
「私の心配はしないでください。ラルケス様を立派に支えられるよう、頑張りますから!」
「……寂しい思いを、しているのではありませんか? 我慢をしているのでは?」
エルーテはラルケスの手に、もう片方の手を重ねた。
「いえ、全然! 毎日一緒に食事をしていますし、こうして休憩の合間に会えますから、大丈夫ですよ。だからどうか、私の心配はしないでください!」
彼に、仕事以外で余計な負担をかけてはいけない。だからエルーテは、自らが彼を支えるのだという心意気で告げた。しかしながらどういうわけか、ラルケスは不服そうにする。
「……普通はこういうとき、構ってもらえなくて寂しいと、健気な態度で訴えるものですよ。どうして生き生きとして、答えるんです。まるで私がいないほうが、気楽だとでも言いたげですよ」
「え! そんな! 私はただ、ラルケス様に心配をかけたくないだけです。ただでさえお忙しいのに、私のことでいらぬ気苦労は、かけたくないんです」
「あなたは私の妻になるんでしょう。妻となる女性(あなた)を気遣うのは当然のことですし、男として頼られたいんですよ。……あなたはただでさえ、甘え下手なんですから」
「あ、甘え下手……。そんなことは、ないですよ? 私、ラルケス様にたくさん、甘えています」
「では、もっと甘えてください。あなたに甘えられて迷惑に思うことは、絶対にありませんから」
体を引き寄せられ、そのまま彼の膝上へ座らされた。更に彼によって抱きしめられ、エルーテは気恥ずかしさで硬直する。
「ズルイ、です……。私だって、ラルケス様を甘やかしたいのに。これじゃ、逆です……」
鼓動が速くなった。彼に触れられている箇所がとても熱く、緊張する。体が密着しており、よく知る彼の香りを感じる。
「毎日口づけを交わしているというのに、あなたはいつまで経っても、初々しい反応ですね」
「ラルケス様は、ご自分がどれだけ強烈な色香をふりまいているかわかっていないから、そんなことが言えるんです……」
「私は、自分がどのような魅力を持っているか、よく知っていますよ」
妖艶に微笑まれ、体が熱くなった。彼は自身が綺麗な顔立ちをしている自覚があり、更にその外見を巧みに利用している。異国の血を引いている彼は、赤褐色(ラセット)の肌を持っているだけではなく、人の心を見透かすような暗い赤の瞳をしている。それがなんとも言えない妖しさがあり、惹きつけられるのだ。
(じっと見つめないで欲しい。どう反応していいのかわからない……)
逃げ場がない状況なので、益々恥ずかしさで顔が赤くなるのがわかった。だが自分ばかりが彼に遊ばれるのが悔しく、エルーテはラルケスの頬に両手を添えた。そして自らの顔を近づけ、彼の唇へ口づける。ただ触れるだけの優しい口づけだが、それだけで彼への愛しさで心がいっぱいになった。
「先ほどあなたは私を甘やかしたい、と言いましたね。では、存分に甘やかしてください」
「え? どうやってですか?」
「今夜、あなたの手入れをさせてください」
そう言われ、恥ずかしさがこみ上げた。手入れがなにを意味するのか、すぐにわかったからだ。
「……考えさせてくださ……」
「私が所有しているものなので、あなたの意見はききません」
意見をきかないならば、なぜ許可を求めたのか。エルーテは黙ったままラルケスの元から離れ、部屋を出た。火照った顔が熱く、なんとも言えない気持ちになる。
(お城に戻ってきてから、一度もそういうことはしていなかったから……)
おそらく、彼に気遣われていたのだろうと察した。エルーテも長旅で疲れていた上に、実家での出来事に相当なショックを受けていたのだ。もしもラルケスと兄のイザールが助けに来てくれなければ、エルーテは修道院に入れられていた。
(でも……、ラルケス様に求められるのは嫌じゃ、ない……。むしろ、嬉しいかも……)
などと考えて余計に恥ずかしくなり、エルーテは執務室の前から離れた。
その夜。エルーテはラルケスの寝室へ訪れた。彼の部屋に入ってすぐ、エルーテは変化に気づく。
(このいい香り、なんだろう……)
まるで花や果物のような、とても香しい匂いがした。自室から彼の部屋へ移動してくる際に着用していた上着を脱ぐと、寝衣姿になる。ひんやりとした空気に一度体を震わせると、暖炉の前へ移動した。
「ラルケス様、このいい香りはなんですか?」
ラルケスはテーブルの前に立っていた。そこには、異国のものとみられる美しい細工のガラス瓶がある。
「あなたの為に調合を頼んでいた香油が、今日届いたんです」
「香油……?」
彼がいつも香油を肌につけていることは、知っていた。
「えぇ。私が使っているものでもいいんですが、子供っぽくて色気がないあなたには、似合いませんから」
色気がないと言われ、むっとした。
「その色気がない相手に、どこかの誰かさんはべた惚れのようですけど」
ラルケスはエルーテの前へ移動すると、手を引いて暖炉の前から遠ざけた。そしてテーブルの上へエルーテを座らせると、そのまま押し倒す。テーブルの上はとても冷たく、思わず身を竦める。
「ひゃ、冷た……」
「あぁ、すみません。次からは布を敷きましょう。今日は、我慢をしてください」
そう言いながら、エルーテの寝衣を脱がすラルケス。
「物好きですよね。色気のない相手の肌に触れようとするんですから」
尚もチクチクと嫌味を言った。
「……あぁ、もしや私に暴言を述べているんですか? 気づきませんでした。心配しなくて、大丈夫ですよ」
「え? 心配?」
「えぇ。あなたが持っていない不足分の色気は、私が補ってあげますから」
いつの間にか服も下着も脱がされ、一糸纏わぬ状態にされていた。ラルケスはガラス瓶を手にし、瓶の蓋をとる。そこから、とろとろとした液体を、エルーテの胸の間へ垂らす。
「んっ」
「まだ私は触れていないのに、随分と色っぽい声ですね」
かぁっと頬が熱くなった。
「……ラ、ラルケス様の、せいです。いつも私をこんな風にするのは……」
つぅ、とラルケスの指がエルーテの臍から胸の中央へ、ゆっくりとなぞった。
「えぇ。私の前でだけ、淫れてください。あなたのそんな痴態を見るのは、私だけでいい」
張りのある豊かな胸を、ラルケスは香油を馴染ませるように揉み始めた。それだけでびくりと体が反応をする。
(……あれ? 手先がなんだか……)
エルーテの感度を高めるような、淫猥なものではなかった。
「あ、あの、ラルケス様?」
「どうしましたか?」
エルーテの胸に香油を塗り付ける様は、どこか嬉々としていた。
「……これは、手入れですよね?」
「えぇ。手入れをさせてくださいと、きちんと事前に言ったはずですが」
エルーテはてっきり、彼に抱かれるものだと想像していた。けれども彼にはその気はなく、エルーテの胸を懸命に香油で保湿し、丁寧にマッサージを施している。その手つきは完全に、自分の大事なコレクションを点検、または整備してるのと同じだった。
(どうして私、ショックを受けてるんだろう……)
てっきり彼に抱かれるものだと思って覚悟をしていたので、肩透かしを食らった気分だった。同時に、女性としての尊厳が傷つく。
「おや、どうしましたか? なんだか、物足りなさそうな顔をしていますが」
にこにこと、とても愉しげな様子のラルケス。彼はエルーテがどうしてそんな表情をしているのか、わかっているだろう。
(わ、私から言うの? 抱いてください、って……。それは、さすがに……)
あまりにもはしたないことだった。悶々としている間も、彼は自らの所有物であるエルーテの胸の手入れに勤しんでいる。
「ラルケス様……、あの……」
「なにか要望でもあるんですか? 今は機嫌がいいので、あなたの願いをきいてあげなくもないですよ」
エルーテはむぅ、と唇を尖らせた。
(きいてあげなくもない、ということは、お願いをきいてくれない可能性もあるんだ……)
それぐらいがわかるほどには、彼という人格を知っていた。エルーテはどうにかできないものかと考え、はっと思い出す。
「そういえばラルケス様、以前私が看病をしたお礼に、お願い事をきいてくれると言いましたよね。私との結婚以外で」
ラルケスは怪訝そうにした。
「えぇ」
エルーテはそこで、輝かんばかりの笑顔を浮かべた。
「では、ラルケス様に差し上げた私の胸と唇と臀部を、全て返してください」
「なぜです?」
「え? 私の胸や唇に触れさせてほしいと、懇願するラルケス様が見たいからですけど」
勿論本気ではない。だがこれぐらいの仕返しは、したかった。
(ちょっと、意地悪だったかな……)
などと思っていたのだが、唐突にラルケスが笑い出した。
「ふふ」
堪え切れず漏れた笑いのようだった。だが気配が変わる。
「……ラルケス、様……?」
「失礼。私は自らが大切にしているものを、誰かにとられる、という行為をとても嫌悪しているんです。それはたとえあなたであっても、許せません」
本気で機嫌を損ねたのがわかった。エルーテは本能的にまずい、と思う。
「じょ、冗談ですよ……?」
「そうなんですか? では、今後冗談でも二度とそんな発言ができないよう、きちんと躾をしないといけませんね」
なぜエルーテが躾をされないといけないのか。あまりにも理不尽だった。
「……ラルケス様が悪いのに。てっきりそういうことをするものだと思って、勇気を出して部屋に来たのに、意地悪をしてきて。そりゃ、確かに私は変わり者で女性らしくないですけど、こういうときぐらい、空気を読んでほしいです。でないと、私のラルケス様への評価が、鈍感でデリカシーがない男になります」
ラルケスは興味深そうにしていた。
「……、そんなにもあなたが私に抱かれたがっているとは」
「え?」
「今のあなたの言葉の意味を察するに、そういうことなのでしょう? 申し訳ありません。あなたの気持ちをきちんと察することができなくて」
「ちが」
「違うんですか?」
エルーテは答えることができなかった。違うと否定できないからだ。
「い、意地悪ばっかりするから、私の体に触れるのを禁止します!」
「拗ねないでください。たくさん気持ちよくしてあげますから」
むぅ、とエルーテはほんの少し唇を尖らせて、顔を背けた。このような子供っぽい行動は本意ではないのだが、彼の前だとそういう態度になってしまうのだ。
「……どうして、喜んでいるんですか?」
エルーテが怒っているというのに、ラルケスは嬉しそうにしていた。
「いえ、あなたが拗ねたり怒ったりする姿を見るのも、私は愛しいと思っているので。そんな態度を見られるのは、私だけの特権ですからね」
とても恥ずかしくなった。
「わ、私、本当に怒っているんですからね」
声が僅かに上擦った。ラルケスはエルーテの耳元へ顔を近づけて、囁く。
「えぇ、よくわかっていますよ。どうすれば、許していただけますか?」
とても優しく、甘い響きだった。それがエルーテの心を擽る。
「……い、いっぱい、愛してくれたら、許してあげなくもないです……」
消え入りそうな声で、どうにか言った。ラルケスはエルーテの頬へキスを落とす。
「では、許していただけるように、頑張らなければいけませんね。寝台へ移動しましょうか」
ラルケスはエルーテの体を抱き上げた。軽々と女性の体を持ち上げられるほどに、彼は普段から己を鍛えている。
(甘やかされてる……)
思えば、エルーテが階段から落ちて怪我をしたときも、彼は抱き上げて部屋まで運んでくれたのだ。
「……あなたはイノシシから、成長していませんね」
同じことを思い出していたのだと知って、どきりとした。
「イノシシはおいしいので、好きです」
寝台の上へ下ろされると、ラルケスは服を脱ぎ始めた。しゅるりと腰帯をほどく姿も、妖艶で色香が溢れている。
「実は私も、イノシシは大好きなんですよ。今からそれを食べるわけですが、とても楽しみです」
ここで言うイノシシとはエルーテのことだ。それを理解して、戦慄した。
「え!」
上半身裸になったラルケスが、寝台へ上がった。
「エルーテ。今日は、寝かせませんよ。あなたのほうから誘ったんですから、私のために尽くしてください」
そう請われ、エルーテは微笑んだ。
「ラルケス様、以前にも言いましたが、ラルケス様がしたいことなら、できるだけ望みを叶えられるように頑張ります。でもあまりにも度が過ぎる要求や、苦痛を強いるものは、はっきり嫌だとお断りします」
「よい心がけですね」
エルーテの唇を、ラルケスの唇が塞いだ。すぐに彼の肉厚な舌が咥内へ入ってきて、中を蹂躙される。熱い舌がエルーテの舌へ絡み、擦り合わされる。それとともに、腰がゾクゾクした。
「っ……ふ」
呼気が口の端から漏れた。息が少し苦しいが、それさえも甘美な刺激となる。口づけはいつもよりも激しく、まるで熱病に浮かされているかのようだ。エルーテは彼の肩に腕を回し、更に深く口づけをかわす。
「珍しい。今日は、随分と情熱的ですね」
慎みがないと思われただろうか、とエルーテは慌てた。
「こ、この部屋は寒いですから、ラルケス様を温めてあげたくて……」
「あなたは男殺しですね。そんなセリフ、私以外には言わないでくださいね」
再び唇が落とされた。エルーテの唇は、彼のものだ。ゆえに、彼が求めれば応じなければならない。エルーテは、彼の舌に自らの舌を差し出した。その従順な仕草に応じ、彼はねっとりと舌を絡ませる。その際に舌の裏側を弄られるのだが、ビリビリとした快楽が走った。
「んぅ」
口蓋を舌の先端でなぞられ、更なる快楽が襲う。彼はエルーテがどうすれば感じるのか、どうすれば喜ぶのかを、知っているようだ。
(ラルケス様の前では隠し事なんてできない。全て、暴かれてしまう)
それが怖くもあったが、彼のものであるという喜びもある。そうして唇が離れると、エルーテは寂しくなった。
「そんな顔をしないでください。余計に煽られます」
そんな顔とはどういう顔なのか。エルーテにはわからない。彼はエルーテの頬へ口づけ、続いて耳にも口づけた。耳を唇で食んだかと思えば、耳の輪郭を舌でなぞりあげる。
「んっ、ぁ……」
得も言われぬ喜悦に、体が震えた。彼はエルーテの耳をしゃぶり、かと思えば耳朶へ軽く噛みつく。
「あなたは、耳の形がとても綺麗ですね。そうだ、今度あなたのお願い事をきくときは、耳を貰いましょうか」
耳元で、妖しいまでの声音で囁かれた。それだけで、まるで暗示にかかったようになる。彼に耳を献上してもいいかのような、そんな気分にさせられたのだ。
「わ、私の耳はラルケス様にとって価値がある、と覚えておきます」
かろうじて残っていた理性で、そう告げた。ラルケスはフッと笑みをこぼし、今度はエルーテの首筋を舌先で舐め上げる。
「いずれあなたの全てを、私はいただきます。楽しみですね、あなたを全て手に入れる日が」
とんでもない発言だった。
(そんなことを言わなくても、私の全てはもう、ラルケス様だけのものなのに……)
身も心もとうに彼に染め上げられ、彼なしの日々など想像できないほどに、愛している。
ラルケスはエルーテの鎖骨へ口づけ、肩先に向かって順番に口づけていた。
「ラルケス様は、強欲ですね」
胸に手が当てられた。先ほどのただ香油を塗るだけの行為とは違い、淫靡で頭の芯が痺れるかのような触れ方。
「先ほど塗った香油が肌に浸透して、とても滑らかな質感になっていますよ。この肌の質感は、とてもいいですね」
元々エルーテの肌はきめが細かく、綺麗だ。だが彼に塗られた香油によって、肌は陶器のようにつるりと滑らかな質感になっていた。しかも香油によって艶々しており、見た目は非常に扇情的だ。
「ひゃ」
ラルケスはエルーテの乳首(にゅうしゅ)を両指でゆるく扱いた。勃ち上がった乳首はラルケスによって摘ままれ、コリコリと転がされる。たったそれだけの行いだというのに、全身が熱くなった。体が戦慄き、エルーテは怖くなる。
「どうしましたか? とても色っぽい表情をされていますが」
ただ乳首を指先で弄られているだけだというのに、下腹部が熱くなった。
「や……、ん、そこ……、だめ」
「えぇ、存じていますよ。あなたが胸の先端が弱い、ということは」
「……っ!」
「私があなたの胸に触れるだけで、あなたは恍惚とした表情を浮かべ、普段絶対に見せることのない可憐な姿を晒します。……ほら」
両手で胸を大きく揉まれた。エルーテの豊満な胸はほどよい弾力があるため、彼が揉む動きに合わせてたぷんと揺れる。眼下でのその痴態に、エルーテは思わず目を背けた。恥ずかしくて逃れたいのに、一度刻み付けられた淫猥な快感からは脱せない。
「や……ぁあ」
ラルケスは満足げに目を細め、エルーテの胸を揉んでいた。時折乳首を指で弾いたり抓んだりするのは、緩急をつけるためだろう。
(下半身が熱くなってきた……っ)
足の間がほんの少し痺れ、股の間が熱を帯びるのがわかった。
「あぁ、そうだ。これから毎晩、香油であなたの体を手入れしましょう」
「はい……?」
聞き間違いだろうか、と思った。だが彼には冗談を言っているような素振りはない。
「いずれ私のものになるんですから、今から全てを手入れしていても、よろしいですよね?」
「え? よろしくないです……」
人の胸を揉み上げながら、急になにを言い出すのかと、エルーテは思った。ラルケスはエルーテの乳首を指で抓むと、クニクニと刺激を与える。そしてそのまま、エルーテへ少し顔を近づけて哀願した。
「エルーテ。あなたはいい子ですから、私の望みを叶えてくれるでしょう? これから毎夜、私のためにその体を差し出し、私に手入れをさせてください。これは決してやましい気持ちから言っているわけでは、ありません」
胸に絶妙な刺激を与えながら、彼はそう言った。
(まるで、悪魔の囁き……)
下腹部は更に熱を増し、エルーテは目を潤ませながら首を振る。
「や、いや……」
「では、許可をいただけるように、もっと素直でいい子にさせなければいけませんね」
胸から手を下げたラルケスは、一切の抵抗も許さぬままに、エルーテの両脚を開いた。
「っあ、だめっ」
声をあげたものの、既に遅かった。彼によって、既に濡れている部分を見られたのがわかったからだ。
「ふふ。あなたのここは、とても素直ですね」
ラルケスは指先で、エルーテの花弁を大きく割り開いた。それとともに、とろりとした蜜が落ちる。ひんやりとした空気が熱くなった部分に心地よく、それだけで感じてしまう。
「大丈夫ですよ、不安にならなくても。あなたが私に許可を出すよう、可愛がってあげますから」
つぅ、と指先で淫唇をなぞられた。それだけでビクンと、過剰に反応する。
「……っ」
ラルケスはエルーテの脚の間に顔を埋め、熱くなった部分を舐め始めた。濡れ襞をめくるように、ゆるゆると。その行為によって、エルーテは反射的に逃げようとした。だがラルケスはエルーテの脚を腕で固定し、逃がさないようにする。
「全くあなたは、いけませんね」
濡れ襞の付け根も、丁寧に舐めあげられた。
「ふ……、うぅ……っ、やだ……、だめ……」
「あなたのここは、とても舌触りがいいですね」
襞を舐め終ると、今度は花弁の奥にある中央を舌で往復し始めた。腰が思わず跳ね上がり、エルーテの視界に火花が散る。それほどまでに、全身が痺れるような強い愉悦。
「ぁあ!」
何度も何度も往復され、エルーテの秘部はみっともないほどにヒクヒクした。
「先ほどの件、考え直していただけましたか?」
「わ、わかり、ましたっ、だから、もう……」
耐え兼ねて、なんとか声を振り絞って返事をした。けれども彼はやめない。
「申し訳ありません、聞こえませんでした。まだお許しいただけないようなので、続けましょうか」
絶対に聞こえていた筈だった。だが彼は、聞こえないふりをする。
「や、うそ、なんで……」
「あなたの胸や唇、そしてお尻も好きですが、ここも私のお気に入りの場所なんです」
そう告げて、彼は花芽に舌で刺激した。舌先で転がされ、脳内が蕩けるような感覚に陥る。そこは最も敏感な部分であり、強い快楽が生み出される場所。
「……ん、や、やだ……っ」
彼の唾液でびちゃびちゃになるほどに、花芽を舐め尽くされた。軽い絶頂を何度も迎えさせられるが、許してもらえない。蜜孔はしとどに濡れ、ぐしょぐしょになっている。
「ふふ、こんなにも大きくさせて……。まるでキイチゴのように、赤くなっていますよ」
楽しそうに、彼は花芽を唇に含んで軽く吸い上げた。ただそれだけなのに、エルーテはまたしても達してしまう。それは先ほどよりも強い快楽だった。
「ふ、あぁっ!」
ちうと鋭敏な場所を優しく吸われ、かと思えば舌で押さえつけられた。あまりにも甘美なる苦痛に、エルーテは涙を零す。
(なにも、考えられない……)
彼になすがまま、体を預けるしかなかった。もうこれ以上の快楽はないと思えるのに、彼はその状態で蜜孔へと指を当てる。そして、蜜を指へ塗りつけたかと思いきや、エルーテの秘所へゆっくりと指を埋めていく。
「あぁ、中はとても熱くなって、私を迎え入れる準備が整っていますね」
指は掻き混ぜるように、ゆっくりと動いた。自分でもはっきりとわかるほどに、内部は熟れて蠢動している。しかも指では満足できないとばかりに、彼の指へ絡み付いている。
「……っ」
ラルケスを見れば、彼は顔を上げて笑っていた。それだけで、全て見抜かれているのだとわかって、余計に羞恥心が増す。
「どうやら、私の指では物足りないようですね」
そんなことはないです、と反論しようとしたが、彼の指が蜜壁の上部を押し上げたため、できなかった。強烈な悦楽が駆け抜ける場所を、彼は的確に押し当てたのだ。しかもそれは一度だけではなく、何度も繰り返される。ぐちゅぐちゅという水音がはっきりとわかるほどに、同じ場所を攻められる。
「ひゃあぁっ、ぁああっ!」
我慢できない嬌声を発した。
「だらしがないですね。そんなにも声を上げて」
いつの間にか、指が二本に追加されていた。与えられる刺激の強さが増し、軽く混乱する。
「あぁぁあっ、や、ぁああ!」
頭を振ってなんとか紛らわせようとしたが、できなかった。必死にシーツを掴んで、狂おしいほどの愉楽に耐える。けれどもそんなものは、なんの抵抗にもならなかった。簡単に絶頂を迎えさせられ、エルーテはぐったりする。
(これで、何度目……)
頭の中がくらくらした。エルーテは息を荒くしながら、ラルケスを軽く睨む。
「……ラルケス様、私にも、なにかさせてください」
「お断りします」
「な」
「最近気づいたんですが、どうやら私はあなたの体に触れて、あなたの反応を見るほうが性的に興奮するようなんです」
「ど、どうして……」
ラルケスは愛おしげに、微笑んだ。
「これからも是非、私のために艶やかな声で啼いてください」
指が引き抜かれ、圧迫感が消えた。彼は脚衣を下ろし、エルーテを抱く準備を始める。その間に呼吸を整え、エルーテはなんとか体を起こした。そのまま彼の肩に腕を回すと、キスをする。
「ラルケス様……、好き。大好き……、大好き」
彼の唇を柔く吸った。何度も自分から口づけ、思いを伝える。
「……困った方ですね。そんなふうにされたら、歯止めがきかなくなります。それとも、激しくされたくて、わざと甘えてきたんですか?」
「は、激しくは、まだ怖いから無理です……。でも、早くラルケス様と繋がりたい。私なんかで満たされるとは思いませんが、中に来てください」
エルーテは再び、そっとシーツの上へ横たわらされた。
「あなたの愛を独り占めにできるなんて、贅沢ですね」
脚を開かされるとともに、屹立した彼の大きな男芯の先端が秘裂に当てられた。そしてとろとろになった蜜口へ押し込むように、ゆっくりと侵入(はい)ってくる。
「ぁっ」
下腹部がきゅんっと反応した。重量感のある彼の熱く猛ったモノが、蜜壁を広げて突き進んでくる。
(おっき……、ラルケス様の……。お腹の中が、いっぱいになる……)
やや苦しいものの、幸せな満足感で満たされた。やがてずん、と奥へ当たる。
「大丈夫ですか?」
エルーテは頷いた。
「は、い……」
彼はその返事をきくとともに、緩やかに腰を動かし始めた。膣内(なか)は十分すぎるほどに潤っており、むしろ滑らかすぎるほどだ。ラルケスはエルーテの胸へ両手を当てると、優しく揉み始める。
「エルーテ。これからもずっと、私だけのもので、いてください」
先ほどの行為によって敏感になっている内部に、遠慮なく摩擦が与えられた。動きはゆっくりだが、十分すぎるほどの気持ち良さが体を支配する。それに加え胸も揉まれているので、返事がきちんとできなかった。
「んっう、ぁあん、ぁあっ、は……」
ラルケスは上半身を倒すと、エルーテと口づけを交わした。腰の動きがねっとりしたものへ変化し、エルーテは驚く。
「ゃ、ぁああ! らるけす、さま……」
上部を擦りあげられ、隘路に淫蕩な痺れが走った。幾度もその淫らな腰つきで蜜壁を蹂躙され、なにも考えられなくなる。決して激しい動きではないというのに、エルーテの息はどんどん上がっていく。
(気持ちい、い……)
怖いほどに、感じていた。両脚はがくがくと震え、膣内は嬉しそうに彼の猛った塊を受け入れている。エルーテは、ラルケスの肩に腕を回した。それとともにより一層、彼と深く体が繋がるのがわかった。
「もっと、私が欲しいんですか?」
その問いかけに、エルーテは頷いた。
「らる、け……、さ、……っん、ふ」
深く繋がったまま、彼の腰の動きが変化した。まるで振動を与えるかのように、早くなったのだ。
「あああぁっ!」
かろうじて残っていた余裕は一切なくなり、全身が泡立つような感覚を抱いた。灼熱の塊が何度も最奥を打ちつけ、エルーテを官能の渦へ叩き落とす。
(や、ダメ……っ)
高ぶった大きな波が、弾けた。彼に貫かれている最中、達してしまったのだ。だがラルケスはまだ、エルーテの内部を滾った肉芯で抽挿を続けている。エルーテが達したことは、わかっているだろう。だが彼は行為をやめない。
「気持ち良くて苦しいなんて、矛盾していますよね」
水音はいつの間にか、ぐちゅぐちゅという、粘性の音へ変わっていた。卑猥な行いをしているのだと、嫌でも自覚させられる。
「ふ、んぅ、ぁあん、ああっ」
また、大きな波が高まってくるのを感じた。彼はエルーテの体を貪るかのように、蜜孔を突き上げる。膣内はとても熱く、快感を受け止めるだけの器官と化していた。
「はっ……、そろそろ……、ですね」
ラルケスも余裕をなくしているらしく、エルーテの体を堪能していた。更に突き上げる速度を増し、エルーテは悲鳴にも似た声をあげそうになる。
「ああぁ!」
先ほどよりも激しい絶頂を迎えた。それとともに、膣内へ彼の飛沫も放出されるのがわかった。とても熱く、だがどこかくすぐったくもある。
(もう、無理……。気を失ってしまいそう……)
膣内は激しく痙攣しているのだが、それだけで彼がいかに熱烈なまでに行為をしていたのかがわかる。
「少し休憩をした後、またしましょうか」
恐ろしい言葉をきいた気がして、エルーテはすぐ近くにあるラルケスの顔を凝視した。
「……え?」
「言ったでしょう。今夜は寝かさないと。続けざまにしてはあなたの体がもたないでしょうから、少しだけ休憩を挟みます」
「も、もう、無理です……」
泣きそうな声で言った。だがラルケスはとても優しい笑みを浮かべ、エルーテの頭を撫でる。
「いい子ですね。どうか、私のために頑張ってください。今度はもっと長くあなたと繋がっていられるよう、私もペース配分を考えますから」
これはまずいと、エルーテは逃げる方法を考えた。だがラルケスにあやすようにキスをされ、諦める。
「うぅ……、ずるいです、ラルケス様……」
「えぇ、私はずるいんです。ご存知でしょう?」
全くもって、そのとおりだった。こういう部分も含めて、エルーテは彼を好きになったのだ。
「つ、次は、もうちょっと手加減をしてください」
「……、そうですね。一応考慮しておきます」
にこりと微笑まれ、絶対に考慮する気がないとわかった。